妹が憎たらしいのには訳がある・24
『むこうの幸子ちゃんを救出』
満場の拍手だった!
生徒会主催の新入生歓迎会は例年は視聴覚教室で行われる。
しかし、今回は二つの理由で体育館に移された。
一つは、飛行機突入事件で視聴覚教室が使えなくなったこと。
もう一つは、今年は例年以上の参加者が見込まれたからだ。
俺が新入生だった年の歓迎会はショボかった。
なんと言っても自由参加。ケイオンもまだスニーカーエイジには出場しておらず、それほどの集客力が無かった。
今年は違う。
加藤先輩たちが、昨年のスニーカーエイジで準優勝。これだけで新入生の半分は見に来る。
そして、なにより幸子のパフォーマンスだ。
路上ライブやテレビ出演で、幸子は、ちょっとした時の人だ。二三年生の野次馬もかなり参加して、二階席のギャラリーまで使って広い体育館が一杯になった。
「わたしらにも一言喋らせてくれんかね」という校長と教務主任の吉田先生の飛び入りは、丁重にケイオン顧問の蟹江先生が断ってくれた。普段はなにも口出ししない顧問で、みんな軽く見ていたが、ここ一番は頼りになる先生だと見なおした。
幸子は演劇部の代表だったが、ケイオンが放送部に手を回した。
――それでは、ケイオンと演劇部のプレゼンテーションを兼ねて、佐伯幸子さん!
ウワーーーー!!
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
満場の拍手になった。
最初に、幸子がAKRの小野寺潤と桃畑律子のソックリをやって観衆を沸かし、三曲目は、最近ヒットチャートのトップを飾っているツングの曲を、加藤先輩とのデュオでやってのけた。
もちろんバックバンドはケイオンのベテラン揃い。演劇部の山元と宮本の先輩は、単なる照明係になってしまった。
体育館のステージでも軽音全員が立てるほどのスペースは無い。フィナーレを三年生に譲ると、笑顔を振りまいて幸子は先に舞台を下りた。
結果的には、ケイオンに四十人、演劇部には幸子を含め三人の新入部員。正直演劇部には気の毒だったが、気の良い二人の先輩は「規模に見合うた部員数や」と喜んでくれたのが救いだった。
フィナーレは幕間にやったアニメけいおん!の名曲『ごはんはおかず』でノリまくった!
いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!
いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!
みんなのシャウトが体育館中にこだました!
いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!
いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!!
シャウトが絶頂に達した時、胸のポケットでスマホが振動した。
ん……メール?
――生物準備室まで来て――
幸子からだ……俺は生物準備室に急いだ。
用があるなら、幸子は自分でやってくるはず。きっと、なにかあったんだ。
「おい、幸子」
『まだ、入っちゃダメ!』
中で衣擦れの音がする……例によって着替えているんだろうか。それなら進歩と言える。いつもは大概裸同然だったりするから。
「いいわよ」
やっと声がかかって、準備室に入るとラベンダーの香りがした。昔のSFにこんなシュチュエーションがあったなあと思った。
「ドアを閉めて」
「お、おう」
ドアを閉めて、衝立代わりなのか単なる無精で置きっぱなしになっているのか分からないロッカーやら段ボール箱やらのガラクタの山をクネクネ曲がって奥に向かう。
…………二人の幸子がいた。
「どっちが……」
「わたしがこっちの幸子。で、こちらが向こうの幸子ちゃん。やっと呼ぶことができた」
二人とも無機質な表情なので、区別がつかない。とりあえず、今喋ったのがうちの幸子だろう。
「義体化される寸前に、こっちに呼んだの。麻酔がかかってるから、立っているのが精一杯」
「義体化?」
「危険な目にあったら、自動的にタイムリープするように、リープカプセルを幸子ちゃんの体に埋め込んでおいたの。こっちの世界に居ながらの操作なので手間取っちゃったけどね。それが、このラベンダーの香り」
「なんで、この幸子ちゃんが義体化を……事故かなんかか?」
「ううん、向こうの戦争に使うため。幸子ちゃんを作戦の立案と指令のブレインにしようとしたのよ。わたしとほとんど同じDNAだから狙われたのね」
「おまえは命を狙われてるのに……」
「それが、6・25%の違い。この幸子ちゃんは、わたしより従順……」
幸子がガラクタの向こうを見据える……ガラクタの向こうに気配がした。
ガラクタの向こうにわずかに見えているドアが半分開いている。
「だれ!?」
「……やっぱ、サッチャンは鋭いわね」
甲殻機動隊副長の娘のねねちゃんが現れた……。
「対馬戦争が最後のカギだったんです」
桃畑中佐が静かに言った。
「しかし、あれで三国合わせて二千人の戦死者が出たんですよ。ロボットによる戦闘が膠着状態になったんだから、あのあとは外交努力による解決こそが望ましかったんじゃないですかね」
メガネのキャスターが、正義の味方風に桃畑中佐を責めた。
「あれで、当事国は目覚めたんですよ。多くの命を犠牲にしてまでやる戦争じゃないって」
「その結果南西諸島も対馬も日本の領土と確定はしましたけど、新たなナショナリズムを掻き立てたんじゃないんですか!」
「……あなたは僕になにを言わせたいんですか」
「だから、極東戦争は、生身の人間が……あなたの部下も含めて、命を失ったことに反省がないことが問題だと思うんですよ。思いませんか!?」
キャスターの声は、過剰な正義感に震えていた。
「不思議なことをおっしゃいますなあ。僕たちは、命令に従ったんです。軍人なんだから」
