「こういうの食べると頭が悪くなるっていわれませんでしたか?」
僕は『ファーストフードのハンバーガー』を初めて食べた。思ったよりずっと食べやすい。ちょっと味が濃すぎる気もするけど。
「いわれないわよ。正ちゃんちってもしかして金持ち? もしくはお母さん教育ママ?」
「………そういうわけじゃないんですけど」
家族の顔を思い浮かべると胃が痛くなる。
「真面目一方なんです。うちの両親。それに兄貴も。―兄貴は絵に描いたような優等生で、中学では生徒会長してて、県でトップの高校入って、東大ストレート入学。―僕も頭悪いってわけじゃないんですけど……学年でも十番内には必ず入ってましたから」
アサコさんは何もいわず長いポテトを端から少しずつ食べている。
「でも兄のようにはなれなかった。第一志望の私立高校には落ちて、すべり止めだった県立高校にも落ちて、結局二次募集していた僕の偏差値の半分しかない高校に行くことになって。―ずっと勉強だけしてきたんです。ろくに遊びもしなかった。なのに屈辱ですよ。親戚や近所の人達にもいえやしない。馬鹿にされるのが目にみえてる。『あんなにがんばってたのにかわいそうね』とか『お兄ちゃんは東大なのに弟さんはあの高校なのね』とか。そんなのたまらない。両親も恥ずかしくて言えないでしょう。僕は期待にこたえられなかったダメな息子なんです。周囲から馬鹿にされながら生きていくなんてまっぴらなんです。だから死のうとおもったんです―こんな理由、馬鹿みたいですか?」
「……正ちゃん、あそこの女子高生三人がずっと正ちゃんのことみてるの気づいてる?」
アサコさんが僕の問いかけとはまったく関係の無いことをいいだした。アゴで前方にすわっている群れを指している。
「正ちゃん、今そうやってみられちゃうくらいカッコよくなってるの気づいてる?」
「は?」
ガラスに映る自分。自分でないような派手な男。目立つ男。自身に満ち溢れた男。
「勉強しかしてこなかったっていったよね。でも勉強以外のことに挑戦してみたらもっと色々一番になれることあっただろうね。例えばルックス。磨けばこんだけ光るんだもん。クラスでも一番人気だったかもよ」
「そんな……外見が変わったくらいじゃなにも変わりませんよ」
「……そうね。これ、みて」
つきだされたのは一枚の写真。海をバックに清楚な女の人と背の高い男の人が仲睦まじく写っている。
「げ。これひょっとして…」
得意気なアサコさんと写真の女を見比べる。まるで雰囲気は違うがパーツは同じである。
「そ。あたしよ。そうよね。外見変えたくらいじゃ本質はなーんにも変わらないのよね」
「……でも気分転換になりましたけど。競馬も初体験だったけど楽しかったです」
僕が正直なところを打ち上げると、アサコさんは、ふ、ふ、ふと笑った。
「あたしも気分転換にはなったなあ。でもダメ。やっぱり生きていくの、辛いなあ」
そしてピンッと写真の男を指ではじいた。
「あたしの死ぬ理由はこれ。この人、もうあたしのものじゃないの。もう会えないっていわれたの。あの人の一番じゃなくなっちゃったの。……そんな世界で生きていくのはつらすぎて苦しすぎて。だから、死ぬの」
きっぱりと言いきる穏やかなアサコさん。
「でも……これから生きていけばその人より好きな人ができるかもしれないじゃ……」
「いこっか」
さえぎるようにアサコさんは席を立った。
「―アサコさん」
一瞬、アサコさんの姿が透けてみえて僕は目を疑った。遠い背中―追いかけて抱きしめたい衝動にかられたけど―足がすくんで動けなかった。
僕は『ファーストフードのハンバーガー』を初めて食べた。思ったよりずっと食べやすい。ちょっと味が濃すぎる気もするけど。
「いわれないわよ。正ちゃんちってもしかして金持ち? もしくはお母さん教育ママ?」
「………そういうわけじゃないんですけど」
家族の顔を思い浮かべると胃が痛くなる。
「真面目一方なんです。うちの両親。それに兄貴も。―兄貴は絵に描いたような優等生で、中学では生徒会長してて、県でトップの高校入って、東大ストレート入学。―僕も頭悪いってわけじゃないんですけど……学年でも十番内には必ず入ってましたから」
アサコさんは何もいわず長いポテトを端から少しずつ食べている。
「でも兄のようにはなれなかった。第一志望の私立高校には落ちて、すべり止めだった県立高校にも落ちて、結局二次募集していた僕の偏差値の半分しかない高校に行くことになって。―ずっと勉強だけしてきたんです。ろくに遊びもしなかった。なのに屈辱ですよ。親戚や近所の人達にもいえやしない。馬鹿にされるのが目にみえてる。『あんなにがんばってたのにかわいそうね』とか『お兄ちゃんは東大なのに弟さんはあの高校なのね』とか。そんなのたまらない。両親も恥ずかしくて言えないでしょう。僕は期待にこたえられなかったダメな息子なんです。周囲から馬鹿にされながら生きていくなんてまっぴらなんです。だから死のうとおもったんです―こんな理由、馬鹿みたいですか?」
「……正ちゃん、あそこの女子高生三人がずっと正ちゃんのことみてるの気づいてる?」
アサコさんが僕の問いかけとはまったく関係の無いことをいいだした。アゴで前方にすわっている群れを指している。
「正ちゃん、今そうやってみられちゃうくらいカッコよくなってるの気づいてる?」
「は?」
ガラスに映る自分。自分でないような派手な男。目立つ男。自身に満ち溢れた男。
「勉強しかしてこなかったっていったよね。でも勉強以外のことに挑戦してみたらもっと色々一番になれることあっただろうね。例えばルックス。磨けばこんだけ光るんだもん。クラスでも一番人気だったかもよ」
「そんな……外見が変わったくらいじゃなにも変わりませんよ」
「……そうね。これ、みて」
つきだされたのは一枚の写真。海をバックに清楚な女の人と背の高い男の人が仲睦まじく写っている。
「げ。これひょっとして…」
得意気なアサコさんと写真の女を見比べる。まるで雰囲気は違うがパーツは同じである。
「そ。あたしよ。そうよね。外見変えたくらいじゃ本質はなーんにも変わらないのよね」
「……でも気分転換になりましたけど。競馬も初体験だったけど楽しかったです」
僕が正直なところを打ち上げると、アサコさんは、ふ、ふ、ふと笑った。
「あたしも気分転換にはなったなあ。でもダメ。やっぱり生きていくの、辛いなあ」
そしてピンッと写真の男を指ではじいた。
「あたしの死ぬ理由はこれ。この人、もうあたしのものじゃないの。もう会えないっていわれたの。あの人の一番じゃなくなっちゃったの。……そんな世界で生きていくのはつらすぎて苦しすぎて。だから、死ぬの」
きっぱりと言いきる穏やかなアサコさん。
「でも……これから生きていけばその人より好きな人ができるかもしれないじゃ……」
「いこっか」
さえぎるようにアサコさんは席を立った。
「―アサコさん」
一瞬、アサコさんの姿が透けてみえて僕は目を疑った。遠い背中―追いかけて抱きしめたい衝動にかられたけど―足がすくんで動けなかった。