団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

老いと歌と

2014-06-02 13:47:18 | Weblog
 なんとなく友人の死から抜け切れていない。やはり同業者で彼と親しくしていた友人も、似たような思いを抱いている。
 いつもいる人が、ある日突然いなくなるというのは、どういう意味があるのだろうか。ふつうは、親しい人が亡くなれば、お別れの葬儀があるだろう。それがひとつの儀式になって、それぞれ決別の気持ちを持つことができる。
 たまたま彼の場合は、家族が仕事上の連絡先を知らなくて、葬儀等が終わって、かなり経ってから、こちらに連絡があった。私も仕事上での付き合いではあったから、彼の死を知るべき関係先のセクションを、彼の家族に教えた。
 だから、彼の死に立ち会っていないし、まだ現実感がない。イベントなどにいると、やあ、といってまた彼が顔を出すような気持ちを拭い切れない。
 ということは、やっぱり葬儀などのお別れ会は必要なのか、とも思うが、私などは葉書一枚で、自分の死を知らせてほしい、と思っている。
 結局、人の死は、もう会えない、ということなのだ。たぶんそれだけだろうし、それ以上でもない。彼がどう生き、どう満足し、どう哀しんだか、未練はあったのか、などあれこれ考えてもきりがないことだろう。
 あいつに、もう会えない、としかいいようがない。それが哀しいのか、淋しいのか、どうでもいいのか、というのは、私の問題ではあるが、それもいずれは時間の中に消えていく。
 去るもの日々に疎し、という言葉があるが、死んでしまえばそうなのだろうが、生きてさえいれば、また会える。この希望は、なにものにも代え難いだろう。
 生きていることが、人間それぞれの生きる責任なのだろうと思う。最近、そんなことを思っていたら、加藤登紀子の『生きてさえいれば』という歌が、ラジオから流れていた。そうだなあ、こんな歌があったなあ、と思い出した。
 また歌に戻ってしまったが、人生を歌に託すことは多い。たぶん、歌の中にすべてが込められているのだろう。まだまだ歌い足りないのだろうか。
 死んだ彼も歌が好きだったが、人生を歌う、というタイプではなかった。私もそうではなく、ただ好きな歌を無理に歌いこなそうとするタイプだ。
 これからもきっと歌いたい歌を見つけ出すことだろう。好きな歌を納得できるように気持よく歌えなくなった時に、私はどういう状態にいるのだろうか。
 老いは確実に来る。すでにかなりな老いを背負っているのだが、生きているあいだは、好奇心を持ち続けたいものだ。

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