鳴かぬなら 信長転生記
ちょっと待て
楼門まで100メートルほどの祠の前で呼び止めた。
「え、なに?」
「土地神にあいさつしておく」
「え、ニイチャンが?」
「座って手を合わせろ」
「う、うん」
「祈ってるふりをしろ」
祠の前に額づくと、祈るふりをして注意を与える。
「俺をニイチャンと呼ぶのはまずかろう」
「あ……」
「扶桑に居ればこそ、信長の転生で通じるが、三国志ではただの美少女だ」
「そうだね」
「それに、あっちでは『あんた』とか『おまえ』としか呼ばなかったのに、どうして『にいちゃん』なのだ」
「だって、いちばん馴染まない呼び方だから、『ニイチャン』と呼べば、いちばんらしくないから正体がバレない」
「三国志では、信長属性よりも美少女属性で見られる。女に『ニイチャン』と呼ぶ不自然さの方が目立つ」
「そうか、偽名を考えなくちゃ」
「ああ、おそらく、通関するときに素性を聞かれる」
「えと……」
「悩むか?」
「うん、少しね……」
「ならば『ニイチャン』と呼べ」
「え?」
「分からんか?」
「分かんないよ、ったったいま、ダメだって言ったじゃん」
「姓は織田の織をとって職(しょく)で名は丹衣、職丹衣(しょくにい)。だからニイチャンでいい」
「あ、なるほど」
「お前は、織市(しょく しぃ)だ。姉妹でニイとシイ。どうだ憶えやすいだろ」
「ニイだからニイチャン。わたしがシイチャン」
「いや、シイだ」
「なんで!?」
「俺は、兄妹をちゃん付では呼ばん」
「ムーー」
「敵地への潜入だ、自然がいちばん。今は、それだけ憶えておけ。それ以上の事は必要に応じて決めていく。いいな」
「う、うん」
「では、いくぞ」
意識してのことかどうかは分からんが、市はなにかを取り戻そうとしている。
でなければ、偵察のための擬装とはいえ、俺の事を簡単に『ニイチャン』とは呼ぶまい。
「で、ニイチャン。一人称は『俺』を通すの?」
「ああ、なるべく自然でなければ、とっさの時にボロが出るからな」
「あ、そうだ」
「どうした?」
「忠八くんに知らせなきゃ」
ポシェットからメモ帳を出して、無事到着したことを書いて紙飛行機に折った。
「これでよし……それ!」
紙飛行機は低く地を這ったかと思うと、道が曲がった向こうで急上昇し、あっという間に北の空に消えて行った。
祠で話をしているうちに、入関する旅人の数も増えて、なんの詮議をされることもなく街に入れた。
「なんだ、主邑の豊盃だっていうのにユルユルじゃん。なんか、街もショボイし。こんなので、よく扶桑に攻めてこようって思うわね」
「声が大きい」
しかし、遅かった。
いかつい巡邏の兵隊が聞きとがめて、こちらに歩いてきた。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長