「一人で大丈夫?」
千代子は、最後まで心配してくれた。
「だいじょうぶだいじょうぶ。ほんのそこまでしか行かへんさかい」
「そう……ほんなら気いつけてな。なんかあったら電話してや」
「大丈夫やて、アリスちゃんかて一人で出かけへんと勉強にならんさかいなあ」
千代子ママが賛成してくれて、やっとアリスは、日本に来て最初の単独行動ができることになった。
「そう……ほんなら気いつけてな。なんかあったら電話してや」
「大丈夫やて、アリスちゃんかて一人で出かけへんと勉強にならんさかいなあ」
千代子ママが賛成してくれて、やっとアリスは、日本に来て最初の単独行動ができることになった。
「あら、アリスちゃん、お出かけ?」
「はい、ちょっとそこまで」
「そら、よろしいな。気いつけてな」
「おおきに」
「はい、ちょっとそこまで」
「そら、よろしいな。気いつけてな」
「おおきに」
大阪弁の挨拶も板に付いてきた。今のは、先日お葬式で数珠をくれたオバチャンだ。こういうハンナリした付き合いもいいものだとアリスは思った。
アリスは大阪城に行くつもりだ。
アメリカにはお城が無い。たとえ鉄筋コンクリートであっても、お城はお城。距離的にもお手軽だ。
千代子の家からだと地下鉄が早いのだが、地理に慣れたいために、わざわざ環状線を使うことにした。
千代子の家からだと地下鉄が早いのだが、地理に慣れたいために、わざわざ環状線を使うことにした。
ちょっとした事件に遭った。
駅のホームで電車を待っていると、やってきた電車が、意外に混んでいた。
短大生ぐらいの団体さんが同じホームにいたことも災いした。アリスが乗り込んだ車両がいっぱいになってしまって、ドアが閉まらないのだ。
気づくとドア近くに視線が集中した。アリスもドアの近くにいたので、その視線の方向が分かった。
短大生ぐらいの団体さんが同じホームにいたことも災いした。アリスが乗り込んだ車両がいっぱいになってしまって、ドアが閉まらないのだ。
気づくとドア近くに視線が集中した。アリスもドアの近くにいたので、その視線の方向が分かった。
「あ、軍人さんや」
アリスは、そう分かると、自分から電車を降りた。気づくと軍人さんもいっしょに降りていた。
「なんで、降りはったんですか。うちが降りたら、それで十分やのに」
「ほう、なかなか大阪弁がお上手だ」
軍人さんは、にこやかに、でも的はずれの答をした。
「そやかて、おっちゃん軍人さんでしょ?」
「ああ……お国の言葉ならそうなるかなあ」
「陸軍の将校さんでしょ?」
階級章と、軍服の感じであたりをつけた。
「Ground Self-Defense Forceだよ。ちょっと君のお国とは事情が異なる」
流ちょうな英語が返ってきた。英語の片岡先生よりもうまい発音に、アリスも、思わず英語で答えた。
「だって、軍人さんは、尊敬される仕事です。ああいう場合は、他の人が降りるべきなんです。だから、わたしは、そうしたんです」
「日本じゃ、なかなかそういう見方はしてもらえなくてね。一般の、それも外国のお嬢さんが降りたのに、制服を着たわたしが乗っているわけにはいかないんだ」
「日本は好きだけど、時々分からないことがあって戸惑います。ああ、わたしアリス・バレンタインです。イリノイ州のシカゴからの交換留学生です。どうぞよろしく」
「僕は、小林一夫です。陸上自衛隊で、給料のわりにはきつい……でも、楽しく仕事やってます」
「よろしかったら、階級教えていただけます? 軍人さんは階級を付けてお呼びしなければ失礼ですから」
「ああ、大佐です。日本ではイッサといいますけど」
「プ……失礼しました。小林一茶と同じになってしまいますね」
「ハハ、大した語学力だ、この洒落がお分かりになるんだ」
「家のお隣がTANAKAさんという日系のオバアチャンがいるんで、子どもの頃から馴染んでるんです」
「ははあ、そのオバアチャンが大阪のご出身なんだ」
「ええ、その通りです。あの、イッサは、なんだか失礼な感じなんで、カーネルでいいですか?」
「そりゃ、光栄だ」
そのとき、くぐもったアナウンスがあった。アリスは聞き取れなかった。
「どうかしたんですか?」
「三つ向こうの駅で事故があって、しばらく電車は来ないようです」
そういうとカーネル小林は携帯を取りだし、電話しはじめた。
「……という状況。定刻のヒトマルサンマルには間に合うが、司令には、そのように伝えられたし。オクレ。以上」
アリスは、そう分かると、自分から電車を降りた。気づくと軍人さんもいっしょに降りていた。
「なんで、降りはったんですか。うちが降りたら、それで十分やのに」
「ほう、なかなか大阪弁がお上手だ」
軍人さんは、にこやかに、でも的はずれの答をした。
「そやかて、おっちゃん軍人さんでしょ?」
「ああ……お国の言葉ならそうなるかなあ」
「陸軍の将校さんでしょ?」
階級章と、軍服の感じであたりをつけた。
「Ground Self-Defense Forceだよ。ちょっと君のお国とは事情が異なる」
流ちょうな英語が返ってきた。英語の片岡先生よりもうまい発音に、アリスも、思わず英語で答えた。
「だって、軍人さんは、尊敬される仕事です。ああいう場合は、他の人が降りるべきなんです。だから、わたしは、そうしたんです」
