徒然草 第五十九段
大事を思ひ立たん人は、去り難く、心にかからん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。
大事なことを思い立ったら、他のことには目もくれず、やらなきゃダメだ!
兼好のご託宣であります。
本来はこの「大事」は仏道を指しますが、人生一般の大事なことと解していいでしょう。歌謡曲、特に演歌などに出てくる「なんとかしたら、命がけ~♪」の、ことですね。
ちょっと懐かしいAKB48風に言えば、マックスハイテンションでラライングゲットしたいほどのものですね。
一見簡単そうです。恋にせよ、仕事にせよ、「これだ!」と思ったら、脇目もふらずガンバリなはれ! というメッセージなのですから。
カビの生えた言葉では「初志貫徹!」「ボーイズ、ビー、アンビシャス!」でしょうか。景気の良い言葉で、明治このかた、教師が新入生や卒業生に送る言葉に、同類のものが良く出てきます。卒業アルバムや、文集などにいろんな言葉を書かされましたが、わたしはこの手の言葉は書いたことがありません。
なぜかと言いますと、初志や人生の大事など簡単に見つかりません……見つかってもいないものに「がんばれ!」の言葉は無責任だと感じるのです。
遅刻すんなよ! 忘れ物しないよう 今度はモーニングコールする側に! たまには先生の話も聞いてね 笑顔が良くなったね キミの質問は面白かったぞ
ひねりはありませんが、その子が気にしていたことや、癖になっていたことについて短く書いてあげました。具体性のある一言の方が距離が近くて温もりがあると思ったからです。
たまに気になって、他の先生がお書きになったものをチラ見しましたが、わたしより長い言葉で同じ趣旨の事を書いておられました。わたし自身、先輩の先生のやり方を見て、無意識に、そのショートバージョンをやっていたようです。
司馬遼太郎さんが倒れられて緊急手術をしなければならなくなられ、手術室に運ばれるときの話です。
奥さんだったと思うのですが、ストレッチャーの横について「がんばって!」とおっしゃったそうです。
司馬さんは「がんばって!」という言葉はあまり使われませんでした。
でも、この時、司馬さんは「うん、頑張って来る」と応えられたそうです。
ご自身のエッセーに書かれていたと記憶しますので、最後の入院ではなかったのかもしれません。あるいは奥さんのみどりさんがお書きになったのを、そう思っているだけなのかもしれません。
手術室までの、おそらく数十秒の間、掛けられる言葉は多くはありません。考えている暇もありません。
こういう時は「がんばって!」しかないのでしょう。
ようは、どんな気持ちを言葉に載せられるかという、言葉をかける側とかけられる側の関係次第。
そう言えば、若いころ、ちょっと大きな手術をしましたが、ストレッチャーに載せられて手術室に向かうわたしに、大正生まれの母は無言でした。
無言でありましたが、気持ちは十分に伝わりました。
もっとも、麻酔から覚めて、手術跡の痛さにすっかり忘れてしまう親不孝者ではありましたが。
どうも、今回もとりとめがありません。