銀河太平記・021
富士山頂の山小屋は、さすがにレプリケーター。
レプリケーターというのは前世紀に発明された食品自動生成機のことで、宇宙旅行や、最果ての惑星探検とかには欠かせないアイテム。
炭素とか窒素とかの大気中や自然に存在している原子や分子を組み立てて、オートで食品を合成してくれる。
宇宙船なら、原料になる分子原料をタンクに貯蔵しておいて、それを使う。合成された食品は原料の数十倍の量になるから、長い宇宙旅行でも不安は無いのよ。
「足りなくなったや、みんなのウンコとかも原料になりゅ(^_^;)」
テル!
「オシッコもお!」
ちょ、だれか、テルを黙らせて!
「キャハハハ」
修学旅行は学校行事なので、火星に戻ってからレポートを出さなきゃならない。
羽田に着いてから、ドラマチックなことばかり起こるので、ついつい後回しになって、富士山頂の山小屋食堂で、やっと取り掛かったところ。
ダッシュがラーメン屋の息子なので「オレが食レポやるぜ」とか言ってたんだけど「明日っからやる(^▽^)/」とか調子のいいことばっかり言って、とうとう四日目までなにもしないので、あたしがやってるわけ。
ダッシュがテルを相手にしてくれるようなので、続けるわね。
ヒコは、富士山頂の重力場の調査で、山頂のカルデラを一周している。
まあ、ヒコも地球の重力場に関心があるんだけど、重力場なんてテーマでレポート書いても、先生の評判はとれても、一般生徒の関心は呼ばない。
レポートは、校内で選考されて(生徒も投票できる)一位に選ばれると、扶桑の高校全部の中の選考にかけられ、上位三位以内に入ると賞品がもらえる。提出は、各班に一つ。
で、あたしが頑張ってるワケよ。
レプリケーターは発展途上のガジェットで、同じメニューは同じ姿かたちで出てくる。
つまりね、大昔のゲームの中に出てくるオブジェと同じ。
焼き芋ってオブジェがあったとしたら、クリックするたんびに同じ焼き芋が出てくるでしょ。
まったく同じものが並ぶと、つまらない。
ゲームの中で、森の中に入ったとすると、出てくる動物が、種類ごとに同じだったり。街を歩いていると、NPCが同じ顔してたりすると詰まらないでしょ。
でも、利便性とか効率性を考えると、やっぱ、レプリケーターが一番。
御即位25周年の記念に、あちこちで自然調理の食べ物を出してくれる。成駒屋さんの修学旅行メニューなんて涙が出てきたけど、その時の感動に流されて、やっとレポートのペンをとれたのが、この富士山頂。
そのレポートの書き出しがレプリケーター食品というのは情けないけど、さ、書こうか!
レプリケーターとは言え、ずっと目の前に置いていては冷めたり伸びたりするので、ハンベで撮ったホログラムを見ながら筆を進める。
ええと…………なにも浮かんでこない。
たった今、現物は食べたところだものね。
見た目から書こうか、味を思い出そうか……。
よし、見た目の描写からだ。
プルルル プルルル
書き出そうと思ったら、ハンベに緊急連絡のシグナル。
ため息をついてクリックすると、ハンベマスコットのあんみつ姫のホログラムが出てきた。
『ミク、ホームステイ先の亭主から緊急電じゃ!』
あんみつ姫は表情とジェスチャーを内容にリンクするように設定してあるので、中身が大変なことが姫の表情からもうかがえる。
「じゃ、出して」
あんみつ姫がポリゴンに分解したと思うと、以前、連絡を取った時と同じ小父さんの姿になった。
『申し訳ありません、当方の緊急なトラブルで、ホームステイをお受けできなくなりました。ホームシステムの急な故障で、修理には三日ほどかかりまして、宿泊料金につきましては、120%の保証をさせていただきます……』
そこまで言うと、もう一度頭を下げてメッセージを繰り返す……ていねいだけど、レプリケーターのように味気ない。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる