創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

心中ごっこ (3/9)

2006年08月11日 17時52分21秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 まず、洋服。いつも僕が着ているものよりゼロが一つも二つも多いブランド品の黒地のスーツを着させられた。シャツは上品な赤。まるでホストのようだ。全然似合わない。
 次におしゃれな美容院。生まれて初めて髪を染めた。しかも派手な金色。不規則に立たせた髪は触ると痛いぐらいとがっている。まるでヤンキーだ。全然似合わない。
 アサコさんも髪を切ることを美容師さんにすすめられていたけど、「髪の長さだけは絶対に変えたくない」といって、僕がセットされるのをじっとみていただけだった。ショートも似合いそうなのに。
 最後にメガネ屋。使い捨てソフトコンタクトレンズを入れた。思ったより痛くない。
「さて出来あがり。どうよ?」
「どうよって……。げ」
 店内の全身鏡の前に立たされて―思わずのけぞった。
「誰だこれ」
 まるで別人だ。鏡に映っているのはあの冴えない正平ではなく、六本木のクラブにいるお兄ちゃんのようだ。(クラブには行ったことがないのであくまでもイメージの話だ)
 それにコンタクトの視界の広さにも驚いた。今までは左右をみると必ず目に入った黒いフチもないし、顔を正面に向けたまま真横のものもきちんと見える。世界が明るい。
「こうやってあたしと立ってるとまるで恋人どうしみたいよね。じゃ、いこっか?」
 腕をからめられドキマギする。女の人と腕を組むなんて初めてだ。赤くなった僕に気づいてか、アサコさんはひやかし気味に猫のような目をつりあげた。
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心中ごっこ (2/9)

2006年08月11日 17時02分53秒 | 心中ごっこ(原稿用紙30枚)
 プリンタルト・サワーチェリーパイ・紅茶のシフォンケーキ・チーズスフレ・ヨーグルトムース。以上が彼女の前に運ばれてきたケーキの名前である。
「きゃあ。死ぬ前に絶対やってみたかったのよう。カロリーも財布の中身も気にせずケーキをいっぱい食べるって」
 彼女は見るなりはしゃいだ声をあげた。
「君、本当にいらないの? お金なら気にしないでよ。退職金全部おろしてきたから」
「はあ……」
 なんで女の人ってこんな甘いものいくつも食べられるんだろう?
 僕はコーヒーをすすりながら、幸せそうにケーキを食べる彼女を眺めた。
「死ぬ前にしたいことがあるのよ」
といわれ、このケーキ屋に連れてこられたのだ。日曜のお昼時にもかかわらず、僕達しかお客がいないシケた店だ。
「ねえ、君。どこで死にたい? あのビルはだめよ。前に通行人に大怪我させたあげく自分も助かっちゃった人いるのよ。そういうのマヌケでしょ。だからあそこはダメ」
「はあ……」
「それにさ、できれば飛び降りは遠慮したいな。ぐちゃぐちゃになっちゃうもん。溺死もやだなあ。パンパンにふくれちゃうっていうし。あ、首吊りはもってのほかよ。内臓とか全部でちゃって汚いらしいからね」
 サワーチェリーパイの赤いムースをつつきながら彼女がいう。よく食べながらそんな話ができるよな……。
 だいたい一緒に死ぬというのなら、死に方の話し合い以前に話すことがあるだろう。
「あの……名前とか、きいていいですか?」
「人に名前聞くなら自分から名乗りなさいよ」
「……しょうへいです。正しい平ら」
「正ちゃんね。あたしアサコ。よろしく」
 彼女はもう最後のヨーグルトムースをやっつけにかかっている。すごい速さだ。
「あの……アサコさんっていくつですか?」
「いくつにみえる?」
「二十……三?」
「えらいっ。そういうことにしとくっ」
 ということはもっと上か?
「あの……アサコさんはなんで自殺するんですか?」
「人に理由聞くなら自分から話しなさいよ」
「………」
 そんなの軽々しく人にいうもんじゃない。
「ふーん。人には聞いといて自分はいいたくないの?ま、いいけど。じゃ、いこうか」
 あっさり言い捨てて、さっさとレジにいってしまった。僕もあわてて追いかける。
「どこにいくんです?」
「残り少ない人生になったんだからやりたかったこと全部やりたいじゃないのやっぱり。正ちゃんもやりたいこと言って。例えば……競馬とか? ゲーセンでしかやったことないんだけどさ。本物やってみたくない?」
 目が輝いている。自分がやりたいらしい。
「でも競馬は未成年や学生はできないんですよね? 僕、中学卒業したばっかりですよ」
「じゃ、先に洋服屋さんと美容院行って、学生にみえないように変身しよう」
 ふっふっふと気味悪く笑う。
 どうも脳天気な人だ。とても死のうとしている人には思えない。やっぱり僕、からかわれているのだろうか?
コメント
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