鳴かぬなら 信長転生記
せっかくの日曜日だというのに市は朝から出かけてしまった。
「御山の南斜面は、いい風が吹くからね」
紅茶をすするついでのように敦子が言う。
ついででも、美少女と紅茶という組み合わせは美的なはずなのだが、こいつはいけない。
チンピラが電車のシートに掛けたように、股を広げて浅く座り、背もたれと同じくらいの高さに頭を置いて、だらしなくすすっているのだ。
「少しは神さまらしくしたらどうだ」
「いいでしょ、家族同然なんだから」
「俺は、実の弟でも切り殺したぞ」
「あ、信行くんね……」
めんどくさそうに掛け直す敦子だが、しっかり腰を上げないものだから、ジャージがずり下がってパンツが覗く。
「敦子、いや、熱田大神!」
「あ、ちょっとくつろぎすぎか(^_^;)」
えい!
掛け声をかけると、英国貴族の娘のようなナリになって、ソファーもテーブルもかっちりしたビクトリア朝のウッドに変わった。
フグ
「おい、俺のまで変えなくていいだろ」
ウッドチェアになったので、座面が五センチほども上がって、脊髄沿いに脳天までショックが走る。
「う~ん、ナリも変えよう!」
グフ
敦子と同じビクトリア朝のワンピに変えられる。
ウエストがきついが、敦子に弱みは見せられない。
「南斜面にいい風が吹いたら、どうなんだ?」
「紙飛行機がよく飛ぶ」
「ああ、二宮とかいう奴と部活にしたんだったな」
「うん、信君もイッチャンも打ち込むものができて、目出度いわ」
「俺は、打ち込んだが空振りだったぞ」
「ハハ、武蔵くんね」
ティーカップを置いて、空中に仮想ディスプレーを出した。
「撮ってたのか?」
「神さまだからねえ……おお、信玄の胸は良く揺れるぅ」
前を走っていて、気づかなかったが、信玄の胸は豪勢に揺れている。これではスピードは出ないわけだ。
しかし、目は油断なく武蔵を捉え、捉えながらも、校舎や遮蔽物には目を配って、先を越す手立てを考えている。
謙信は緑の黒髪靡かせて、走りも跳躍も華麗でありながらスピードが出ている。
信玄が姿を消して先回り、旧校舎の脇から打ちかかり、戦いの場はグラウンドに移って朝礼台をぶん回してのフィナーレ。
利休が「それまで!」と赤旗を挙げ、余韻を残して、その場に収まった。
「まるで、戦神(いくさがみ)たちの剣舞を見るようね。こういうことにかけては、君たちは、もう完成の域だ」
「褒めてくれるのは嬉しいが、しょせん、袋竹刀の戦ごっこだ。四人とも承知している」
「武蔵は違うわ」
「ああ、武蔵は戦いを芸だと思っている。しかし、芸はいくら磨いても戦闘術でしかない。戦闘術で相手に出来るのは、せいぜい十人までだ。足軽の芸でしかないぞ」
「武蔵は天下を取ろうとしていたのよ」
「剣術で天下は取れん、釣り竿一本で海の魚を取りつくそうとするようなものだ」
「どうだろ……これを見て」
「ん?」
敦子が示した仮想ディスプレーには、御山の南斜面を目指す市と二宮忠八の姿が映っていた。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本武蔵 孤高の剣聖