魔法少女マヂカ・198
四人掛けに三人で収まってお弁当を膝の上に載せる。霧子は、もうそれだけでウキウキしている。
「わたし、列車の中でお弁当いただくなんて初めてよ(o^―^o)」
「食べるのは、ちょっと待って」
霧子に言うとブリンダが頷く。
「え、なんで?」
「あれが起こる20分前だからよ」
「あ……」
察したようで、霧子は解きかけた巾着の口を閉めた。
「そんなに緊張すんな、まわりが変に思うぞ」
「だって……」
無理もない、20分後には関東大震災の最初の揺れがやってくるのだ。
「ブリンダもおしとやかにね、この姿でため口は目立つわよ」
「あ、そうか……そうだわよね、つい浅草軽演劇の真似なんかしてしまって、ごめんなさいませ」
ブリンダのお嬢様言葉も気持ち悪いが、しかたない。
それにしても、震災発生ニ十分前の列車に乗ってなにをすると言うんだ。中央線で深刻な列車事故が起こったと言う記憶は無いんだが……ま、当時ロシアに居たわたしは、震災の記録と言っても帰朝してからブリーフィングされたことだけだが。
「あのう……」
思いを巡らせていると斜め上から男の声が降ってきた。
「あ、はい?」
ブリンダがしおらしくお返事をする。
男は、麻スーツの上着を腕にかけ、お弁当の折とカンカン帽を持ち、やや度のキツイ眼鏡の目をへの字にして、金髪のセーラー服に照れながら用件を言った。
「えと、ここ僕のなんですが、一緒に掛けさせていただいてよろしいでしょうか?」
上着を持ったままの手で切符を出し、遠慮がちに示してくれる。
「ええ、もちろんです。指定席なんですから、あ、わたくし幅をとってしまっていますね(*´ω`*)。高坂さん、入れ替わってくださいますかしら?」
なるほど、霧子なら、そう幅もとらない。
「ええ、いいことよ」
ソヨソヨと席を入れ替わる日米のセーラー服。いかにもお嬢様然として可愛らしく、普段を知っているわたしは笑いをこらえるのに苦労する。
「エクスキューズミー……ひょっとして、航空関係の技術者でいらっしゃいますか?」
「え、あ、分かりますか?」
「はい、その英字新聞の記事……」
「あ、ああ」
言われて初めて気が付いた。男が開いていたのは『航空機の翼面抵抗の軽減』というアメリカの技術記事なのだ。
「あ、すごい、これが目に留まったんですか?」
「ごめんなさい、母国語なので、つい目に留まってしまって、あ、わたくしブリンダ・ウッズと申します。こちら、お友だちの高坂さんと渡辺さんです」
霧子と一緒に会釈すると、男は人のよさそうな笑顔を返してくれる。
「僕は、三菱内燃機製造の堀越って言います。御同席させていただいて光栄です」
三菱の堀越……堀越二郎?
「内燃機じゃ分かりませんよね、飛行機の研究開発をやって……そうだ、これをどうぞ」
両手に荷物を持ったまま、堀越は器用に名刺を出した。
「まあ、時代の最先端の御研究をされているんですね」
「高坂さんは、ひょっとして、高坂侯爵の……」
「は、はい、高坂のみそっかすです(#´0`#)」
「高坂中佐には技研でお世話になっています」
「あ、兄と?」
「はい、海軍では最も航空機開発にご理解のある方です」
「あ、そうなんですか。家では寝てばかリです」
「技研では不眠不休で働いておられますよ」
「あ、はい、恐縮でございませす」
フフ、噛んだ。
堀越二郎……たしか、後にゼロ戦を開発して、戦後も日本の飛行機開発にも尽くした世界的なエンジニアだ。
その堀越と出会わせて、何をさせようとしているんだ?
一つだけ分かった。
ノンコを連れてこなかったのは足手まといというだけではない。
ノンコが居れば、四人掛けに四人になって、堀越と同席することは無かったはずだ。
考えていると、大震災発生の一分前になっていた……。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
田中 高坂家の執事長
虎沢クマ 霧子お付きのメイド
松本 高坂家の運転手