創作小説屋

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ベベアンの扉(6/22)

2006年10月08日 22時58分12秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 いつのころからだったか、私はいつもイジメのターゲットになっていた。
 原因は私が無口なことにあるらしい。「何を考えているのかわからないから気持ち悪い」とよく言われた。そういわれても、みんなと同じように意味もなくヘラヘラと笑うことはどうしてもできなかった。自然と孤立していき、陰湿な嫌がらせにあうようになっていった。
 中学に入ってからは更にエスカレートして、学校に行くのが正直苦痛だった。
 でも、よそに女を作って、しかも子供まで産ませてしまった父親と、「子供(私のこと)のために」と言って断固として離婚を拒否している母親のいる、凍るような冷たい空気の流れている家にいるよりはまだマシだった。
 でも……この日はさすがに嫌になった。
 その日は私の誕生日だった。
 珍しく機嫌の良い母に、誕生日プレゼントとして小さなクマのキーホルダーをもらった。「このクマが良いことをたくさん運んでくれるよ!」という母の言葉が嬉しくて、それをカバンにつけて学校にいくことにした。
 キーホルダーが鳴るたびに、少し心が軽くなる。今日、私が誕生日だってことは誰も知らない。それがなんだかくすぐったい。
 私も珍しく晴れやかな気持ちで、自分の席につこうとしたが……、そこで手が止まった。
『死ね』
と、書かれていた。椅子に大きく『死ね』と。 
(今日は私の誕生日……)
 まわりのクスクス笑う声が、頭の後ろの方で響いている。
(今日は私の誕生日……)
 それなのに……『死ね』?
「早く席に着けー」
 担任が教室に入ってきた。いつまでも席につかない私を不審に思ったようで、眉を寄せてこちらを見た。
「どうした? なぜ席につかない?」
「せんせーい!」
 近くにいた女の子がおもむろに手を挙げた。
「山本さんがカバンに変なキーホルダーつけてまーす! これ校則違反でしょ~」
「ああ、そうだな、山本。没収だ。こちらによこしなさい」
 担任が手を伸ばしてくる。
(今日は私の誕生日……)
 だからお母さんが良いことを運んでくれるクマをプレゼントしてくれたの。
「山本、早くしなさい」
(今日は私の誕生日……)
「山本!」
 怒ったような担任の顔。ヘラヘラ笑っているクラスメート。下を向いて見ないふりをしているクラスメート。
 もう……たくさんだ。
「早退します。さよならっ」
 小さく言い捨てて、私は教室を後にした。慌てたような担任の声がしてきたが、かまわず、昇降口まで走っていった。

 走ってきたはいいけど、家に帰るわけにもいかない。かといって制服のままウロウロしていたら、補導されるかもしれない。
 どうしよう、と立ちすくんでいたところ、
「山本さん! 山本さん!」
 遠慮がちに声をかけられた。振り返ると同じクラスの緑澤君が立っていた。黒縁の眼鏡の奥の瞳は、なぜかおどおどしている。
「一緒に屋上まで来てくれる?」
「屋上?」
 一瞬、イジメグループの呼び出しかと思ったが、緑澤君は彼らとはまったく違うグループなので、たぶんそれはないだろう。
 なんだかよく分からないけど、帰るまでの時間つぶしに屋上で過ごすのもいいかもしれない。
 そう思ってうなずくと、緑澤君は嬉しそうな笑顔になった。
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