「やっぱり恋に障害があるとさらに燃え上がるわよね~もうワクワクしちゃう」
慶の妹、南ちゃんが嬉しそうに言った。
有り難いというか何というか……。
おれはあかねと別れてすぐに南ちゃんのバイト先に行った。
南ちゃんは本屋でバイトをしている。それも普通の本屋ではない。慶曰く「あやしげな本屋」だ。
おれも初めて行ったけれど、確かにあやしかった。かなりマニアックな品揃えで、商業紙でない本も取り扱っている様子。フィギアやグッツも多い。
狭い店内を恐る恐る進んでいくと、ちょうどエプロン姿の南ちゃんが本のチェックをしているところに出くわした。
おれを見ると南ちゃんは「そろそろ来る頃だと思った~」とニヤーッと笑った。
南ちゃんはかなり美人なのに、どうもその自覚がない。表情や行動がいつもあやしい。そこがあかねと違うところだ。あかねは自分が美人だと自覚して、それを最大限に発揮するようにしているけれど、南ちゃんにはまったくそれがない。だから「よく見れば美人だけど……」となる。南ちゃんが外見磨きに精をだしたらあかねとは違うタイプの美人として張れることは間違いなしだが、そうしないところが南ちゃんらしくていいといえばいい。
南ちゃんは開いていたファイルをぱたんと閉じると、奥に向かって突然叫んだ。
「店長ー! 休憩入っていいっすかー? ついでに事務所借りていいっすかー? お兄ちゃんの彼氏きてるんでー」
「みっ」
南ちゃんっ、な、何を大きな声で!
すると、レジの奥から丸い眼鏡をした大柄な女性がのっそりと出てきた。キュッと頭の上で一つに縛った髪の毛が爆発していてもう一つ頭があるようだ。
「南、おいしい紅茶がある。飲め。お兄さんの彼氏さん、ごゆるりと」
「…………」
重低音のものすごく良い声。
ぽかんとしているおれを南ちゃんがぐいぐいと押していく。
……不思議な店だ。店長さんも合わせてなんだか映画のセットのようだ……。
**
おいしい紅茶、をいただきながら、南ちゃんにズバリと質問する。
「おれの母親、きた?」
「うん」
南ちゃんはニッコニコだ。
「やっぱり恋に障害があるとさらに燃え上がるわよね~もうワクワクしちゃう」
「…………」
有り難いというかなんというか………。
「それで、なんて……?」
「お兄ちゃんと別れさせるのに協力してくれって。あなたもお兄さんが男の人と付き合ってるなんて恥ずかしいでしょう?って」
南ちゃんは、うふふふふと怪しげな笑いをしながら、
「もー、お母さん素敵すぎ! 恋の障害として完璧なキャラです!」
「…………………」
ここまで割り切れればおれも楽になるんだろうな……。
南ちゃんは引き続き、うふふふと笑いながら、
「でね、うちの店長が、戦国時代の色子の話からはじまり2時間くらい熱弁ふるってねー。お母さん、辟易した感じでお帰りになりました。チーン」
「………………」
店長さん……あの母を黙らせたのか。すごいな……。
「あ、それでね」
ふ、と南ちゃんは表情をあらためた。
「お兄ちゃんには口止めされてるけど、うちの両親のところにも……」
「……やっぱり」
「うん」
南ちゃんは紅茶を一口飲むと、静かにカップを戻した。
「お父さんの会社は結構ちゃんとしたとこだからさ。ちょっと騒ぎになったんだけど警備員さんに事情を話して、それからは出入り禁止にしてもらったから、全然大丈夫だって。しかも上司の人、アメリカ人女性なんだけど、そういう偏見とか大嫌いな人らしくてね。そのあとに電話がかかってきたときに、英語でわーーーっとまくしたてたらしくて、それ以来、電話もかかってきてないって」
「…………」
すみません。おじさん……。飄々とした雰囲気の慶のお父さんを思い浮かべて頭を下げる。
「お母さんはねえ……」
なぜか、ここで南ちゃんはうふっと笑って、
「お兄ちゃんにとっては、いい方向に向かったかも。今までお母さん、正直なとこ二人が付き合ってることにあまりいい顔してなかったんだけど、今回浩介さんのお母さんから色々言われたら、逆方向に吹っ切れたみたいでねー。もうすっかり応援姿勢よ?」
「え……」
シャキシャキとした慶のお母さんを思い浮かべる。
「なんで認めてあげないんですか!とか言っちゃってさー。ケンカになってその日は終わり」
「その日は?」
「次の日はお母さんの勤め先にきたんだって。でも、お母さん、朝のうちに同僚や上司にも話してあったから、みんなが対応してくれたって」
「…………」
慶のお母さんがみんなから信頼されている証拠だろう。
おれもそうであれば……。
「浩介さん、家庭教師のアルバイト首になっちゃったんだって?」
「え」
なんで知ってんの?
