銀河太平記・244
島のクセモノたちがお岩食堂に集まっている。
西之島最大の食堂はブンカ―の基地食堂なんだけど、みんなお岩食堂に集まりたがる。
安くておいしいご飯が食べられるだけじゃなくて、アットホームな雰囲気が好まれてる。本来はカンパニーの社員食堂なんだけど、来る者は拒まずで、胡同(フートン)やナバホ村、ちょっと遠いけど市役所のある北区からも人が来る。
ちなみに西之島はいちおう日本領で、日本の地方自治法が適用され、島は東西南北四つの区になっている。けれど日ごろ〇区と呼ばれるのは北区だけで、あとは旧来の呼称(胡同・ナバホ村・カンパニー)と呼ばれて結びつきが強い。
食堂の主はお岩さん。
昔々は月で金融関係の仕事をしていたらしいけど、その後いろんな道をたどって食堂の女将に収まった。西之島戦争の時は部隊指揮も立派にこなして、ほんとうに正体不明の女傑。
従業員は食堂の近くにある氷室神社巫女のハナ。神主のシゲ老人ともどもカンパニーの鉱山で働いていたんだけど、シゲ老人が神社を造ると巫女を兼ねるようになり、今では食堂の人気ウェイトレスでもある。
近ごろは北区の街の子たちもバイトで入ってくれるようになった。単に小遣い稼ぎというだけではなく、人間関係や人との接触、付き合い方の勉強になるというので、地味に人気がある。
かくいうわたしもラボの仕事のキリが付くと自然と足が向く島のホットステーション。
メグミ:「はい、来月のシフト表できたわよ~」
ハンベで作ったシフトを厨房のPCに送る。
お岩:「ごめんねメグ、ビールでも飲んで帰ってぇ!」
メグミ:「うん、ありがとう!」
お礼を言った時には、もうシフト表のプリントアウトと張り出し用の指示ををしてカツ丼五人前を作り始めている。
カツ丼の他に油の爆ぜる音がしたかと思うと、いつの間にかハナが巫女服のまま炒め物を作り、その横でバイトの子がカツ丼のご飯をよそって炒め物の皿を並べている。
シゲ:「こらぁ! 食堂じゃ巫女服脱げって言ってんだろがあ!」
シゲ老人がビールの泡を飛ばしながら文句を言う。
ハナ:「もう、自分は神主服のままだろがあ! ちょっと頼む」
バイトの見習いに頼むと、その場で巫女服を脱ぎ始める。
みんなは慣れっこだけど、バイトの子たちは慣れなくて目のやり場に困ってる。ここに来たころのハナは野生児というか、ほんの子どもだったけど、このごろは一人前の体格になってきた。
ヒィ!
バイトの一人が小さく悲鳴を上げる。
身を隠すと言うことをしないので、体のあちこちの傷跡が丸見えになるんだ。
顔や手先の見えるところは直してやったんだけど、服で隠れるところは後回しになってる……そろそろ直してやらなくちゃなあ。
はい、おまちぃ! ハナぁ、あと頼んだよぉ!
へい!
隣りのテーブルの客にカツ丼を渡すと、お岩さんが横に座って、それを待っていたかのようにモニターにフーちゃんの軍服姿が映った。
お岩:「ピッタリのタイミングだ」
メグミ:「タイマーでもかけてんのぉ?」
お岩:「フーちゃんは娘みたいなもんだからねぇ、気になって、いつもタイミングが合っちまう」
この時間はKMミリタリー放送(漢明の軍隊放送)の時間で、近ごろ国内外で評判のいいフーちゃんが担当している。
胡盛媛中尉:「ニーメンハオ漢明軍のみなさん。こんにちは世界のみなさん。胡盛媛がお送りします『KMミリタリー』の時間です。先日マンチュリーへのミサイル攻撃に失敗したロシアは、その攻撃をモンゴルに向けました。ロシアの狙いはモンゴルを勢力下に置いたのち、我が漢明と雌雄を決するところにあると思われます。一昨日ハルハ川河畔で痛手を被ったロシア第三騎兵旅団は西に向かって東より侵入してきた第一第二旅団と合流を目指している模様です」
画面がモンゴルの地図に切り替わる。
胡盛媛中尉:「西のモンゴル平原では第三旅団に壊滅的打撃を加えたテムジンの息子、リムジン、ドライジンの騎兵部隊が待ち受けている様子です。合流の為に西に向かっている第一旅団ですが、現在はその進撃速度が落ち、待ち受けていたテムジン部隊に痛手を受けたと思われ、一両日にには火ぶたが切られるであろう西部戦線の展開は予断は許さないと、我が統合参謀本部戦略室は見ております……あ、追加のニュースが入ってきました」
画面の外から原稿が手渡される。なんか大昔のテレビニュースみたいだけど、こういうアナログ感がフーちゃんにも合っていて人気になっている。
原稿を渡されたフーちゃんが、一瞬、笑顔のまま固まってしまう。
胡盛媛中尉:「ただいま命令を拝受いたしました。本職は、このままモンゴル平原に取材に参ります。つきまして……え、部長?」
食堂中に怨嗟の声が上がった!
なんと画面に朱元尚大佐が割り込んできた。
朱元尚大佐:「中央軍広報部はホットなニュースを全国の兵士諸君並びに世界のみなさんにお伝えするべくモンゴル平原に現地取材に向かいます。むろん担当は我らが胡盛媛中尉。むろん中尉ひとりではありません。この朱元尚自らが若干の部隊を引き連れ安全万全の取材であります」
乞うご期待とばかりの笑顔の前にもう一枚の原稿が送られ、大佐はそのままフーちゃんに渡した。
胡盛媛中尉:「追加のニュースです。モンゴル平原でロシア軍とモンゴル軍の戦闘が開始されました」
朱元尚大佐:「おお、意外に早い展開になってきました。これは、ただちに出発しなければ!」
胡盛媛中尉:「まだです部長」
朱元尚大佐:「なにかね?」
胡盛媛中尉:「ロシア軍の中核には青銅の騎士が含まれており、これにモンゴル軍は苦戦中の模様で……」
朱元尚大佐:「青銅の騎士だと……」
胡盛媛中尉:「はい青銅の騎士……あ、部長!」
画面から朱元尚が消える、いや、泡を吹いて倒れた?
お岩:「青銅の騎士……ちょっと面白くなってきたじゃない( ,,ÒωÓ,, ) 」
メグミ:「え?」
お岩さんが目を輝かせて戦闘モードになって、周りを見ると他にも目を輝かせているろくでなしどもがチラホラいた。
青銅の騎士……Bronze Horseman !?
英語に変換してやっとわたしもピンときた!
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー
- テムジン モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
- 朱 元尚 大佐 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