私の家庭教師の桜井浩介先生には、男の恋人がいるらしい。
でも、ウソなんじゃないかな、と思う。
だって、成績が上がったら会わせてくれるっていったのに、いまだに会わせてくれない。約束してからもう半年以上もたってるのに。
先生はいつも優しい。いつもニコニコしながら私のこと見てる。絶対に私に気があると思う。
デートにも誘われた。一応理由はその恋人の都合が急に悪くなってチケットが余ったからってことだけど、それはウソで、ただ単に私とデートしたいんじゃないのかな、と思う。
チケットっていうのは、先生の知り合いが出るという舞台のチケット。
私が中学の時に一時期演劇部に入っていた、という話を憶えていて誘ってくれたらしい。
舞台自体は、すごく良かった。引き込まれた。特に相手役の男の子がハスキーボイスで素敵だった。隣に先生がいることも忘れて夢中になってしまった。
スポットライトを浴びる快感を思い出して、終わってからもしばらく夢うつつで、先生に促されてロビーに出るまでぼんやりしてしまった。
ロビーでは出演者たちが挨拶に出ていた。あちらこちらで笑い声がする。楽しそう。
そんな中で、
「こーすけセンセー」
こちらに向かって手を振りながら近づいてくる長身のすごい美人がいる。
浩介先生も、「ああ」と手を振り返した。
誰?
何? すごい親しそう。
まさか……彼女?
「…………」
思わず、ジーーーっとその女性を見上げていたら、女性の方がふっと笑った。華やかな笑顔。
「希衣子ちゃん、ね?」
「え?」
名前を言われてビックリして後ずさろうとしたところ、いきなり両手を掴まれた。
「浩介センセの話通り!すっごいかわいいじゃないの!」
「え?」
「二年後が楽しみだわ~」
「え?」
二年後??
ハテナ?ハテナ?としていたら、浩介先生が「ちょっと!」と割って入ってきた。
「あかねサン? いくら希衣子ちゃんがかわいいからって手出さないでよ?」
「分かってるわよ。だから二年後って言ってるでしょ」
「二年後でもダメ!」
「なんでよっ18歳になったら法律的にはOKでしょっ」
「そういう問題じゃ……」
なんだかよくわからない言い合いをしている浩介先生と、美人なお姉さん。
でも、浩介先生が私のことを「かわいい」って言ったことは聞き逃さなかった。やっぱりそう思ってるんだ。やっぱりね。
それにしても、この美人、いったい誰なの?
「あのー……」
「ああ、ごめんね。希衣子ちゃん」
浩介先生が美人を制して、私に向き直った。
「この人、木村あかねさん。おれの友達」
「……ってことは」
出てたってことだよね? こんな人出てたっけ?
他の出演者は衣装のままロビーにでてきてるけれど、この美人は普通の格好しているから役柄が分からない。
きょとんとした私に、あかねさんはニッコリと、
「私、ジミー役で出てたのよ?」
「ええ?!」
あの、ハスキーボイスの男の子がこの人ってこと?!
「衣装でいると役柄引きずっちゃうから、速攻で着替えてきたの。だって嫌じゃない?あんなテンション高い男」
「えええ、そんなことないですっ。すごいかっこよかったですっ」
「あら、ありがとう」
正直な感想を述べると、あかねさんは嬉しそうに笑った。
本当にすごい美人だ。こんな人が彼女だとしたら、どうあがいても太刀打ちできない。
不安に思いながら浩介先生を見上げると、浩介先生は真面目な顔をして、
「希衣子ちゃん、気をつけてね。この人かわいい女の子に目がないから。連絡先とか教えちゃダメだよ?」
「ちょっと浩介センセー? 人を色情魔みたいに言わないでくれる?」
あかねさんが浩介先生の肩をグーで叩く。浩介先生があははと笑う。2人はすごく仲が良いみたいだ。
なんだかよくわからないけれど、先生、私のこと「かわいい女の子」って言った。彼女に対して他の子のこと可愛いなんて言わないよね?うん。やっぱりただの友達なんだね。
うふっと思ったところに、次の浩介先生の言葉がガツンと頭に衝撃を走らせた。
「ケイからの花束、受付に預けたんだけど無事届いてる?」
「あ、そうそう、ありがとう。休憩の時にチェックしたよ。なんかすごい豪華なのいただいちゃって……くれぐれもよろしく伝えてね」
「ケイ、こられなくて残念がってたよ。次は是非って」
そうか……。
ケイっていうのが、先生の恋人の名前ってことね。ふーん……本当にいるのか……。
でもケイって……本当に男?
翌週。
「男でも女でもどっちでもいいんじゃない?」
親友の由美ちゃんがあっさりと言った。
渋谷で映画を見て、ご飯食べた帰りの電車の中。
浩介先生とのデートの報告をしたところ、由美ちゃんはふむふむとうなずいて、
「ようは、希衣ちゃんが取っちゃえばいいって話でしょ。脈ありそうなんでしょ?」
「うん」
私のことを見る浩介先生の目はとっても優しい。それに私のことかわいいって言った。絶対に脈はある。
「来月クリスマスだしねーチャンスじゃん」
「うん。がんばる」
由美ちゃんちの最寄り駅で下車する。うちの最寄り駅は一つ先なんだけど、少し遅くなってしまったので、由美ちゃんのママが車で迎えにきてくれることになったのだ。
「あ!!!」
改札を出るための列にならんでいたところ、改札の先の端っこのほうで本を読んでいる男の人の姿が目に飛び込んできた。
浩介先生だ!!
「え、なになに? もしかして、浩介先生? あの人?」
「うん。なんでいるんだろう?」
「大学、ここなの?」
この駅の近くには有名な大学がある。でも、浩介先生の通っている大学ではない。
「違うけど……」
「まあ、なんでもいっか。ラッキーじゃん。紹介してよー」
にやにやと由美ちゃんが言う。
「先生、背、高いね」
「177くらいって言ってた」
「へ~。希衣ちゃんいくつだっけ?」
なんてことを話しながら改札からようやく出たところで……
「…………………あ」
先生のいるところに向かおうとした足を止めた。由美ちゃんの息を飲む音が耳に入った。
浩介先生の横に現れた男の人………
(ケイ、だ)
言われなくても分かった。小柄できれいな顔をした男の人。
そして何より………
「先生………」
ケイを見る、先生の瞳。なんて……なんて愛おしそうなんだろう。
私を見る先生の瞳の優しさが1だとしたら、ケイを見る瞳の輝きは百でも千でも一万でもない。数え切れないほどの溢れる愛。
読んでいた本をカバンにしまいながら何か話している。何か面白いことを言われたのか、先生がクスクスと笑いながらケイの頬に軽く触れた。ケイも笑う。天使のようにきれいな人。
そして2人並んで改札を通って行ってしまった。私にはまったく気がつかずに。
「…………」
脈がある、なんてとんでもない勘違いだ。
先生のあんな顔、一度だって見たことない。これからも一生、見ることはできない。
切なくて、悲しくて、涙が出てきた。
「希衣ちゃん……大丈夫?」
「由美ちゃん……」
人の目も気にせず、私は由美ちゃんに抱きついてわんわん泣いた。
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希衣子ちゃん、初期ルーズソックス世代です。
改札も今と違って有人なので出るまでに時間がかかるんですね。
希衣子ちゃんの失恋により、色々とまわりが動き出します。
次ももう一回希衣子ちゃん目線の話。
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