真凡プレジデント・39
総理! 総理! 総理ぃーーーー!!
記者の呼びかけを完全に無視し、総理は足早に官邸を出て行きました……。
キャスターは事実だけを述べ、言外に――総理のひどい傲慢さが現れています――非難の色を滲ませた。
後を受けて、政治評論家やコメンテーターが引き取って、あれこれ総理と与党の非難を繰り返した。
ここだけを見れば、だれでも、そう思う。
だが、これには編集されてカットされた部分がある。
「え、どこが編集されてるんですか?」
その子は、画面をリピートにして二度繰り返したが、納得がいかない様子だ。しかし、それだけで投げ出してしまわないところは、それなりに物事を調べてみようという姿勢がある証拠だと思う。
俺は、採点ミスで中町高校の入試を落とされた女の子とスタバで話し合っている最中なのだ。
こんなところで会ったら、マスコミが放っておくわけがないのだが、それは織り込み済みである。
通路に面したガラス張りのカウンターにいるので、写真も動画も撮り放題だ。ついさっき入って来た両脇の客が毎朝テレビと週刊文潮の記者であることも合点承知の上だ。
「う~ん、やっぱ、分かんない。カメラの切り替えもないワンカットだし、編集の痕跡なんて見えませんけど」
タブレットから目を上げるが、諦めてはいない。その証拠に半分残ったカフェオレには手を出さないし、上げた目で俺の顔をしっかり睨んでいる。きちんと応えないと、次の瞬間には敵に回る顔つきだ。
「編集されたのは、これの前だよ……」
画面にタッチして、その前の映像を見せてやる。
総理!
はい、なんですか?
記者の呼びかけに応えて、総理はきちんと体ごと振り返っている。
あの、呼びかけたのはどなたですか?
並み居る記者たちは無言で互いの顔を見合わせている。
総理は、苦笑いすると、振り返って歩き出す。
総理! 総理!
二度目の呼びかけ。再び総理は振り返るが、今度も記者たちは――え?――という顔になる。
「そして、園田さんが見た映像に繋がる……」
「……ほんとだ」
総理は三度目の呼びかけだけを無視して行ってしまったのである。
「だから『記者の呼びかけを完全に無視し、総理は足早に官邸を出て行きました』というコメントに嘘はない。ただ、その前に呼びかけておきながら無視するというイジメ同然の事をやっていたことには触れない」
「それって、ひどくないですか!?」
その子は真っ当な返答をした。
俺は、タブレットを横にやって、その子を正面にとらえる。
「キミを取材しているのは、こういうマスメディアなんだ。そこを承知して俺の話を聞いてくれるかな」
「はい、ちょっとショックですけど。きちんと理解したいですから」
「よし、じゃ、コーヒーのお代わりだ。オーレ?」
「あ、今度はブラックでいきます!」
「よし、ちょっと待っててね」
トレーを持ってカウンターを離れる。
真正面から話して正解だと思った。その子は園田その子という。ちょっと冗談みたいな名前だが、真っ直ぐな子だ。
コーヒーのお代わりを取りに行く俺を視野に入れているので、客に化けた記者が、タブレットに繋いだUSBを抜き取っていることにも気が付かないでいる。
俺は、列車事故の時と同じくらいの本気になってきている。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡(生徒会長) ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 福島 みずき(副会長) 真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
- 橘 なつき(会計) 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 北白川 綾乃(書記) モテカワ美少女の同級生
- 田中 美樹 真凡の姉、美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 柳沢 琢磨 対立候補だった ちょっとサイコパス
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 園田 その子 真凡の高校を採点ミスで落とされた元受験生