観覧車が一番高い位置にきたときに、おれは身をかがめてそっと慶に口づけた。
柔らかい唇の感触。絡めた手から伝わる体温。愛おしい人。
一周15分かかるという大観覧車。地上から100メートル以上あるらしい。今日はよく晴れているので遠くの街の明かりまで良く見える。星空の中に浮かんでいるようだ。
「……慶」
唇を離し、おでこをくっつける。慶の瞳がすぐ近くにある。なんて綺麗なんだろう。
「慶って、アマリリリスの天使って言われてたんだよ。知ってた?」
「あーなんか聞いたことある。天使ってガラじゃねえよなあ?」
「んー……黙ってると天使っぽいよ。ほら、今なんて、空に浮かんでる天使みたい……」
もう一度……と唇を寄せようとしたら、
「時間切れ。もう他のゴンドラから見える」
思いっきり押し返された……。
「えーーーー!!まだ大丈夫だよーーーー!!」
「大丈夫じゃねえよ」
「天使、冷たーい!ひどーい!」
「誰が天使だっ」
本当に、天使みたいなんだけどな。
切ないほど綺麗な、おれだけの天使……。
「手つなぐのはいいでしょ? 見えないでしょ?」
「…………ん」
慶が手を繋いでくれる。それだけでも嬉しい。
「なんかさあ、のぼりよりくだりのほうが早い気がしない?」
「だな。どんどん地上が近づいてくる」
現実に引き戻される……。
「あーーーついてほしくなーい。このままずっと慶と二人きりでいたーい。ね、もう一回乗る?」
提案してみたが、慶にぶんぶん首を振られた。
「いやいや、またあの長蛇の列に並ぶのはキツイだろー。腹減ったし」
「んー……さらに列のびてるね……」
近づいてくる地上の様子を見ていたのだが……
「!」
「どうした?」
ビクッとなったのが、繋いでいた手で伝わってしまった。心配そうにのぞきこんでくる慶に、
「何でもないよー。ね、ご飯何食べるー?」
「んーーーお好み焼きは?」
「いいね~。前行ったあそこの店でしょ? 混んでないといいねえ」
何でもないように装いながら、心臓の鼓動をどうにか鎮めようとする。
慶には気づかれないように、恐る恐る、先ほど目に入ってしまったものの方向に視線を動かす。
(……お母さん)
黒い毛皮の黒い魔女が、楽しそうな人たちの中に佇んでいた。まるで一点の黒いシミのように。
***
いつ母が現れるのかと気が気でなかったが、結局最後まで母は現れなかった。後をつけていただけらしい。せっかくの記念日に集中できなくて腹が立つやら悲しいやら……。
いっそのことラブホテルにしけこんでやろうかとも思ったけれど、こんな日はどこも満室だろうからやめておいた。
食事のあと、気の向くままにあちらこちらを歩き回ってから、帰途についた。おれの家の最寄り駅で一緒に降りて、自転車をとりに家に寄ってから、慶の家まで二人乗りで送っていく。母がまだ尾行していたとしても、さすがに自転車のおれ達を追ってはこれないだろう。ようやく安心して慶との時間を満喫できた。
一時間後、家に帰ると、母はちょうど風呂に入っているところだった。ホッとした。顔を合わせたら何を言われるか分からない。
さっさと部屋に入り鍵を閉め、机に向かう。
せっかくの記念日だったんだ。楽しいことだけ思い出そう。
財布から観覧車のチケットを取り出し、眺める。慶の瞳を思い出す。唇を思い出す。
「綺麗だったな~~……」
独り言ちながら、チケットをしまおうと引き出しを開け……
「………」
頭の上の方がザワッとした。なんだろう? この違和感……。
微妙に、何かが違う……。
嫌な予感がする。上から確認していき、その違和感に気が付いた。
この封筒、縦向きに入れていたはずだ。なぜ、横になっている……?
震える手をどうにか動かしながら中を確認する。
この封筒には、南ちゃんが卒業式の帰りに撮ってくれた写真が入っている。慶と二人で写っている写真だ。そっと取り出し………
「……っ」
息を飲んだ。
ああ…………慶。
「なんで………」
慶、慶、慶…………。
言葉にならない。頭が破裂しそうだ。
「なんで……」
慶が……写真の中の慶が……傷つけられていた。
爪のあとだろうか。慶の綺麗な顔が、歪められている。傷つけられている。
「慶………」
なんで………もなにもない。
答えは一つしかない。
母だ。母の仕業だ。
「浩介ー? 帰ってるのー?」
「!!」
階下からの母の声。
「お風呂、入っちゃいなさーい」
明るい、まるでドラマの中の典型的な母親のような口調。
「………魔女」
魔女だ。
「………いなくなれ」
慶を守らなくては。慶が本当に傷つけられてしまう前に、この魔女をおれが……。
「浩介?」
コンコン、とノックされる。
「お風呂入ってから寝なさいよ?」
ドアの向こうからの声。台本のセリフを読んでいるような話し方。
魔女だ。この女は魔女だ。
「……いなくなれ」
頭の中が沸騰しているかのように熱い。
いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ……
立ち上がり、ドアに向かって一歩踏み出した。………が、
「……………あ」
ひらり、と落ちた、観覧車のチケット。
星空に浮かぶ天使のような、優しく、強く、美しい人。
『誰が天使だっ』
ムッとして言っていた慶。
本当に、天使みたいだったよ? 慶……。
慶の姿を、声を、感触を、ぬくもりを思い出し、ぐっと踏みとどまる。
『くれぐれも実行しないでよ? 慶君に迷惑かかるんだからね』
あかねの声が脳内に響き渡る。
「慶……」
おれは……おれはどうしたらいい?
「浩介ー? 寝ちゃったのー?」
「…………」
母親の声をドア越しに聞きながら、おれはその場に座り込んだ。
慶を守るために、おれはどうしたら……。
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本当は、昨日ここまで書こうと思っていたのでした。
浩介さん、神経質でキッチリカッチリしてるので、
封筒の入れ方が変わっていることにすぐに気がついたわけですね。
浩介はAB型で……
と書きかけて、今ふいに、二人を血液型とか星座とかで占ってみたんだけど、
めっちゃ相性良くて、しかも言ってることが当たっててビビった。
浩介:1974年9月10日生まれ・おとめ座・AB型
慶:1974年4月28日生まれ・おうし座・A型
です。
1994年12月のお話なので、横浜の観覧車は今の場所に移動する前ですね。
そして、自転車の規制も今ほど厳しくなかったため、二人乗りも普通にしておりました。
浩介ママみたいな人ってわりといると思う。
豹変女ってやつね。スイッチ入ってしまうととことんみたいな。
働くとか自分の趣味を持つとか、子供に執着するのはほどほどにしないと、子供が窒息してしまいます。
来週、浩介視点最後の回です。
2015.1.25。すみません、訂正。
今日、用事があって横浜の観覧車近くにいったので、じーっと観察していたら、とんでもないことに気が付いた。
横浜の観覧車、大きいから、上のほうって、直線っぽいのね。
一番上にきても、ほかのゴンドラから見えるんじゃね?
むしろ、時計でいうところの、3時と9時のあたりのほうが中見えないんじゃないの?
私、この観覧車2回乗ったことあるのですが、
1回目は出来立ての横浜博のころで、2回目はそれこそ94年とかなので、記憶が……^^;
みなとみらいにはよく行くのですが、観覧車は乗る機会ないもので……。だって高いんだもんー。
考察できず…申し訳ありません…
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