父が言う。
お前のその感情は、錯覚だ。
お前はずっと友人がいなかったから、初めてできた仲の良い友人に対しての感情を、恋愛感情と間違えて認識してしまっているだけだ。
何も渋谷君といっさい付き合うなと言っているわけではない。友人関係を続けるのはかまわない。
ただ、普通に女性と交際をして、結婚しろと言っている。家庭を持つことが社会的信用につながる。
父の横で母はハンカチを握りしめ、涙ぐみながら肯いている。
父の瞳は無表情で何を考えているのか分からない。何かが気に入らなくて激昂する時も、何の予兆もないから余計に恐ろしい。
父は言うだけ言うと、今日は帰らない、といって出ていった。これもいつものことだ。
残された母とおれ。父を見送った後の玄関は、耳が痛くなるほどシーンとしている。
「お夕飯何にしようかしら……」
「僕はいりません」
台所に戻りかけた母の背中に、なるべく感情をこめないで伝える。
「今日は遅くなります。待たないで先にお休みください」
「遅くって、何時ごろ?」
「わかりません」
「どこにいくの?」
「わかりません」
「誰と会うの?」
「…………」
答えずコートを取り、靴を履いていると、母が苛立ったように、
「浩介、お父さんのお話し聞いてたわよね? あなたは……」
「お母さん、お父さんからの話、分かってくださいましたよね?」
振り返り、言葉をかぶせる。
「分かってって……」
「渋谷君の家族に迷惑をかけるようなことは、金輪際してはいけない、って話です」
母の今回の行動のすべてを、父に報告した。
母に話しても理解するどころか、途中で怒りだして話にならないので、父を頼ることにしたのだ。
こんな風に、父と話をしたのは、生涯で三回目のことだ。一回目は中学3年生。県立高校に行きたいと話したとき。二回目は高校三年生。学校の先生になりたいと話したときだ。結論、経過、意見、を無駄なく話さなければ途中で話を打ち切られてしまう。今回も無事にすべて言い切ることができた。
父は聞きおわると、母を呼びつけ、「二度とそんなみっともない真似をするな」と冷たく言い放った。母は震えあがった。父は王様だ。父のいうことは絶対だ。
内心快哉を叫んだのも束の間、父が「お前のその感情は、錯覚だ」とおれに話を向けてきて、今度は母が嬉しそうな顔をした。
おれと母は父の駒だ。父の思い通りに動かなくてはこの家では生きていけない。
母が、掴みかかからんばかりの勢いで怒鳴ってくる。
「あなたのためにしたことよ!それなのにお父さんに言いつけるなんて……」
「お父さんからの命令です。『二度とそんなみっともない真似をするな』」
無表情に言うと、母はおびえたように口を結んだ。
そんな母を一瞥し、おれは勢いよくドアを開けた。
「行ってきます」
早く家をでたい。このうちにもう二度と「ただいま」と帰ってきたくない。
***
今日は12月23日。
おれと慶が付き合いはじめて3回目の記念日だ。
それなのに……
「お前、なんかあった?」
「え?!な、ないよっ」
慶に言われ、思わず勢いよく否定する。こんな勢いでは、何かあったと白状しているようなものだ。失敗した。
「な、なんで?」
「いや……」
慶は小首をかしげると、
「いつものお前だったら、記念日だからここ行きたいだのあそこ行きたいだの大騒ぎするじゃねえか」
「大騒ぎって」
「でも、今回、どこでもいいって」
「…………」
そうなのだ。本当は色々考えたかったのだけれど、他に考えることが多すぎて……。
行先が決まらなくて、電車を見送ってしまったため、ホームの端には今はおれ達しかいない。
慶がポンと手を打つ。
「あれか? 三年目の倦怠期?」
「えええっ」
け、倦怠期?!
「3のつく時は危ないらしいな。3日、3か月、3年……。3年目の何とかって歌もあったよなあ」
何とかって……、う、浮気?!
「ちょ、ちょっと慶っ」
「冗談だよ」
ふっと笑って慶が言う。
「今日で丸三年、明日から四年目突入、だもんな。もう3年目の危機は乗り越えたってことじゃねえの?」
「……………」
3年目の危機……今がまさしく危機、なんじゃないだろうか。
「そういや、南がさ」
「え?!」
南、という言葉に過剰に反応してしまう。おれが内緒で会ったことバレたのか?!
焦ったおれに気が付いた様子もなく、慶が言葉を続ける。
「『お兄ちゃん達、今日が付き合いはじめ記念日だから』って椿姉に話してたんだよ。おれ言った覚えないんだけど、お前話した?」
「あーーーー……」
話したどころか、3年前の今日、南ちゃんにけしかけられて慶に告白したんです。なんて、言えない絶対。
「話したかも……」
「そっか。お前と南ってなにげに仲良いよな?」
「え、そう?」
まずかったかな……。
動揺したおれの顔を、慶がじっと見上げてくる。目をそらしたくなるのを耐えていると、
「お前、もしかして、南から聞いた?」
「な、何を?」
「お母さんの話」
「………………」
うっと詰まっていると、いきなり手を捕まれた。ドキッとする。慶は人目があるところでは触れたりするのを嫌がるのに。
顔が赤くなっていくのをどうにも隠せないでいると、慶がボソッと言った。
「……指相撲しようぜ」
「……え、うん」
何となく、勝負しているようなしていないような指相撲をはじめる。
温かい体温が伝わってくる。愛おしい。
「うちの家族は全然大丈夫だからな」
指を見つめながら慶が言う。
「気にすんなよ?」
「でも……」
「お前のご両親にも認めてもらえるようにならないとな」
「…………」
あの人達が認めてくれる日なんか来るとは思えない。
父にも今日あらためて全否定された。
いつまた母が暴走するかもしれない。
そうしたら今度は……。
「……なな、はち、きゅう、じゅうっ。おれの勝ちっ」
「あ」
にっこりと慶が笑う。
「勝者特権でおれが行先決めるぞ? んーと、観覧車。観覧車乗りに行こうぜ?」
「うん……」
ちょうど電車がくるとのアナウンスも入り、ちらほらと人も増えてきた。
「お前、暗い。せっかくの記念日だろー?」
「くすぐったいくすぐったいってば」
脇腹をぐりぐりとおされて笑ってしまう。
先のことを考えていても仕方がない。
せめて今日、今、この時は慶のことだけを思って過ごしたい。
「ありがとうっ慶っ大好きっ」
「人前で抱きつくなっ」
愛しさが募って後ろから抱きしめたら、普通に怒られた。
いつものおれ達だ。
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あと2回、浩介視点続きます。
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