魔法少女マヂカ・202
「二人は、ここで待っていて」
「「う、うん」」
橋を渡り切ると、霧子とノンコを残し、ブリンダと二人で偵察に向かう。
不穏なのだ。
なにか禍々しいものが蟠っているような、空気が粘ってまとわりついてくるような不穏さがあるのだ。二人にはぼかしてあるが、単に震災痕が危険と言うだけではないことを肌で感じて頷いてくれた。
「新畑というのは明智小五郎のなりそこないだったんだけどね」
「明智……あの謀反人の子孫か?」
「いや、ただの同姓だ。江戸川乱歩の創作物だけど日本有数の探偵、『D坂殺人事件』で世に出るんだけど、それは団子坂の喫茶店で可能性が無くなったよ」
「作者を始末したのか?」
「言うことが剣呑だな」
「アメリカならそうする。必要とあれば大統領だって始末するぞ」
「ケネディーを殺ったのはブリンダか?」
「まさか」
「新畑自身がやったんだ、霧子はダシに使われた感じがするんだけど、追及すると藪蛇になりそうな気がしてね、わたしとしては観察中よ……」
「Das Kapital」
「マルクスね」
凌雲閣のドアに挟まっていた紙片は『Das Kapital』、つまり『資本論』の断片だった。
大正末から昭和の初めは日本においても共産主義の勃興期だ。震災を挟んだこの時期にも明らかになったもの以外にも凄惨な事件やテロが起こっている。
「この時代は、ロシアやヨーロッパの事に目を奪われて日本の事は二の次だったからな」
「そうね、ブリンダもわたしも自分の国には戻れなかった。震災前後の事は書類で知っているだけ……だから、見当がつかない。『Das Kapital』は主義者からの警告か主義者を警戒しろという戒めなのか……どうかした?」
二丁目の角に差し掛かったところでブリンダが立ち止まった。
―― 来るぞ ――
―― 西と東 ――
思念を交わすと、ブリンダは東の人形町方向、わたしは西の日銀通り方向に駆けた!
感じた気配を瞬間で分析、揃って戦うよりも二人分散して戦った方が有利という結論を確認することもなく行動に出た、魔法少女の勘だ。
禍々しさは秒速で高まってきて、空気の粘度が増していく。
時間が停まりかけている……第一級の魔物は時間を弄って襲ってくる。二線級は時間を遅らせるだけだが、一級となると完全に時間を停める。時間を停められれば人間の武器は核兵器でも役に立たない。魔法少女が対抗する以外に手は無いのだ。
ギュイイイイイイイイイイイイイン
まるで空気が凝固していくような抵抗感、髪の毛や皮膚が後ろに持っていかれそうに突っ張らかる!
パキーーーーーーーーーーーーーン!
弾けるような感覚があって体が自由になる。
音速の壁を超えた感覚に似ている。時間の壁を超えたのだ。
常盤橋の手前に、まるでフィギュアを並べたように人の列。ほとんどが軍人だ。
その軍人の列の中ほどに小柄な左官級の軍服。その左官級に将官たちがゾロゾロ……摂政の宮殿下だ。
平時なら馬か車で移動されるのだろうが、事細かに被災状況を視察するためだろう、徒歩での御視察だ。
まずい、あまりに無防備。
ゾワアアアアアアアアアアア!
常盤橋周辺の地面が鳥肌を立てたように泡立ったかと思うと、鳥肌の一つ一つから無数の黒い影が飛び出して摂政の宮殿下の列に襲い掛かった!
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手