鳴かぬなら 信長転生記
「みんな、お早う。今朝は、まず転校生を紹介するところからね。入ってちょうだい」
先生の言葉はたった三秒で終わって、手招きされる。
入り口を入って、教室のみんなに尻を向けないようにしてドアを閉め、前を向いて一礼。
カクカクと音がしている、先生が見かけによらない力強い筆致で―― 曹 茶姫 ――と書いてくれた。
「じゃ、簡単に自己紹介してちょうだい」
教壇に上がってさらに一礼、ほんの四寸あまりの教壇なのだが、新参者が高いところから挨拶すると言うのは面映ゆい。
三国志では、新参者が壇と名のつく高みに登って挨拶するなどあり得ないことだ。
七つの歳で、公的に初謁見する時、兄の曹操は三跪九拝の礼をわたしに強いた。
ほんの昨日までは「兄上、負けたのだからお馬さんになりなさい!」と双六の罰ゲームを命じると「敵わねえなあ(^_^;)」と言いながら、でも喜んでわたしを乗せて子供部屋を走っていた。それが、十何段だかの壇の上から見下ろして「面を上げよ」って言われるまで顔を上げることもできなかった。
次兄の曹素は、あまりに緊張しすぎて小便を漏らしていたぞ。
扶桑と言うのは、なんと垣根の低いことか。
「学園との両属になりますが、今日からお世話になります。先生が書いてくださった名前でお分かりだと思いますが、わたしは、三国志は魏の曹操の妹です。もとより、三国志は扶桑の宿敵。様々な思いがあることでしょうが、しばらくの間、いっしょに机を並べることを許していただければ幸いです」
少し深く60度の礼。三国志では同輩よりも微妙に上に対する礼だ。
少し狎れすぎたか…………やはり礼は教壇から下りてすべきだったか?
…………なんだ、この戸惑いの空気は?
「少し硬いよ、茶姫」
窓側の列から声が上がる。チラ見すると、双ヶ岡で赤備えの軍団を引き連れて出迎えてくれた武田信玄だ。
肉置き(ししおき)のいい健康女子は、甲冑を制服に着替えても押し出しがいい。
「制服着たら、同じ仲間なんだからさ、気楽にいこうよ。信長なんか「今日から世話になる、織田信長だ」だけだったぞ」
「ム、『よろしくな』も言ったぞ」
「ハハ、そうだったか。まあ、その程度でいいさ」
「そ、そうなのか、痛み入る(;'∀')」
「それよりも……」
メゾソプラノのいい声は上杉謙信か。
「信玄は『サキ』と呼んでいるいるけど『チャキ』とも読めるし、まあ『チャヒメ』はないだろうけど、なんと読んだらいいのかしら?」
「国では『チャア ジェン』だったけど、扶桑の読み方でいいです」
「チャアジェン……なんだか、丹下チャジェンと言ってしまいそうだ」
「アハハ、信玄さん、丹下佐膳なんてレトロなギャグかましても分からないわよ( ´∀` )」
「もとはと言えば、先生がルビを振らないからだ」
「ごめんごめん、わたしは、ずっと『曹さん』て読んでたから。テヘペロ」
「あ、先生のテヘペロは……」
「ちょっと、苦しいぞ」
「ムゥ、先生、まだ二十代です!」
アハハハハ(((((((´∀`)))))))
学院への転入は、ほのぼのと笑いの内に進む。
「席は、そこ、松平元康さんと雑賀孫一さんの間ね」
「元康、茶姫さんに鍛えてもらえー」
「ぼ、ぼく……(#'∀';)」
信玄にからかわれて赤い顔をするジミ子、元康って?
「元康イジメたら、撃つよ」
「フフ、孫市、わしは倅の勝頼とはちがうぞぉ」
「雑賀の鉄砲衆は千丁だわよぉ」
「俺の鉄砲隊は三千丁だぞぉ」
「フン、うちは射程距離も命中率も上だもん」
「一度、二人で勝負しろ(^▽^)」
パチパチパチ
「なんか、盛り上がってきたわねえ!」
「あ、先生、もう座っていいですか(^_^;)」
「ああ、ごめんごめん」
ノリの良さそうなクラスだ。
ちょっと心配だったけど、愉快にやっていけそうだ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