「日本じゃ、なかなかそういう見方はしてもらえなくてね。一般の、それも外国のお嬢さんが降りたのに、制服を着たわたしが乗っているわけにはいかないんだ」
「日本は好きだけど、時々分からないことがあって戸惑います。ああ、わたしアリス・バレンタインです。イリノイ州のシカゴからの交換留学生です。どうぞよろしく」
「僕は、小林一夫です。陸上自衛隊で、給料のわりにはきつい……でも、楽しく仕事やってます」
「よろしかったら、階級教えていただけます? 軍人さんは階級を付けてお呼びしなければ失礼ですから」
「ああ、大佐です。日本ではイッサといいますけど」
「プ……失礼しました。小林一茶と同じになってしまいますね」
「ハハ、大した語学力だ、この洒落がお分かりになるんだ」
「家のお隣がTANAKAさんという日系のオバアチャンがいるんで、子どもの頃から馴染んでるんです」
「ははあ、そのオバアチャンが大阪のご出身なんだ」
「ええ、その通りです。あの、イッサは、なんだか失礼な感じなんで、カーネルでいいですか?」
「そりゃ、光栄だ」
そのとき、くぐもったアナウンスがあった。アリスは聞き取れなかった。
「どうかしたんですか?」
「三つ向こうの駅で事故があって、しばらく電車は来ないようです」
そういうとカーネル小林は携帯を取りだし、電話しはじめた。
「……という状況。定刻のヒトマルサンマルには間に合うが、司令には、そのように伝えられたし。オクレ。以上」
それから、カーネル小林は駅を出てレンタカーを借りた。話を聞くと、兵庫県の部隊の創設記念に来賓として出席するらしく、その話を聞いて、アリスは同行することにした。
カーネル小林は道の事情に詳しく、カーナビもろくに見ないで、予定時間に目的地に着いた。
着くと、当たり前のベースだった(アメリカ人として) ちゃんと規律と礼儀があった。
カーネル小林は道の事情に詳しく、カーナビもろくに見ないで、予定時間に目的地に着いた。
着くと、当たり前のベースだった(アメリカ人として) ちゃんと規律と礼儀があった。
驚いたことに伯父さんと出くわした!
伯父さんは東京の大使館の駐在武官をやっている。まさか関西で会うとは思わなかった。
「やあ、アリスじゃないか!?」
「伯父さん、どうして!?」
「出張さ。オレも退役が近いんで、大使が気を利かせてくれて、まあ、関西旅行だな」
伯父さんも陸軍の大佐。たちまちカーネル小林とも仲良くなった。互いに名前と階級を確認して大笑い。
カーネル小林は、もう紹介済みだけど、アリスの伯父さんも名前がふるっていた。
だって、伯父さんのファミリーネームはサンダース。
「退役したら、どうすんの?」
ミリーが、そう聞くと、伯父さんはウインクしながら答えた。
「シカゴで焼き肉屋をやるよ『カーネルサンダースの焼き肉』っていいだろ!」
「伯父さん、どうして!?」
「出張さ。オレも退役が近いんで、大使が気を利かせてくれて、まあ、関西旅行だな」
伯父さんも陸軍の大佐。たちまちカーネル小林とも仲良くなった。互いに名前と階級を確認して大笑い。
カーネル小林は、もう紹介済みだけど、アリスの伯父さんも名前がふるっていた。
だって、伯父さんのファミリーネームはサンダース。
「退役したら、どうすんの?」
ミリーが、そう聞くと、伯父さんはウインクしながら答えた。
「シカゴで焼き肉屋をやるよ『カーネルサンダースの焼き肉』っていいだろ!」
それから式典が始まった。
アリスは子どもの頃から慣れていたので、特別な感想は無い。ただ、初めてライブで聞いた『君が代』は感動というより、イメージの違いに驚いた。TANAKAさんのオバアチャンが歌うと子守歌みたいだけど、ライブは荘厳だった。
伯父さんに意地の悪い質問をした。
「さざれ石のイワオとなりてって、意味分かる?」
「TANAKAさんのオバアチャンの言うとおり『チッコイ石が、大きな岩になるまで』という意味だ」
「だって、あり得ないでしょ。石は削られて小さくはなるけど、大きくはならないよ」
「……あり得ないくらい長くって意味だろ。あんまりよその国歌を分析するのは問題だな」
「だって……」
「この周りの日本の人たちは英語が分かるんだ。気をつけなさい」
伯父さんが、少し真剣な顔で言うのがおかしかった。
「さざれ石がイワオになったのなら、うちのベースにありますよ。よかったら見に来て下さい」
と、カーネル小林が言った。
「え、ほんとですか!?」
伯父さんに意地の悪い質問をした。
「さざれ石のイワオとなりてって、意味分かる?」
「TANAKAさんのオバアチャンの言うとおり『チッコイ石が、大きな岩になるまで』という意味だ」
「だって、あり得ないでしょ。石は削られて小さくはなるけど、大きくはならないよ」
「……あり得ないくらい長くって意味だろ。あんまりよその国歌を分析するのは問題だな」
「だって……」
「この周りの日本の人たちは英語が分かるんだ。気をつけなさい」
伯父さんが、少し真剣な顔で言うのがおかしかった。
「さざれ石がイワオになったのなら、うちのベースにありますよ。よかったら見に来て下さい」
と、カーネル小林が言った。
「え、ほんとですか!?」
石が成長して大きくなる? なんだかハリ-ポッターの世界だ!
やっぱ、日本は不思議の国だ……。