娘のスセリヒメが一目ぼれしたオオナムチにスサノオは試練を与えます。
試練と言うよりは……よく言って嫌がらせ。現代の感覚ではイジメですね。
オオナムチは、ヒョロッとした優男なので、イジメてやれば逃げ出していくと思っていたのでしょう。
「蛇の岩屋で一晩寝てろ」
一匹や二匹の蛇ではありません。何千何万という数の蛇です。ひょっとしたら毒蛇も混じっているのかもしれません。その中で寝てろというのは――すぐに目を回して逃げるだろう。いや、言っただけで逃げ出すかもな――ぐらいに舐めていますし、悪意があります。
「はい、わかりました」
オオナムチは素直に返事します。
ヤソガミたちに大荷物を持たされても、手間山で赤猪を掴まえてこいと言われても「うん、分かった」と微塵も疑いません。手間山では騙されて真っ赤に焼けた大岩の下敷きになって焼け死んで、母のサシクニワカヒメは気も狂わんばかりに嘆き悲しみますが、当の本人は「あ、生き返った」ぐらいの感覚でした。
どこか鈍いのか、人がいいのか、この鈍さとも人の好さというものがヤガミヒメにもスセリヒメにも魅力だったのかもしれません。
「ねえ、この領巾(ひれ)を使って」
スセリヒメは身にまとっていた領巾(ひれ)をオオナムチに渡します。
領巾(ひれ)とは、古代の女性が首にかけていたマフラーとショールの間ぐらいの装身具の布です。
これは蛇の領巾で、一振りすれば蛇たちは逃げ出して、オオナムチは何事もなくグッスリと眠れました。
「くそ、今度は蜂とムカデがいっぱいの岩屋で寝てろ!」
スサノオは岩屋が好きです。人をイジメるのには岩屋が一番だと思っているようです。
父のイザナギが死んだイザナミを追っていった黄泉の国の長大な岩屋ですし、姉のアマテラスが籠って地上も天上も真っ暗闇にしたのは、天岩戸という岩屋に籠ったからです。
どうも、スサノオの深層心理には岩屋=怖いものという図式があったようです。
昔の子どもは悪さをすると押し入れとか倉とかに閉じ込められました。
自分から入るぶんには面白い閉鎖空間なのですが、閉じ込められると恐ろしいものです。
わたしたちが子どものころ、空き地などに壊れた冷蔵庫が捨ててありました。隠れん坊をやっていて、自分から冷蔵庫の中に入って、見つけられることもなく、自分から出ていくこともできずに窒息死してしまうという事故が、時々ありました。
トイレの花子さんが怖いのも、あの暗くて狭い岩屋のごとき個室に入っているからなのかもしれません。
「うちのお父さんは岩屋しか能がないから、対策は万全よ(^▽^)/」
そう言って、また別の領巾を貸してくれ、無事に一晩を過ごすことができました。
古事記には書いていませんが、おそらくは娘が手助けしたことを知ってはいたんでしょうねえ。
目に入れても痛くない娘ですから、スセリヒメを非難することはしません。
その代わり、今度は三度目の正直とばかりに、はっきりと殺意を持ってオオナムチに命じます……