真凡プレジデント・72
きらいよ
え?
ビッチェの一言にたじろいでしまった。
木の間がくれの沖合に三本の水柱。
もう一度カーブを曲がって、海岸沿いを走る。その間水面から生えたみたいに屹立しているものに目を奪われて、唐突な「きらいよ」が意味不明。
「その『嫌い』じゃなくて『機雷』、進駐軍が敷設した機雷を処分してるの」
「え? ええ?」
「昭和20年の10月20日よ」
フロントガラスに映った文字列を指しながらビッチェが言う。消防自動車のフロントガラスがコンソールパネルになっているようだ。
「やっぱりタイムリープしたんだ……」
納得しながらも、沖合の水柱から目が離せない。
人の形をしているわけではないんだけれど『風の谷のナウシカ』に出てくる巨神兵を目の当たりにしたようで目が離せない。
「危険なところを担当しているのは雇われた旧海軍の日本人だろうけど……曲がるわよ!」
グワッと風景が旋回する。
一叢の木々に視界を奪われて、嘘のように眼前に現れたのは白亜の鉄筋三階建てだ。
建物の屋上には赤十字が星条旗と並んで翻っている。乏しい知識でも、戦後すぐに米軍に接収された病院だと見当が付く。
「降りて」
ドアに手を掛けたビッチェはカーキ色の制服に変わっていた。
「真凡もよ」
バックミラーに映ったわたしもカーキ色で、顔つきは外人さんになっている。
「さ、行くわよ」
「う、うん」
その時、サーーっと雨粒が顔を撫でて行った。
「水柱の崩れが届いたのよ、海水だから拭いた方がいいわよ」
言われて、ハンカチを出して顔や手を拭いているうちに病院の受付だ。
受付には日本人とアメリカ人のスタッフ、ビッチェの相手をしたのはアメリカ人の方。それも、ビッチェの敬礼の手が下りるまで敬礼しているところを見ると、かなりのエライサンに化けたようだ。
「化けているのは、病室に着くまでね……はい、ここまで」
そう言うと、ビッチェの姿が消えた。
「え? ビッチェ?」
「あ、ごめん。指を鳴らして」
不器用に指を鳴らすと半透明のビッチェが見える。
「待って、ビッチェ半透明」
ドアノブに手を延ばすビッチェを止める。
「完全に消えたら見えないでしょ、大丈夫、見えてるのは真凡にだけだから」
音もなくドアを開けると広い個室で、ベッドには抜けるように白い肌の少女が半身を起こして海を見ていた。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女