「浩介さんのお母さんが言ってたよ。今回、お母さんがこういう行動おこしたのはそのせいみたいよ?」
「でも……」
おれはバイトを首になったなんて一言も言っていない。バイト先が変わったということは保証人欄に記入する関係で話したけれど……。
「なんかねー、お母さん、浩介さんの新しいバイト先の塾に挨拶にいったんだって」
「え?!」
「そこで、前のバイトをやめた理由を塾の人から聞いたらしいよ」
「…………」
今のバイト先は、前のバイト先の所長から紹介してもらった。この塾は色々な個性のある子供たちを受け入れているという特徴もあり、他の先生方も理解があるから安心して働きなさい、と……。
「まあさーお母さんも、自分の息子が男と付き合っているがためにバイト首になったなんて知って、将来が心配になっちゃったんじゃないの?」
「………………」
おれの将来、ではなく、自分の将来が、だ。そして世間体……
「でも!」
「うわっ」
暗い考えに沈みそうになったところを、南ちゃんがテーブルをたたいた音で引き戻される。
「そこを乗り越えて貫く愛が美しいんじゃないの!浩介さん!! いい?! 負けちゃだめだからね!! 渋谷家は一丸となって二人を応援しています!」
「南ちゃん……」
慶の家族は仲がいい。南ちゃんが小さかった頃は大変だったらしいけれど、それもお姉さんを含め家族みんなで協力して乗り切ったらしい。
先日、家庭教師の生徒だった希衣子ちゃんが夜におれを訪ねてきたとき、慶は希衣子ちゃんを見るなり「おうちに連絡しなさい」と言った。
衝撃だった。今日、あかねも言っていたが、おれとあかねにはその発想がまったくなかった。ひとかけらも思いつきもしなかった。まともな家族の中で育った人には、家族を思いやる気持ちが自然にあるのだろう。それが正しい。
おれは…………
おれには、慶と一緒にいる資格があるのだろうか。
この素敵な慶の家族に迷惑をかけてまで、一緒にいていいのだろうか……。
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さすが南ちゃん。南ちゃんが絡んだなり、筆の進みが早くなった。
あと2回で浩介ターン終わらせる。
でも慶と浩介が全然絡んでなーい。絡ませたーい。
ちょっと浩介のお母さんのフォロー(?)をしますとね。
浩介ママ、浩介の新しいバイト先に、
「息子には内緒でご挨拶に参りました~うちの子どうぞよろしくお願いいたします~」
的な挨拶をしにいったら、思わぬことを聞いてしまって。
これはまずい!やっぱり別れさせないとダメなのよ!と思っちゃったわけです。
で、調査会社に依頼。慶と慶の父母妹の勤務先を調べる。
で、まず慶父のところに。
でも「もう成人したんだし、子供のことは子供に任せてます」的なことを言われ、かっとなってワーワー騒いでたら警備員につまみ出され、電話したら英語でまくしたてられ……。
次に慶母のところに。はじめは自宅にいきました。
最初は、慶母も二人の交際を良く思っていない感じだったのに、話しているうちに、慶母が「子供は親のアクセサリーじゃない!」とブチ切れ、交渉決裂。
翌日、慶母の勤務先に出向いたところ、他の従業員たちに追い返される。
極めつけは南ちゃんのバイト先。
強烈キャラの店長さんに、同性愛というのは昔からあることで決しておかしなことではない、という話を延々と2時間も聞かされ、退散……。
で、行きついた先は、アマリリリスでした。
毎日のように通ったけれど、ある時「慶君にはやめてもらいました」と言われ……。
本当かしら、と再び様子を見にいったところ、お客さんが「慶君が辞めた」と話しているのを聞き……
あ、本当にやめたのね。そうよね、そういう子は辞めさせられるわよね?やっぱりね?
世間的にはそうよね?私がおかしいんじゃないわよね?
渋谷さんのところの関係者みんなに、私の方がおかしい、みたいに言われて、ちょっと不安になってしまったけど、やっぱり私が正しいのよね?
と思って、安心して笑ったんです。
別に、慶を辞めさせたかったわけじゃないんだよ。浩介は勘違いしてるけど。
まあでも結果的に浩介ママのせいで辞めたんだから同じか。
浩介ママには悪気はない(というか自分の正義の元にというか)のですが、やりすぎ。行き過ぎ。独善的すぎ。
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