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(GL小説)風のゆくえには~光彩3-3

2015年03月09日 11時00分31秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 気分は最悪だった。
 夫は行為が終わると満足したように自分の部屋に戻っていった。私はそれからすぐに、シーツもベッドカバーも、夫が触れたもの全部を洗濯機にぶちこんで、お風呂で体を洗い続けた。洗っても洗っても自分が汚れている気がする。眠らないまま、朝を迎えた。

「今日、おばあちゃんとレディースプランに行ってくるね~」
 美咲が朝から明るく言う。取引会社から招待券をもらえるらしく、時々義母と美咲は二人でホテルに宿泊することがある。義母は早朝会議があるとかで朝早く出社していったためもういない。

「明日の夜、ママの誕生日祝いしようね? パパも明日の夜はいるでしょ?」
「ああ、明日、ママの誕生日だったな。綾、何が欲しい?」
「……………」
 妙に機嫌のよい夫が腹立だしい。今、口を開いたら余計なことを言ってしまいそうなので、無言で首を横に振る。

「新しいミシンは? ママが使ってるのすごく古いし」
「ミシン? そんなもんでいいのか?」

 私を置いて、美咲と夫が勝手に話している。

「だってママはチクチクお裁縫してれば幸せなんだもん。あとはお料理? ホント、専業主婦になるために生まれてきた感じだよね、ママって」
「そのおかげで、美咲もパパも安心して仕事したり学校いったりできてるんだろ」

 夫は立ち上がり、コーヒーを飲みほすと、美咲の頭をポンポンとたたいた。

「もう時間だぞ? 駅まで車乗っていくんだろ?」
「行く行く! ちょっと待ってて! ごちそうさまでした!」

 美咲がすっ飛んで行く。夫も笑いながらダイニングを出ていく。

 たぶん、客観的にこの場面だけを見たら、幸せな家族なんだと思う。
 確かに、夫はこちらの家族も大事にしてくれている。

「明日、お母さんの誕生日なのに、夜まで帰ってこないつもりなんだな、あの人」
 ボソッと健人がいう。
 美咲のように割り切ってしまえばいいのに。健人も。そして私も。


 家人が皆、それぞれ出かけて、一人残されたあとのこのうちは、耳が痛くなるほどシーンとしている。大きな家だからなおさらだ。
 義父がいなくなってもうすぐ4か月になるのに、いまだに慣れない。
 義父の遺品の整理ももうすぐ終わりそうだ。本当に義父とのお別れがきてしまう気がしてさみしくなる。


 昨日と同じようにあかねから電話があった。でも取らなかった。

 4日間、あかねからの電話に浮かれていた。だから罰が当たったのだ。
 私は結婚している。例え、夫に他の家庭があろうとも、私は夫に隷属している。逆らえない。

 だから、あかねにはもう会わない。
 なにより……汚れている私を、あかねに見せたくない。

 あかねには、午後過ぎにこちらから電話をした。美咲が「5時間目にあかね先生の授業がある」と言っていたので、その時間にかけた。目論見通り、留守電に切り替わった。

「もう、電話かけてこないで」

 それだけいって、切った。
 その後、もう一度あかねから電話があったが、取らなかった。


 夕方、健人が大学から帰ってきた。
 義母と美咲はホテルにお泊りだし、夫もあちらの家の日なので、今晩は健人と二人きりだ。

「………氷の姫」
「え」

 夕飯が終わりかけたころ、健人が突然、ポツリと言った。氷の姫……それは、あかねの一年時の定期公演の役名。

「一之瀬あかね先生って、大学の時は木村って名字だったんだろ?」
「え」

 あまりに突然のことで、え、しか言えない。

「お母さんとあかね先生って付き合ってたんだって?」
「…………え?」

 完全に固まってしまった私の目の前に、健人が携帯の画面をつきつけた。

「これ、K大の演劇サークルの写真。ここに写ってるのお母さんとあかね先生だよな?」
「………………」

 定期公演の後でスタッフ含め全員で撮った集合写真だ。健人が携帯を操作して、あかねと私をそれぞれアップにする。現像した写真を何かで取り込んだのだろう。ぼやけているがなんとか本人だと分かる。懐かしい20年前の私達。

