真凡プレジデント・90
お寺の復旧が真っ先だったそうだ。
大勢集まれる施設が、この集落ではお寺。
被災直後は、じっさいお寺の本堂に避難した人が多かった。お寺は集落の中でも高台にあって、中でも本堂は床の高さが1.5メートルあって床上浸水を免れていた。だから防災上の問題から復旧が早くなったのかと思ったけど、集落の常識では、何を置いてもお寺からなんだそうだ。
「ここらでは、お寺と言うのが共同体の中心なんだよ」
藤田先生の説明に「そうなんですか」と答えたけど、ピンときていたわけではない。
最初にやったのは流木の始末だ。
被災直後に自衛隊が粗々には片づけてくれてはいたんだけど、生活が落ち着くにしたがって、もう少しやっておきたいところが出てくる。通学や畑仕事の邪魔になっていたものや、あちこちの隙間的なところに挟まっていたり隠れていたりするものがけっこうある。
そういうものにロープを引っかけて動かすのにはハンビーなどの軍用車両は四駆や六駆で馬力もあるのでうってつけなんだ。
半壊した納屋や農機具小屋などの取り壊しにも役に立った。
「子守を頼んでいいかいね?」
お祖母さんに声を掛けられた。
「子守に手をとられて、こまごましたところに気が回らないとことがあるのさ。そういうところに年寄りも出張りたいんで、子守してもらえるとありがたいんだけども」
「はい、わたしたちでよければ」
生徒会執行部で七人の子守をすることになった。
お寺の境内や本堂で鬼ごっこをやったり石けりをやったり、本を読んであげたりした。
夕方になると、年長の子たちがトウモロコシを持って加わった。「どうぞ食べて」と焼きトウモロコシを勧めてくれるんだけど、被災地のものを食べるわけにはいかない。
「もう、食べ物に困ってる段階じゃないから」
そう言ってくれるし、住職さんも「どうぞどうぞ」と勧めるし、いっしょにお話したりで夕食までを過ごした。
夕食後、手のすいた人たちも集まって、本堂はけっこうな賑わいになってきた。
「すみません、なんだか遊びに来たみたいで……」
恐縮して頭を掻く。
「そだ、あたしたちボランティアなんだよ!」
なつきが寝ぼけたことを言う。
「なんのなんの、こうして楽し気になるのが一番よ」
「そうなんですか?」
「暗くなってては、おしゅらさまも退屈するけんね」
「おしゅらさま?」
「ああ、座敷童みたいなもんで、あんまり暗くしてると居なくなってしまう。おしゅらさまが居なくなると、村は寂れるでね」
和尚さんが頭を掻く。
「ちょっと、数えてみるか」
子守のお婆ちゃんが言うと、若い人数人で本堂に集まった人たちの人数を数え、もう一人が名簿を作り始めた。
「じゃ、名前を呼びますんで、お返事ください」
名簿に従って呼名点呼。むろん、わたしたちも数の内。
「……最後にご住職」
「はい!」
呼びあげた名前は三十三人。
「で、何人いる?」
「はい、三十四人です!」
頭数を数えた青年団の女性が答える。
「よしよし、ちゃんとおしゅらさまはご座らっしゃる」
「「「「「え?」」」」」
「知った顔ばかりでも、数えると一人多い。なんなら、やってみますか?」
和尚さんが、いたずらっぽく勧める。
「わたし、やる!」
なつきが立候補して呼名点呼。紛らわしくならないように、みずき先輩が人数分だけ紙を用意して、綾乃が呼ばれた人に渡していく。
「紙無くなったわよ」
和尚さんに渡して三十三枚が無くなった。
すぐにみずき先輩と琢磨先輩が、紙を掲げてもらったうえで人数を数える。
「「三十四人……」」
拍手が起こって、村のみなさんが口々に「めでたいめでたい」と唱和する。
ちょっと不思議なボランティアの夜が更けていった……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号