鳴かぬなら 信長転生記
西安の北を迂回する。
兵馬俑の軍勢は西安の南をかすめて戻って来ると読んだ。
兵馬俑の遺跡は西安の北東に位置するが、街道は西安の南を走っている。書籍範老人に聞いても「古来、中原の軍勢は西安の南を通ります」と言っていた。
兵馬俑どもも我々に害意が無いことは分かっているだろうが、これ以上の接触は避けたい。
始皇帝は、玉門関からこちらの騒動を敵認定して兵馬俑の軍勢と共に出撃したのだろうが、すでに騒動は収まっている。
なにも無ければ、そのまま南の街道を通って戻って来る。北に迂回すれば出くわすことは無いはずだ。
だが、出くわしてしまった。
「混乱してるっぽい、ブヒ!」「本陣ががら空きッパ!」
鋭い戦術眼で、始皇帝は北に出てきている。
しかし、どういうわけか孤軍だ、本陣だけが孤立している。
兵馬俑の軍勢は本陣の馬車と、僅かな馬周りの騎兵を残しているのみだ。
「これは、仕掛けに乗ってしまったな……」
悟空に化けているのも忘れて呟いてしまった。
どうやら、俺は信長の本性に戻って興奮している。
状況的には桶狭間に似ている。義元は行軍の途中の休憩であったが、始皇帝の本陣は違う。明らかに策に嵌められている。
しかし、嵌めたのは俺ではない。始皇帝を討つ気もない。
俺は、情報から義元の軍勢が桶狭間で休憩すると読んだ。始皇帝も自分の戦術眼で敵がここを通ると踏んでいる。その通り、俺はここに居るしな。
しかし、始皇帝からは軍勢が引きはがされている。その意味で、始皇帝は策に嵌っている。
これは、桶狭間では無くて川中島だ。
始皇帝の状況は、川中島における武田信玄の位置だ! 立場だ!
四方に馬蹄が轟き砂煙があがっている。
「巧みに軍勢を引きはがされているッパ!」
「ブヒブヒ!」
茶姫も市も興奮してはいるが、沙悟浄と猪八戒を崩さずに拳を上げている。
「あの始皇帝が……策に嵌っているのですか?」
書籍範老人も長年、古書の軍記物や古文書に触れて、戦の機微が分かるのだろう、三蔵法師の馬に寄り添って慄いている。
「いったい、何者が……」
女ながらも魏の将軍である茶姫は脅威の眼差しで目に見えぬ何者かに圧倒されている。
土人形の俑とは言え始皇帝と言えば史上最大最優秀の大将軍、それが後れを取って孤立している状況を、同じ中華の武人としては尋常の神経では見ていられないのだ。
ナ~マンダ~ブ ナ~マンダ~ブ……
三蔵の念仏が始まったかと思うと、俄かに丑寅の方角から騎馬が駆けてきた。
丑寅は、扶桑においても三国においても不吉な鬼門の方角。そこから現れたのだから、それだけで馬周りの騎兵共は浮足立っている。
シャリン!
太刀を抜くのと馬腹を蹴るのが同時だった。
色々縅の腹巻鎧に毘沙門天の前立て打った筋兜は、平手の爺から宿敵信玄の出で立ちと共に繰り返し聞かされてきた……越後の雄、上杉謙信だ!
転生学院では天下布部の先輩。豊満な武田信玄と対照的な細身の美少女だったが、見事始皇帝を策にかけ、乾坤一擲の突撃を仕掛ける姿は、まさに――時間よ止れ! 君は美しい!――の一言に尽きる。
だがしかし、
これは古田織部の名文句(103『時間よ停まれ! 君は美しい!』)だ。
是非も無し。
オリジナルの決め台詞を呟いた時、謙信は一騎だけ間に合った馬周りの首を撥ねると、同時に矛を奪って馬車のど真ん中に突き入れた!
ズサ!
同乗の兵が回り込んで矢をつがえるが、二呼吸も遅れて、車上の武者走というかキャッツウォークを無様に周るばかり。
二騎の馬周りが謙信を追う。振り返った謙信は同時に一騎を倒し、二騎目が交差する刹那、馬車の兵の矢が誤って二騎目の首を貫いた。
再び太刀を構え馬車に突進する謙信。残り三騎が立ちはだかる。
グイッと手綱を回すと、馬車を曳く先頭の馬に一太刀。
驚いた馬は、他の馬も巻き込み、明後日の方角に急発進!
グァッシャーーン!!
馬車は遠心力に抗しきれずに横倒しになる!
さすがに、始皇帝は車外に飛び出るが、冠は飛んでしまい、両手でわき腹を押えている。
謙信は、二町ほど離れたところで兜を脱いで、風に黒髪を靡かせる。
悔しいがカッコいい。カッコよすぎるぞ!
それが通じたのか、謙信は高く拳を上げると、空気をかき回すように大きく振って、そのまま丑寅の方角に走り去っていった。
「では、行きましょうか……孫悟空」
三蔵がNPCとは思えない余裕の声で俺に命じた。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主