「軍人だって、心というものがあるでしょう。防衛法三十二条、第三項にあるじゃありませんか。指揮官が精神的あるいは、肉体的に正当な指揮判断ができなくなったときは、次席の指揮官、作戦担当者が指揮をとれる!」
「僕は単なる一方面の前線部隊の指揮官に過ぎない。僕への命令は、大隊司令から、大隊司令は師団司令から、師団は方面軍から、方面軍は、統合幕僚長の作戦命令に従った。そして、その作戦実行にゴーサインを出したのは、内閣総理大臣です。この命令に従わないのはシビリアンコントロールの原則に反します……お分かりになれますか?」
「その大元が狂っていた。そういう世論もあるんですよ。現に内閣は、戦争終結直後に総辞職している」
「それは、亡くなった人たちへの鎮魂のためだと理解しています」
「なんにも分かってないなあ! 桃畑さん、これは言わないつもりだったんだけど、対馬戦争の直前に亡くなった、妹さんの敵討がしたかっただけじゃないんですか!?」
桃畑中佐の目が一瞬光った。
「ありえません、そんなことは!」
ボクは、そこでテレビのスイッチを切った。
幸子が路上ライブをやるようになってから、動画サイトへのアクセスが増え、先日はナニワテレビが学校まで取材にきた。
そのときリクエストで、先代オモクロの『出撃 レイブン少女隊!』を亡くなった桃畑律子そっくりに演ったことが評判を呼び、動画へのアクセスも二百万件を超えた。
これを、一部のマスコミが意図的なナショナリズムを煽ったと非難し始めたのだ。
桃畑中佐は、ただ妹の思い出の曲としてリクエストしただけなのである。ただ、それだけのことにマスコミは桃畑中佐をスケープゴートにして叩きはじめた。
「お兄ちゃん。わたしがやったことって、悪いことだった?」
あいかわらず、パジャマの第二ボタンが外れたまま、幸子が無機質に歪んだ笑顔で聞いてきた。
「んなことはないよ」
「じゃ、決めた」
そう言うと、幸子は自分の部屋で、なにやらガサゴソやりはじめた。
「ジャーン、オモイロクローバーX!」
部屋からリビングに突撃してきたのは、往年のオモクロの桃畑律子そっくりになった幸子だった。
幸子は、ナニワテレビの出演が決まっていて、テレビ局は早手回しに衣装を送りつけてきていた。
《出撃 レイブン少女隊!》
GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために
放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ
世界が見放しちまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート
エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力
手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!
邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため
わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊
GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!
ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!
スタジオは満場の拍手になった。別にADが「拍手」と書いたカンペを持って手をまわしていたわけでは無い。
ナニワテレビは、世論には無頓着で、かえって逆なでするように幸子のパフォーマンスを流した。
「この曲のどこがナショナリズムや言うんでしょうね。我々オッサンには、ただただ眩しい人生の応援ソングに聞こえますが。どうも佐伯幸子ちゃんでした。後ろでワヤワヤ言うてるのは、サッチャンの学校、真田山高校のみなさんです!」
3カメが、われわれをナメテいく。祐介も優奈も謙三もいる、佳子ちゃんまでも大阪人根性丸出しでイチビッテいる。正式な付き添いである俺はその陰で小さくなっている。
「似てるよなあ」
「そっくりやなあ」
「懐かしいて、涙出てくるわ」
「桃畑中佐はんも来はったらよかったのに」
「いや、今日はお仕事の都合で……」
ゲストが喋っているうちに、次のコーナーの用意がされる。幸子は制服に着替え、最後のコーナーに出ることになっている。
「あと8分です」
ADさんが小声で伝えてくれる。
俺は楽屋に幸子を呼びに行った。あいつのことだ一分もあれば着替えている。
「俺だ、入るぞ……」
「どーぞ」
入って、またかと思った。幸子は下着姿で、マネキンのように立っていた。
「フリーズか?」
「……の軽いやつ」
「言ってるだろ、いくら兄妹だってな……」
「向こうの幸子が、ちょっとあって、こっちに呼ぶ準備で負荷がかかって……だから、動きが鈍くなって」
「向こうの?……とにかく着替えろよ」
「うん……」
「早く!」
「手伝って、あと、もうちょっとだから……」
「あのなあ……」
「早く!」
「オレの台詞だ……バカ、脱ぐんじゃないよ、着るんだってば!」
脱いだ下着の前後に一瞬戸惑ったが、なんとか二分ほどで、着せることができた。
何度やっても、こういう状況には慣れない自分を真っ当なのか不器用なのか、判断が付きかねた……。
※ 主な登場人物
- 佐伯 太一 真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
- 佐伯 幸子 真田山高校一年演劇部
- 父
- 母
- 大村 佳子 筋向いの真田山高校一年生
- 大村 優子 佳子の妹(6歳)
- 桃畑中佐
- 学校の人たち 倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
- グノーシスたち ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス