池田のおじいちゃんは最上階の特別室に入院していた。一泊何十万もするはずだ。もしかしてすごいお金持ちなのか?
サユリに聞くと即答された。
「そうだよ。坂田スーパーのそばの大きいおうち知ってる? お庭にぞうさんときりんさんの形の木があるおうち。あそこだよ」
驚いた。では遺言書を隠したという隣の斉藤さんのお父さんということか。どんな人なのか興味がわいてきた。
「おじーちゃーん。お見舞いにきたよー」
扉を開けると予想通りの豪華な部屋がそこにはあった。壁一面花と果物かごで埋め尽くされていて、病室には似つかわしくない皮張りのソファーまで備えつけられている。
大きな白いベッドの中にその老人は埋もれていた。
「みんないらっしゃい」
病気のせいかもしれないが、斉藤さんのお父さんにしてはずいぶん老けてみえる。見事に禿げ上がった頭に落ち窪んだ目。まるで骸骨のようだ。
「あの、これお見舞いのりんごです」
「ありがとう。もしかしてショーコちゃんかな? サユリちゃん達から話は聞いてるよ」
声には張りがある。
「そこにクッキーがあるからみんなで食べなさい。冷蔵庫にジュースもあるからね」
「わーありがとー」
サユリ達は勝手知ったるという感じであちこちをあさりはじめた。池田さんはその様子を目を細めて眺めている。
「そうだ、おじいちゃん。頼まれてたお手紙、ちゃんと言われた場所に入れてきたよ。レッスンの前にこっそり行ったから誰にもみつからなかった」
サユリの言葉に老人はニヤリと笑った。
「そうか。ありがとう」
手紙? それはもしかして。
「遺言書のことですか?」
「え?」
なんで知ってるんだ? というように目を向けられた。あわてて言葉を足す。
「私、娘さんの隣に住んでるんですよ。で、ちょっと小耳にはさんで……大切な人に預かってもらってるとかって……」
「ああ、そうそう」
池田さんは楽しげにうなずいた。
「ワシの一番大切な人って誰だと思うかね? 君だったら誰に預ける?」
一番大切な人……。
真っ先に思いついたのはなぜかユウの顔だった。
「恋人かな?」
ひやかしぎみに言われて初めて横内の顔を思い出した。ザワリと胸が騒ぐ。
「……そんな人いません」
「そうか。まだ一番に会っていないんだね」
いや。横内とつきあっていたころは彼が一番だと思っていた……ような気がする。
「そのうち君にも一番が現れるさ」
穏やかな顔。見ていたら池田さんの一番がすぐにわかった。
「池田さんの一番は奥様ですか」
「ああ。三年ほど前に死んじまったがね。ワシの一番はいつまでたっても五十年連れ添った女房だけだよ」
照れたように老人は言い切った。
「だから遺書は女房の遺影の裏に隠してもらったんだよ。あ、これは内緒だよ。そのうち娘にだけは話すつもりだがね」
「……いいですね」
うらやましい、と素直に言葉がでた。
そして気がついた。横内のことを五十年後にも愛しているだろうと思ったことは一度もない。
サユリに聞くと即答された。
「そうだよ。坂田スーパーのそばの大きいおうち知ってる? お庭にぞうさんときりんさんの形の木があるおうち。あそこだよ」
驚いた。では遺言書を隠したという隣の斉藤さんのお父さんということか。どんな人なのか興味がわいてきた。
「おじーちゃーん。お見舞いにきたよー」
扉を開けると予想通りの豪華な部屋がそこにはあった。壁一面花と果物かごで埋め尽くされていて、病室には似つかわしくない皮張りのソファーまで備えつけられている。
大きな白いベッドの中にその老人は埋もれていた。
「みんないらっしゃい」
病気のせいかもしれないが、斉藤さんのお父さんにしてはずいぶん老けてみえる。見事に禿げ上がった頭に落ち窪んだ目。まるで骸骨のようだ。
「あの、これお見舞いのりんごです」
「ありがとう。もしかしてショーコちゃんかな? サユリちゃん達から話は聞いてるよ」
声には張りがある。
「そこにクッキーがあるからみんなで食べなさい。冷蔵庫にジュースもあるからね」
「わーありがとー」
サユリ達は勝手知ったるという感じであちこちをあさりはじめた。池田さんはその様子を目を細めて眺めている。
「そうだ、おじいちゃん。頼まれてたお手紙、ちゃんと言われた場所に入れてきたよ。レッスンの前にこっそり行ったから誰にもみつからなかった」
サユリの言葉に老人はニヤリと笑った。
「そうか。ありがとう」
手紙? それはもしかして。
「遺言書のことですか?」
「え?」
なんで知ってるんだ? というように目を向けられた。あわてて言葉を足す。
「私、娘さんの隣に住んでるんですよ。で、ちょっと小耳にはさんで……大切な人に預かってもらってるとかって……」
「ああ、そうそう」
池田さんは楽しげにうなずいた。
「ワシの一番大切な人って誰だと思うかね? 君だったら誰に預ける?」
一番大切な人……。
真っ先に思いついたのはなぜかユウの顔だった。
「恋人かな?」
ひやかしぎみに言われて初めて横内の顔を思い出した。ザワリと胸が騒ぐ。
「……そんな人いません」
「そうか。まだ一番に会っていないんだね」
いや。横内とつきあっていたころは彼が一番だと思っていた……ような気がする。
「そのうち君にも一番が現れるさ」
穏やかな顔。見ていたら池田さんの一番がすぐにわかった。
「池田さんの一番は奥様ですか」
「ああ。三年ほど前に死んじまったがね。ワシの一番はいつまでたっても五十年連れ添った女房だけだよ」
照れたように老人は言い切った。
「だから遺書は女房の遺影の裏に隠してもらったんだよ。あ、これは内緒だよ。そのうち娘にだけは話すつもりだがね」
「……いいですね」
うらやましい、と素直に言葉がでた。
そして気がついた。横内のことを五十年後にも愛しているだろうと思ったことは一度もない。