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「受けるったら、受ける!」
妹の小百合は、それで通してしまった。
俺を含め家族は、もう説得するのにも疲れた。
「まあ、本人の人生だ。やりたいようにやらせてみようか……」
親父のこの言葉が家族の総意ということになった。
小百合は、来春に打ち上げられる人類初の超光速宇宙船の乗り組員に応募しようというのだ。
なんせ、人類初の超光速である。なにがおこるか分からない。
妹の小百合は兄の俺がいうのもなんだが、取り柄が無い。
高校は平成に創立され、今年創立二百周年を迎えた古いことだけが取り柄の『青春高等学校』これが『聖駿高校』でもあれば、音はおなじでも21世紀初頭に流行ったテレビ番組と同じでカッコいいんだけど、なんにもなしの『青春』。この200年間偏差値48を奇跡的に維持。学校関係者は、いっそ『SSK48高校』にしようと真面目に考えたほどである。
その青春高校でも特に成績がいいわけでもなく、かわいいわけでもない。
名前が示すように、イメージ古すぎ。平成の時代だったら小野さんが生まれてきた娘に「小町」と名付けるようなもの。この23世紀はカタカナの名前が一般的だ。ちなみに小百合は、この夏に大失恋している。フッた男が玉置コージ、横からかっさらっていったのが親友と思っていた名取ヨウ。二人とも並の上ってとこだけど、フラれた小百合にはフラれたという傷しか残らない。
存在感の薄さも災いしている。遠足で点呼して、どうしても一人足りない。三回目にやっと小百合を飛ばしていたことを担任が気づくぐらいに存在感が無い。
そこへ、宇宙船の乗組員の募集があった。
昔の宇宙船と違って、居住性は客船並。人工重力もあり、21世紀のように宇宙酔いなどはしない。まるで超人を養成するような特殊訓練もない。ただ超光速は人類初で、なにが起こるか分からない。一か月でマゼラン星雲まで行って帰ってくる予定だが、学者によっては、古臭い相対性理論を持ち出して危険と叫ぶ人もいたが、その昔、超音速に人類は耐えられないと言われた以上に少数派で、完全に無視された。
……それから40年がたった。
小百合を乗せた宇宙船は、まだ帰ってこない。専門家は超光速のあまり、異次元に入り込み、二度と、この世界には現れないだろうということで意見が一致していた。
発射場には記念碑が建てられ、犠牲者の碑が横に並んでいる。全部漢字の小百合の名前は目立っていた。石碑になってやっと目立てたか……老眼の進んだ目に眼鏡という古典的な視力矯正器をかけて、俺は石碑を撫でた。
23世紀も半ばを過ぎると、ほどほどの科学というのが流行り、日常生活は古典といっていい風俗に変わり始めていた。細胞操作をやれば125歳ぐらいまでは生きられるのだけど、人は、あえて自然な人生を選ぶようになり、親父もお袋も人工関節には入れ替えているが、人並みの年寄りになっていた。
この墓参りのような妹への追憶も、これを最後にしようと決めた。
俺たちには、世話をしたり関心を持たなければならない家族や妻や子や孫たちがいる。この23世紀では、まだまだ仕事もしなければならない。
「じゃ、小百合。これでお別れするよ……」
親父とお袋は、さすがに涙ぐんだ。息子夫婦は神妙にしているが、孫たちは帰って遊びたくて仕方がないようだった。顔も見たことが無い40年前の大叔母などに興味の持ちようはない。
……それは、十年に一度あるかどうかと言われるぐらいの、まるで、空がコバルトブルーの海に恋をして染まってしまったような秋晴れの日だった。
月の交通管制局が、突如地球と月の間に現れた、見たこともない宇宙船の出現に気づいた。
『いきなりコスモレーダーに現れたんです。いやあ、交信した時には驚きました!』
管制官が、モニターの中で興奮した顔で言っている。
そう、小百合を乗せた超光速宇宙船が帰って来たのだ!
宇宙船の搭乗口が開くのを固唾をのんで見守った。
信じられなかった。乗組員たちは40年前に出発したときそのままの姿だった。
相対性理論は生きていた。光速以上で移動する乗り物の時間は、その速度に従って短くなる。
「え……おにいちゃん!?」
そう言って驚いた小百合は、高校三年生のままだった。
そして、この時代は、新古典主義の時代と言われ、400年以上前の昭和や、平成、令和の文化がもてはやされていた。
40年前では、なんの取り柄もない小百合だったが、23世紀末では得難い『生きた平成』ともてはやされた。コンタクトレンズ以外何も人工的なものをほどこしていない小百合は、それだけでも賞賛の的だったが、そのルックスと物腰は、トップスターが真似ようとしてもできないもので、小百合は世界のアイドルになってしまった。
ああ、俺の妹が、こんなにモテるわけはない……のに!