「先週の運動会の時、写真撮ったあとに2人で喋ってたじゃん? その時の雰囲気が、ただの担任と保護者じゃない感じだったからさ~。ちょっと調べたんだよ」
「…………」

 あれだけでそう思うなんて、鋭すぎる…。

「あかね先生がK大出身っていうのはすぐに分かったから、そこから色々、ネットの人脈使ってさ。あかね先生ってすごい人気あったんだってな? 姫、とか言って」
「……………」
「特に3年生になってからは、めちゃめちゃ女とっかえひっかえしてて、あちこちでもめてたって有名だったんだって。すげえよな、女なのに。まあ、あんだけ美人だしな……」
「……………」

 あかね……何やってるのよ、まったく………。

「そこまで女遊びがひどくなったのは、2年生の時に付き合ってた他学の先輩に振られたかららしい、という情報までゲット」
「……………。それ、誰が言ってるの?」
「んーと……、この人」

 見せられたのはフェイスブックの写真。見たことある顔……。

「田島愛美、だって」
「ああ、愛美ちゃん……」

 この顔で愛美といえば、スタッフの一人だったあかねと同じ歳の子だ。あかねのファンだった。確か名字は田島ではなかったと思うけど。

「お母さんが舞台の上にいるとこなんて想像できないけど」
「…………。私は衣装担当だから舞台には上がってないの」
「ああ、そうなんだ。一緒に作ったりするんじゃなくて、衣装担当っていうのが別にあるんだ。ふーん。本格的だな」

 携帯を手元に戻し、くるくると指で画面をめくっていた健人。ふと手をとめ、こちらを見返した。

「で、その愛美さんが言ってる。その先輩の名前は『綾さん』だってさ。お母さんのことだろ?」
「………………違うわ」

 声が震える。健人がフッと鼻で笑った。

「お母さん、ウソつくの下手。バレバレ」
「……………」

 健人がどう思っているのかが掴めない。何を言ったらいいのかわからなくて黙っていると、

「お母さんって、人身御供、だったんだろ?」
「人身……御供?」

 健人は携帯をいじりながら言葉を続ける。
「何年前だったっけ、国中のひいおじいちゃんの葬式に、おれと美咲で行ったじゃん」
 3年半前の私の祖父のお葬式のことだ。私は義父から離れられなくて行けなかった。

「その時に、おじいちゃんの姉ちゃんとかいうバアさんに言われたんだよ。自分の祖父の葬式にもこられないなんて、かわいそうに。でもあんたたちのお母さんは人身御供だからしょうがないねって」
「………」

 父の姉…あのウワサ好きお喋り好きの伯母のことか…余計なことを。

「バアさん言ってたよ。お母さんは当時恋人もいたのに、会社のために人身御供に出されたんだって」
「……………」
「その当時の恋人っていうの、あかね先生のこと?」
「……………」
「親の会社のために別れて、お父さんと結婚したんだろ?」
「…………違うわ」

 再度否定すると、健人はムッとした瞳でこちらを見かえした。

「ウソつくなよ。バレバレなんだよ、だから……」
「あかねのことは本当。認める。さっきは違うっていってごめんなさい」

 強い口調で遮ると、健人はビックリしたように押し黙った。
 考えてみたら、健人とこんなに長い時間話すのはすごく久しぶりだ。

「でも、人身御供っていうのは違う。それにそのためにあかねと別れたっていうのも違う」
「………じゃあ、なんで別れたんだよ?」
「それは………」

 一度目をつむり、大きく息をつく。

「今でこそ同性愛も認められてきたけどね。それでも色々な偏見とか差別とかあるし、19年前は更にまだ公にできる話ではなかったの。だから、あかねとの将来、なんて考えられなかった。この関係も学生のうちのものだと分かってた。だから4年の冬の時点で、もう別れないとって思った」

 4年生のクリスマスイブの朝を思い出す。
 目覚ましをとめて、あかねの寝顔をずっと見ていた。大好きなあかね。
 このままずっと一緒にいたい。離れたくない。一生そばにいたい。

 そこに突然電話がなって……その音で我に返ったのだ。
 そんなこと、無理に決まってるじゃない、と。

 そもそも、あかねは誰のものにもならない。
 そして法的にも認められない。私はきっと耐えられなくなる。

「そんなときに、お父さんを紹介されたの。お父さんはかっこよくて優しくて、この人とだったら素敵な家庭が作れるって思った。だから結婚したの」
「…………」
「おかげで健人と美咲に出会えた。お父さんには感謝してる」
 勘違いされては困る。自分たちが望まれて生まれたということを知っていてほしい。

「………ふーん」
 健人が再び携帯に視線を落とした。でも、携帯を見ていないことは明白。

「じゃあ、わりと美咲が言ったことも的を射てるんだな」
「え?」
「美咲、そのバアさんに言ったんだよ。『パパみたいな優しくてかっこよくてお金持ちの人と結婚できて、三食昼寝付の専業主婦になれるなら、美咲も人身御供になりたーい』ってさ。国中のおばあちゃん大喜びしてたよ。美咲はいい子ね~って小遣い余計に渡してた」
「…………」

 美咲が天真爛漫に言う姿が想像できる。そして、小学生の美咲にやりこめられて目を白黒させている伯母と勝ち誇った母の姿も。辟易する。伯母と母は昔から仲が悪かった。

「三食昼寝付、だってさ。美咲は知らなかったからな。お母さんが大変なとこ見せないようにしてたから」

 ふいに、健人が口調をあらためた。視線は携帯のままだ。何を言いだすんだろう。

「日本に住むようになってからずっと、じいちゃんの世話、お母さん一人でしてたよな」
「それは……」
「ご飯も時間かけて全部食べさせてやって、オムツの交換もして。夜中も体の位置変えてやるためにちょくちょく起きてただろ? お母さん、小っちぇえのによくあんなでかいじいちゃんのこと動かせるよなっていつも思ってた」
「………」
「それに、じいちゃんがウンコ食べちゃったり、部屋中に投げちゃったりした時も、お母さん、全部一人で片づけてた」
「!」

 健人、知って……

「ごめん、オレ、知ってたのに手伝わなかった。気づいてないふりしてた」
「…………」
「ばあちゃんもお父さんも、知ってたくせに知らないふりしてた。お母さん一人に押しつけてずるいって思ったけど、でもオレも何もしなかったから同罪」
「健人、それは……」
「大変だっただろ? 嫌じゃなかったの?」
「……………」

 大変じゃなかった、といえばウソになる。でも、大変なだけではない。私を100%頼ってくれる義父の存在は私の存在意義だと思えた。美咲はすっかりおばあちゃん子だし、健人は口をきいてくれないし、夫はよそに家庭を作るし。義父だけが私を求めてくれた。

「………オムツかえだって、ご飯食べさせるのだって、健人のも美咲のもやってきたの。三人目だから慣れっこよ」
 言うと、健人はちょっと笑った。

「ずいぶんでかい三人目だな」
「……そうね」

 私もつられて笑ってしまう。
 ストーンと寂しさがよみがってくる。義父はもういないのだ……。

「お母さんさあ、もういいんじゃねえの?」
「何が?」
「もう、この家に縛られてることないだろ。出てっちゃえば?」
「…………」
「よそに子供作る男なんて最低じゃん。普通、慰謝料がっぽりもらって離婚するよ」

 健人。どうしたんだろう。二ヶ月ほど前から、やけにそういうことを言うようになった。滅多に話さないくせに、口を開くと「離婚すれば?」だ。
 私はいつもと同じように首を横に振る。

「健人と美咲を置いて出ていくことなんてできない」
「そうやって」

 いきなり指をさされた。健人の目が強い非難の色を帯びている。

「そうやって人のせいにしてばっかりだよな。お母さんって。あかね先生とは世間に認めてもらえないから別れて? 親がすすめる結婚をして? 旦那がよその女に子供産ませても、じいちゃんの介護があるから離婚しないで? じいちゃん死んだら今度はオレと美咲のせい?」
「…………」
「お母さんの意思とか希望とか、そういうのないの? お母さんの人生ってなんなの?」

 何も……言えない。

「ちょっとは自分の気持ち大事にしたら?」
「……………」

 ごちそうさま、と健人が立ち上がった。
 取り残された私は、空になったお皿をジッと見つめていた。



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土曜日にアップした、慶と浩介の能天気な「R18・試行錯誤」から一転、
綾さんとあかねの真面目な話の続きです。

自分の中で、一話5000文字以内、と思っているのですが、また5000字超えてしまいました。
なので、本当はもう少し話を進めてから切りたかったけど、ここで切ることにした。

上に書いた、クリスマスイブの朝の電話、は、風のゆくえには~自由への道5-6の浩介からの電話の話でした。
まあ、この電話の音がなくても、遅かれ早かれ気が付いたことだろうけどね。
でもなんか、パッとひらめくキッカケみたいなものってあるじゃないですか。吹っ切れる瞬間、とか。

あ、あと、健人は「けんと」です。「たけひと」ではありません。
それから、作中の現在は、2014年6月でございます。

次、12日(木)に更新します。
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