銀河太平記・189
ヒンメルのブリッジは広い。
教室四つ分ぐらいの広さがあって、後に向かって緩く立ち上がり、その立ち上がったところに艦長席がある。
20世紀末から21世紀にかけてブームになった宇宙戦艦アニメのブリッジを参考にしたらしいが、広さも豪華さも、その上をいっている。
「あ、すまん、調整がまだ済んでいないんだ。そこのシートに座ってくれ……あ、殿下もご一緒で!? 早くしろツナカン!」
「船長、相手は征夷大将軍っす。ホロステージは上段中央しかないっすよ」
「しかし、わたしも立場は国家元首級なんだぞ( ー`дー´)」
「いや、だから艦長席をズラして中央に……」
「それでは艦長の威厳がだな……」
「船長でしょ?」
「それは身内の通称で、正式的立場的にはだな……」
ツナカンは無視して殿下……ココロにふった。
「殿下ぁ」
「はい、なんですか、ツナカンさん?」
「殿下が拉致られ……もとい、お招きした時は、どこにお立ちでしたっすか?」
「あ、この横のハッチから入って来て、その羅針盤の横当たりかな……そうそう、船長は、その艦長席から下りてこられて……プ(* ´艸`)、ごめんなさい、そこに」
「あ、思い出したっす! そこでマントがどうとか、ブーツのグリップがどうとかって言って、けっきょく転倒してパンツが破れたっす!」
アハハハハ
ブリッジの総員が笑って、アルルカンが真っ赤になる。
殿下、いや、ココロもコロコロ笑って、とても和やかな空気になる。
「わ、わかったぁ(-_-;)! ホロステージは中央に、艦長席は中段に移動!」
「アハハ、結局は、ツナカンのプラン通りになったじゃないっすかぁ」
「うるさい、ツナカン! アルミカン、艦の現在位置!」
「はい、扶桑城の東100キロ、高度80キロ、方位角90度です」
「よし、自動操縦にしてブリッジ総員起立!」
ザザッ!
さすが、たった今までドタバタしながらも、ケジメはきちんとしている。
さっきまで艦長席があったところの照度があがり、人型に輪郭が浮かび上がると、上様のお姿を描いた。
パンパカパンパンパーーン♪ パンパカパンパンパーーン♪
栄誉礼のラッパが響き「敬礼!」と副長ツナカンの号令。
「ようこそ将軍閣下、ホログラムとはいえ初めてお目にかかります。宇宙戦艦ヒンメルの艦長にして銀河一のパイレーツクィーン、メアリ・アン・アルルカンであります」
『恐縮です艦長、扶桑道隆です。本日は、急な申し入れに関わらず、面会の機会をもうけていただき、感謝に耐えません』
「こちらこそ、隠密にしていたとは言え火星を離脱するにあたり、正式な対面の機会を与えていただき感激いたしております」
『須磨宮内親王殿下におかれましても、その御意思に反して火星をお離れ戴くことになり申し訳ありません』
「いえ、わたくしこそ、扶桑滞在中は格別なおもてなしをうけて喜んでいます。いつか、火星と地球、この太陽系、銀河の全てに平和が訪れましたら、もう一度火星に、扶桑に伺いたいと存じます」
『かたじけのうございます、殿下。その日まで、この扶桑道隆、扶桑を護り、火星に一日も早く平和が訪れますよう国民と共に励みます』
「では、さっそくながら、扶桑の戦い方などお伺いできればと」
『望むところです。わたしの方こそ、ヒンメルとアルルカン殿の戦略の一端をお示しいただけるのではと胸を高鳴らせております』
「嬉しいことです、それでは、ここからは人払いをいたします。ツナカン、頼んだぞ」
「了解っす!」
驚いた、いつの間にか、上様とアルルカン殿との間には繋がりが出来ている。
わたしたちが同席したのは、外交的辞令の場だけであったが、上様とは部屋住みであられたころからお仕えしている。
アルルカンもアタフタしているように見せかけてはいるが、底の底では馴れている。
一時間後、お城への帰還の支度をしていると、こんどは通信室に呼ばれ、1/6サイズの上様と直接の話になった。
「アルルカンとの話は終わりましたか?」
『八割はね』
「あとの二割は探り合いですか?」
『ああ……というか、互いに確信がない。お互い確信がないことには見栄もハッタリもカマさない。信頼の持てる相手だよ』
「それは良かったです」
『アルルカンは、太陽系の外に協力者を持っている』
「太陽系の外……銀河世界ですか?」
『ああ、全貌はアルルカンにも分からないようだが、彼女の勘では、こちらの働きかけ次第という感じだ』
「こちら次第……」
『八割の見通しがあるなら飛び込んでみようと言うのがアルルカンの腹積もりだ』
「そこに殿下をお預けになるのですね」
『うん、火星は貧しい、戦いはいつまでも続くわけではない、経済も生産力も長期戦には耐えられない。ただ、今度のパルス菌は、ちょっと厄介でね。扶桑とマス漢周辺のチーチェはほとんど罹患している。いずれは火星中に広がるだろう、変異株も出現するだろうし、とても殿下に居ていただくわけにはいかない』
扶桑も上様も大変な局面を迎えようとしている。
「承知しました、ただちに帰還して任に当たります」
防疫は専門外だが、防疫に伴う治安の確保、実力行使は自分の仕事だ。火星の周回軌道でグズグズしているわけにはいかない。
『それには及ばない』
え?
『胡蝶は殿下のお側にこそ居てくれ、殿下は、予想される動乱の時代に無くてはならないお方だ。よろしく頼む』
「……承知しました」
ツナカンなら「そりゃあないっスよ!」と口を尖らせるか「ガーーーン!」と顎を落として目を剥くか。
不器用な胡蝶は一礼してホロ通信のスイッチを切るだけだった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