創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

心中ごっこ (6/9)

2006年08月12日 23時20分48秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
「こういうの食べると頭が悪くなるっていわれませんでしたか?」
 僕は『ファーストフードのハンバーガー』を初めて食べた。思ったよりずっと食べやすい。ちょっと味が濃すぎる気もするけど。
「いわれないわよ。正ちゃんちってもしかして金持ち? もしくはお母さん教育ママ?」
「………そういうわけじゃないんですけど」
 家族の顔を思い浮かべると胃が痛くなる。
「真面目一方なんです。うちの両親。それに兄貴も。―兄貴は絵に描いたような優等生で、中学では生徒会長してて、県でトップの高校入って、東大ストレート入学。―僕も頭悪いってわけじゃないんですけど……学年でも十番内には必ず入ってましたから」
 アサコさんは何もいわず長いポテトを端から少しずつ食べている。
「でも兄のようにはなれなかった。第一志望の私立高校には落ちて、すべり止めだった県立高校にも落ちて、結局二次募集していた僕の偏差値の半分しかない高校に行くことになって。―ずっと勉強だけしてきたんです。ろくに遊びもしなかった。なのに屈辱ですよ。親戚や近所の人達にもいえやしない。馬鹿にされるのが目にみえてる。『あんなにがんばってたのにかわいそうね』とか『お兄ちゃんは東大なのに弟さんはあの高校なのね』とか。そんなのたまらない。両親も恥ずかしくて言えないでしょう。僕は期待にこたえられなかったダメな息子なんです。周囲から馬鹿にされながら生きていくなんてまっぴらなんです。だから死のうとおもったんです―こんな理由、馬鹿みたいですか?」
「……正ちゃん、あそこの女子高生三人がずっと正ちゃんのことみてるの気づいてる?」
 アサコさんが僕の問いかけとはまったく関係の無いことをいいだした。アゴで前方にすわっている群れを指している。
「正ちゃん、今そうやってみられちゃうくらいカッコよくなってるの気づいてる?」
「は?」
 ガラスに映る自分。自分でないような派手な男。目立つ男。自身に満ち溢れた男。
「勉強しかしてこなかったっていったよね。でも勉強以外のことに挑戦してみたらもっと色々一番になれることあっただろうね。例えばルックス。磨けばこんだけ光るんだもん。クラスでも一番人気だったかもよ」
「そんな……外見が変わったくらいじゃなにも変わりませんよ」
「……そうね。これ、みて」
 つきだされたのは一枚の写真。海をバックに清楚な女の人と背の高い男の人が仲睦まじく写っている。
「げ。これひょっとして…」
 得意気なアサコさんと写真の女を見比べる。まるで雰囲気は違うがパーツは同じである。
「そ。あたしよ。そうよね。外見変えたくらいじゃ本質はなーんにも変わらないのよね」
「……でも気分転換になりましたけど。競馬も初体験だったけど楽しかったです」
 僕が正直なところを打ち上げると、アサコさんは、ふ、ふ、ふと笑った。
「あたしも気分転換にはなったなあ。でもダメ。やっぱり生きていくの、辛いなあ」
 そしてピンッと写真の男を指ではじいた。
「あたしの死ぬ理由はこれ。この人、もうあたしのものじゃないの。もう会えないっていわれたの。あの人の一番じゃなくなっちゃったの。……そんな世界で生きていくのはつらすぎて苦しすぎて。だから、死ぬの」
 きっぱりと言いきる穏やかなアサコさん。
「でも……これから生きていけばその人より好きな人ができるかもしれないじゃ……」
「いこっか」
 さえぎるようにアサコさんは席を立った。
「―アサコさん」
 一瞬、アサコさんの姿が透けてみえて僕は目を疑った。遠い背中―追いかけて抱きしめたい衝動にかられたけど―足がすくんで動けなかった。
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心中ごっこ (5/9)

2006年08月12日 01時46分04秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
「これはくるわよこれは」
 子供のようにアサコさんは興奮している。鼻の穴をふくらませた顔がなんだかかわいい。僕らはゴール前の柵にへばりついていた。
『さあ、最後の直線です』
 ―驚いた。先頭集団の中に二頭とも食いついている。
「行けー! 正ちゃんも応援しなさいよっ」
 言われる前にもう「うおー」とも「うわー」ともつかない声を張り上げていた。
『さあ、一番人気のブリリアントアークにぴったりくっついているのはライトファンサー、その後方、アサコクイーン。上がってくるかアサコクイーン』
 場内がどよめく。おそろしいまでの一体感だ。思わず乗せられてしまう。
「うわあああっいいぞっ」
「いけーアサコクイーン!」
 波のように歓声が響く。ひづめの音が近づいてくる。ドドドドっと地響きがつたわってくる。馬の群れが目の前を通りすぎた。三頭同時に見えた。写真判定になるとのアナウンスが流れた。
「……焼肉」
 アサコさんがボソリといい僕の手を痛いほどつかんだ。思わず僕も握り返す。心臓が激しく波うっているのが分かる。
 しばらく続いた奇妙な緊張感ののち、ふいにどよめきがおこった。電光掲示板に『確』
の文字が浮かび上がった。
 一着はブリリアントアーク。ニ着ライトファンサー。三着アサコクイーン。とのこと。
「ちぇーっ。なんだよー。負けた!」
 アサコさんが馬券をチリヂリにして思いきり空に放り投げた。ひらひらと光りを背にうけながら舞い降りてくる馬券。その光景をすごく綺麗だとなぜか思った。
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心中ごっこ (4/9)

2006年08月12日 01時44分03秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 僕らは近くの地方競馬場にタクシーを乗りつけた。周りはみな新聞をもったおじさんたち……と思いきやけっこう若いカップルも多いので僕達二人はそんなに浮いていなかった。
「名前がかわいいからこの馬―」
「ピンクの帽子がいかしてるからこの馬―」
 アサコさんはそんなアホな理由で、全然人気のない馬に平気で五千円もかけている。当然あたらない。アサコさんは派手に笑いながら自分の買った馬を応援して、負けると馬券を細かく破いて桜吹雪をまわしている。
「オレ何してんだろこんなとこで……」
 アサコさんのはしゃぐ声をききながら自問自答する。なんで死を決心したその日に競馬場で知らない女の人と遊んでるんだ?
 まずいコーヒーを飲みながら(死んでしまったらこれをマズイと思うこともないんだなあ……)なんて考えていると、
「今度は正ちゃん選んでよ」
 マークシートカードをつきつけられた。
「……じゃ、あの馬」
 パドック中継をみながら一頭を指差した。小さいが栗色の毛並みがとてもつややかな馬。
「二番のライトファンサーね。んじゃあと一頭は……五番の『アサコクイーン』にしよっと。名前がいいでしょ?」
 二―五の倍率は……六十三倍。来るわけないなこれは。
「そんじゃこんどは一万えーん。きたら六十三万かあ。そしたら焼肉いこう。焼肉」
「無理ですって。そんな皮算用して裏切られたらがっくりきますよ……っていてててて」
「なーに夢のないこといってんの」
 頬をつねられてそのまま上にひっぱられる。
「自分の目、信じなさいよ」
 アサコさんのまっすぐな瞳とぶつかる。驚くほど澄んだきれいな瞳だ。
 動悸がやまない僕をほっぽりだしてアサコさんは馬券を買いにいってしまった。
「……自分の目なんか信じられないよ」
 誰にいうでもなく僕はつぶやいた。
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