団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

ここはどこだあ

2013-12-19 11:24:45 | Weblog
 やってしまいました。あれほどお酒で失敗しない、とここのブログでも誓っているのに、やはり人間は懲りず、反省はしないものである。
 明け方、ガバッと起きたところに、まったく心当たりがない。細長い三畳間ほどの広さの部屋に、薄い毛布をかけて寝ていた。
「どこだ、ここは」と、まだ酔っている頭で考えた。分からない。周りを見回すと、部屋の中には何もない。着ているものを見ると、上着やコートがない。持っていたバッグもない。所持品もない。
 どこに行った、と思わず立ち上がった。ドアらしい分厚いアクリルのドアを叩いた。出てきたのは警官だった。警官? 相手を見据えて訊いた。
「ここはどこですか」「愛宕署です」「警察かあ、どうしてここにいるの?」「路上で寝てたんですよ」
「えっ、本当、ということは、ここはトラ箱か」
 がっくりと気持ちが落ち込んだ。「で、バッグはある? バッグ」と慌ただしく訊いた。大切な原稿が入っているからだ。
 警官は消えて、しばらくして持っていたバッグを持ってきた。大きくため息をついた。
「出られるんですか」「いや、電車の始発まで待ってください」「まいったなあ、じゃあトイレ」
 といって、ドアから出た。このドアは、いわゆる拘置所で弁護士が接見する被告人との間にあるよく見るアクリルガラス製で、小さい空気穴が開いている。鉄格子はない。
 すたすたと教えられたトレイに行った。興味深く警察署内を見る。さっきの警官を入れて3人ぐらいしかいない。玄関近くのソファで別の酔っ払いがいぎたなく寝ている。ひとりか。
「意外と酔っ払いは少ないですね」「まあ、月曜日ですからね」という回答。「それもあるし、当直の方もこんなもんですか」「ええ、まあ」
 といった会話をしつつ、まだトラ箱に戻った。正式な名称は保護房で、本当になにもない部屋だ。まだ酩酊しているが、寝る気にはならない。青っぽい畳の上で寝っ転がって、あれこれと昨夜のことを思い出したが、さらりと記憶はある時から抜け落ちている。
「ううむ」と、出るのはため息ばかりだ。やがて時間が来た。警官に連れられて、署内のカウンターに案内された。自分の所持していたものが、ずらりと並んでいる。
「さあ、確認してください」といわれ、ざっと見回してないものはなかった。
「はあ、いいですよ」「ここに拇印を」と指示され、左手の薬指で黒のスタンプのインクを使って、いわれるままにあちこち拇印を押した。これで終わり。身元引受人は必要なかった。被害はなかったのだろう。
 上着を着て、コートを羽織り、所持品をポケットに入れ、バッグを肩にかけて出た。早速、ケータイで女房にメールを入れた。返ってきた返事はこれだった。
「心配して損した」とある。確かにトラ箱なら、もっとも安心安全な場所だ。時刻を見ると5時半だった。薄暗い新橋の街を駅のほうに急いだ。反省すべきは、深酒もいい加減にしろ、大事なものを持っている時は自重すべし。たぶん今年の最大の赤っ恥ということになるが、人生は来年も続くのである。

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