銀河太平記・027
13号艇はボートに分類される雑役艇だ。
動力はイオン電池で200年前の小惑星探査機のそれと原理的にはいっしょだ。
スピードは全然で、並みの船(宇宙船)がリニア新幹線だとしたら、やっと自転車ほどの速度でしかない。
月と地球は目と鼻の先なので、船なら30分ほどのところを丸一日はかかってしまう。
「君たちは、将軍には会ったことはあるのかい?」
森ノ宮さまが学校の先輩みたいな気楽さで声をかけてくださる。たった一つのキャビンなので黙っていては気づまりだろうとのお気遣いなんだ。学園艦が何者かによって撃沈されてショックを受けている俺たちへの気遣いでもあるんだろう。
「えと、お見受けするという点では週に一回くらいですけど、学期に一回は学校に来て、気さくに生徒にも声をかけてくれます」
「たいていの生徒は、卒業までに一度は声をかけていただいております」
きちんと敬語が使えない俺をヒコがフォローしてくれる。
「とっても、優しいニャ(^▽^)/ テルと喋る時は、ちゃんと目の高さを合わせてくれるニャ」
「修学旅行に出発するときも『散歩のついで』とかおっしゃって、宇宙港まで見送ってくださったんです」
「そうか、それは、なかなか出来ないことだね」
「帰ったら地球の話を聞かせて欲しいニャって、タラップ上る時まで手を振って……」
テルが言葉に詰まる。学園艦の最後が頭をよぎったんだ。
「ああ、そうだ、レプリケーターの裏ワザを見せてあげよう」
「え、レプリケーターに裏ワザなんてあるんですか?」
「うん、僕も学生の頃はいろいろやったからね」
そう言うと、宮さまはレプリケーターのマイクに数ミリというところまで口をせて、何事かを囁いた。
「……………」
レプリケーターは画面のメニューをタッチするやり方と、音声入力の二通りあって、音声入力は世界中の120の言語に対応している。対応しているということは、それだけの文化圏のメニューに対応しているということで、万一漂流しても食べ物の嗜好で悩まなくていい仕組みになっている。
「なにが出てくりゅんだろ(^▽^)」
「テル、よだれ~(^_^;)」
未来が涎を拭いてやっているうちに、マシンはブツを吐き出した。
「え、たこ焼き?」
それは、定番の普通のたこ焼きだ。
「テルくん、食べさせてあげよう」
「うわ、いいの? なんか畏れ多いニャ(^▽^)/ けど、テル猫舌ニャ」
「大丈夫、40度設定だから、ちょうど頃合いだよ」
「エヘ、そいじゃ……ハム……ん!?」
テルが分かりやすく驚いて、たこ焼きを咀嚼しながら、とびきりの笑顔になった。
俺たちも続いて、ビックリした。
たこ焼きソックリな、なんと言うんだろ、クッキー? というか、味はたこ焼きそのものなんだけど、水分が無くって、カリカリの食感、これは面白い!
「なんなんですか、これ!?」
子どもの頃の夢はラーメン屋のおかみさんだった未来が目を輝かせる。
「たこ焼きをフリーズドライさせて油で揚げ直ししたものさ」
「メニューには『たこ焼き』しかありませんよね」
「昔は、売れ残ったたこ焼きは廃棄していたんだけどね、もったいないと言うんで、大阪のたこ焼き屋さんが開発したんだ。日持ちはするし、水分が飛んだ分軽くなってるし、レプリケーターが登場するまでは大阪土産で、ずいぶん評判だったんだよ」
「なるほどおおおおおおお!」
「商品名は『再生たこ焼』とか、いろいろなんだけど、イメージを言ってやるとレプリケーターは、メモリーから類推して合成してくれるんだよ」
俺たちは、決まったメニューしか言わないし、そういうもんだと思っていたけど、こんな能力がマシンにはあったんだ。
学生時代の宮さまは、そういう食文化にご興味を持っておられたようで、学園艦の悲劇は少し忘れることができた。
「で、宮しゃまは、どこへ行くのよしゃ?」
テルが遠慮のない質問をする。
わずかに間をおいて、宮さまはお顔をあげられた。
「僕も、火星に付いていくよ」
その声を聞いて、元帥は後姿のまま頷いた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる