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(GL小説)風のゆくえには~光彩4-3

2015年03月26日 11時45分43秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 綾さんを発見して以来、ずっと恋愛にうつつを抜かしていた、というわけではない。きちんと職務も全うしていた。けれども若干、視界がぼやけていたのかもしれない。物事の本質を見抜くのが遅れてしまった感は否めない。


 月曜日。授業終了後の掃除の時間のことだった。
 最近では、子供に掃除をさせない学校もあるようだが、この学校は元々が良妻賢母の育成を目指す学校だったため、掃除も当然自分たちで行う。
 教室と廊下以外の場所は月ごとでローテーションされ、うちのクラスは今月はトイレと家庭科室(よりにもよって家庭科室……)の担当だった。

「あかねせんせーい」
 家庭科室のチェックに行くと、甘えたような声で由衣先生がすり寄ってきた。のを、なるべく自然に避ける。もう勘違いさせるような態度はとらないと心に決めている。私はもう二度と綾さんを悲しませるようなことはしたくない。

「はい。オッケー! 教室戻っていいよー」
 チェックが終わり声をかけると、生徒たちが華やかな笑い声をたてながら廊下に出ていった。その流れに乗ろうとしたところ、後ろから腕を掴まれた。……由衣先生だ。

「……なにか?」
「なにか、じゃないですよ」

 由衣先生の頬が可愛らしく膨らんでいる。

「なんでそんなに冷たいんですか?」
「えーと……」

 まわりから生徒がいなくなったのを見計らって、由衣先生を正面から見返す。
 三月に綾さんを発見した直後に「もう遊びはおしまい」と伝えて以来、なるべく由衣先生のことは避けてきたけれど、ここでもう一度はっきりさせたほうがよさそうだ。

「由衣先生……申し訳ないんだけど、私」
「本命の彼女ができたってことですか?」
「え?」

 ドキッとする。

「私以外の人とも全員別れたでしょ?」
「えーと………」

 なんでそんなこと知ってるんだ……とか、別れたって言ったって、そもそも由衣先生とは付き合ってたつもりないんだけど、何回かしちゃったからそういうことになっちゃうよね……とか、頭の中を色々駆け巡る。でもとりあえず、いい機会だ。ここで白黒はっきりさせないといつまでもズルズルしてしまう。

「由衣先生、本当に申し訳ないんだけど、私ね」
「ウソだったの?」
「え?」

 掴まれた腕がぎゅうっとしまってくる。爪が食い込んでいる。
 痛い……けれども、由衣先生の方がもっと痛そうな顔をしている。

「可愛いっていってくれたじゃないですか? 抱きしめてくれたじゃないですか? たくさんあんな……」
「……ごめんね」

 その可愛らしい顔を見降ろし、真摯に答える。

「可愛いって言ったことにウソはないし、今でも由衣先生のこと可愛いって思ってるよ」
「だったら」
「でも、可愛いって思ってるだけで、愛してる、とは違う」
「…………」

 すっと手が離された。由衣先生の顔がこわばる。
 今さら気がついた。私、綾さん以外の人に「愛してる」と「大好き」は言ったことがない。(「好き」はあります……ごめん綾さん……)

 由衣先生がこわばった顔のまま、こちらを見上げる。

「私、遊びでいいっていったじゃないですか。このまま遊びで……」
「ごめんなさい」

 心をこめて頭を下げる。本当にごめんなさい。

「もう、不誠実なことはしたくないの」
「それは……本命さんのためにですか?」
「…………」

 綾さんのために、でもあるけれど……

「自分自身が嫌なの。もう後悔したくない」
「でも、あかねさん? その本命さん………」

 由衣先生が少し意地悪な表情になって何かをいいかけた、その時。

「先生! 大変! やばい!」
 家庭科室に一人の生徒が飛び込んできた。うちのクラスの学級委員の山根瑞穂だ。私がもっとも信頼している生徒で、演劇部次期部長に内定している、長身でショートカットの少女。
 瑞穂が早口に言いたてた。

「菜々美たちが、鈴子をトイレに閉じ込めて、水ぶっかけた」
「は?!」

 この一週間、問題なく過ごしていたのに、ここにきてそんな……

「どこのトイレ!? まだそこにいる?」
「まだいるはず。掃除当番のとこ」
「南2階ね。由衣先生!」

 別れ話(?)をした直後で申し訳ないんだけど、由衣先生を振り返り指示を出す。

「タオルを持って来てもらえますか? 私先に行ってます」
「は……はい」
「瑞穂さんは教室戻って。当事者以外教室で待機させて」
「オッケーっす」

 瑞穂が頼もしく肯く。本当に頼りになる。
 青ざめた由衣先生がちゃんと動くか心配だけれど、とりあえず現場にいそぐ。

 南2階トイレは特別教室側のトイレのため、今の時間は人通りが少ない。瑞穂は家庭科室掃除の後、トイレ掃除が終わったか見に行ったところ偶然その現場を目撃したそうだ。あえて中に声はかけず、そのまま私を呼びに来てくれたらしい。
 トイレの掃除当番は6人。菜々美とさくらはいたけれど、鈴子は教室担当だったはず。なぜその鈴子がトイレに……。

 トイレに近づくと、笑い声が聞こえてきた。

「ちょーうけるー」
「やばーい」

 なんでもかんでも「やばい」で片づけるな!と、英語教師であるけれど日本語の乱れが心配になる。そんなどうでもいいことを思い、心を落ち着かせてからトイレに踏み込む。

「………何してるの?」
「先生」

 トイレにいたのは4人。 
 まずい、という顔をして振り返ったのが、菜々美とさくら。元々のトイレ当番のうちの二人。
 そして、笑顔のままこちらを向いたのは………美咲。綾さんの娘。なぜここに? 美咲も教室担当だったはず。
 美咲が明るく言う。

「もー、鈴子ちゃん、超怖かったよー」
「………」

 言われた鈴子も、えへへへへ、と笑っている。鈴子の肩まである黒髪が濡れている。

「鈴子ちゃんがねー、花子さんの真似したの。それが超怖くてー」
「それで、鈴子さんに水かけたってこと?」

 菜々美を見ると、菜々美がスッと視線をずらした。さくらも。

(なんだろう………)

 この違和感……。
 頭の中がチリチリとする。何かがおかしい。

「鈴子さん、大丈夫? 濡れてるじゃない」
「うん。ちょっとふざけてただけだから」

 へらへらと言いながらも、鈴子の瞳の奥は笑っていない。

「今日も暑いから、全然大丈夫」
「だね~涼しそう」

 うふふ、と笑いながら、美咲がハンカチで鈴子の頭を拭き始めた。菜々美とさくらもあわてたようにハンカチをだす。拭かれている鈴子は「いいよー大丈夫だよー」と笑っている。

「ねえ……悪ふざけにしては度が過ぎてるよね?」
「ごめんなさーい」

 美咲がぺこりと頭を下げる。

「だいたい、掃除当番でもない美咲さんと鈴子さんがここにいるのはどうして? 菜々美さんとさくらさん以外の掃除当番の子はどこいったの?」
「それは……」

 菜々美が下を向く。その視線の端には……美咲?
 ……さくらもだ。美咲を視界の端にいれている。

 頭の中を警告音が鳴り響く。

「………美咲さん」
「はーい」

 美咲の無邪気な笑顔。

(そういうことか………)

 気がついて愕然とした。
 私は大きなミスを犯した。

 私の中で、美咲は綾さんの娘、というフィルターがかかっていて、普通の生徒よりも可愛く思えた、ということは否定できない。
 でも、綾さんの娘だからこそ、気が付くべきだったんだ。

 あの綾さんの娘が、単純明快・天真爛漫な女子中学生、だけであるわけがない。

 すっかり騙されていた。鈴子イジメの主犯は……美咲だ。

「美咲さんと鈴子さんはどうしてここにいるの?」
「理絵ちゃんたちと変わってもらったの。菜々美ちゃんとさくらちゃんと同じところ掃除したくて」
「…………」

 菜々美とさくらは目を伏せたままだ。
 普段の発言力の強さ、気の強さから、菜々美がこのグループのリーダーなのかと思っていた。さくらはNO2の立ち位置を好む子。そして美咲は2人の妹的存在……と認識していた。
 美咲に関しては、前担任からも小学校時代の担任からも「みんなのマスコット的存在」「ムードメーカー」「裏表のない素直な子」と聞いていて、それを鵜呑みにしていたところもある。そうとしか思えない可愛らしさが美咲にはあった。

 でも、あの綾さんの娘。うちに秘めているものがたくさんあるはずなのだ。
 綾さんは学生時代、普段は穏やかで優しげなのに、時々凍るような内面を出すことがあった(そこが魅力なんだけど)。裁縫時の豹変も、内面の解放につながっていたのかもしれない。
 けれども、美咲は私がみているかぎりいつもニコニコと変わらない。先週綾さんに電話で聞いたが、家でも常にそんな感じらしい。

 家庭生活も学校生活も不満なく過ごせているのならそれで問題はない。
 だが、今、彼女の家庭は普通ではない。父親に愛人がいるなどという異常な事態を、この多感な時期の少女がニコニコとしているだけで耐えられるのだろうか? いや、耐えられるはずがないのだ。
 美咲のマグマは一番嫌な方向に吹き出してしまったようだ。

「で、鈴子さんが花子さんの真似をしたって? どこで?」
「ここー。花子さんは一番奥のトイレって決まってるんだよ」
「ふーん……」

 美咲が奥のトイレの個室の前まで行って指さす。ここが一番濡れている。ここに閉じ込められて水をかけられたのだろう。 

「鈴子さん……こんなところに閉じ込められて怖かったでしょう?」
「え………」

 鈴子の目が大きく開かれる。何か言いかけて、また口を閉じた。
 笑顔を崩さない美咲に、冷静に問いかける。

「こんなところに閉じ込められたらこわいって分からなかった? しかも水までかけるなんて、かけられた方はすごく嫌な気持ちになるって分からなかった?」
「だって……。ねえ、菜々美ちゃん?」
「うん。鈴子、嫌がってないじゃん」
 美咲に振られた菜々美がムスッとして言う。

「嫌だったら嫌っていうでしょ。言ってないんだから嫌じゃないってことでしょ」
「そうそう。それにふざけてただけなんだから、別にいいじゃん」
 さくらもブツブツと言い始めた。

「だいたいそんな大げさなことじゃないし。ちょっと水かけただけじゃん」
「そうだよ。全然たいしたことじゃないよ」
 交互に言う菜々美とさくら。

「そっか。じゃあ、同じことされても別に大丈夫ってことね?」
「別に……」
 私の問いに、ぷいっとする菜々美とさくら。美咲はニコニコとしている。

「分かった。じゃあ」
 即座に入口に戻りホースのついた蛇口をひねる。そしてホースの先を持ったまま、菜々美とさくらの腕を掴んで、奥のトイレの前にいる美咲のところまで連れていく。

「せ、先生?」
「同じことしてあげる」
「え」

 有無を言わさず、はじめに美咲を、それから菜々美とさくらをトイレの個室に押し込めた。扉を足でひっかけて開かないようにする。

「先生!?」
「何?!」

 ホースを上から垂らしてやると、一気に悲鳴に変わった。

「やめて!」
「開けて!先生!」

 時間にして2秒程度で、すぐに開けてやる。
 涙目の菜々美とさくらがヨロヨロと出てきた。たいして濡れてもいないが、精神的ショックは相当なものだったようだ。

「………どう? 楽しかった?」
 無表情に問いかけると、菜々美は首を大きくふり、さくらはワッと泣きだした。
 扉にぶら下がったホースの先から出ている水の音が無情になり続けている。

「先生……こんなことして大丈夫なの? 菜々美ちゃんのお母さん、PTAの会長だよ?」
「………」

 美咲がケロッとした顔で個室から出てきた。
 美咲……全然響いてない……。

「美咲さん……これが、自分の大切な人に胸を張って言える行動だった?」
「だって、ふざけてただけだよ? ねえ、鈴子ちゃん」
「…………」

 鈴子が目を伏せる。一瞬だけ、美咲は目を尖らせたが、すぐにあの可愛らしい笑顔にもどすと、

「鈴子ちゃん。私、今のじゃ全然水かぶらなかったんだよね。だから鈴子ちゃんが水かけて? そうしたらおあいこになるでしょ? ね、そうしよ」
「美咲さん、そういうことじゃ……」
「ほら、早く!」

 いきなり美咲がドアにかかったホースを引っ張った。顔に思いきり水がかかる。

「やめなさい!」
 とりあげようとしたところで、私にも水がかかる。もみ合う中でホースの水があちこちに撒き散らされる。菜々美とさくらが悲鳴をあげる。

「離してっ」
 美咲の顔から笑顔が消えた。

「美咲……」
 これが、この子の本当の顔だ。なんて怒りに満ちた、なんて悲しい……

「あかね先生………っ」
 ようやく、由衣先生がやってきた。保健室の稲田先生と一緒だ。
 美咲の手をおさえながら、とっさに指示を出す。

「蛇口閉めて!」
「は、はい!」

 稲田先生が慌てて蛇口を閉めると、すぐにホースの勢いがなくなった。
 ダランと垂らした美咲の手からホースを取り上げる。

「美咲さ……」
「…………………ムカつく」
 下を向いた美咲が吐き捨てるようにいった。そして、ぎゅっと目をつむってから、顔をあげる。

「!」
 思わず、感嘆の声をあげそうになってしまった。
 顔をあげた美咲の表情は、何事もなかったような完璧な笑顔だったのだ。

「ごめんね、先生も濡れちゃったね」
「美咲さん……」
 あなた女優になれるわよ、という不謹慎な言葉をどうにか飲み込んだ。


 このトイレでの一件はすぐに校長の耳に入り、私は一週間の謹慎処分を言い渡された。




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また長くなってしまいました。

あかね先生、事件の調査が終わるまでは出勤停止、という名目で、
ようは、やりすぎってことで謹慎処分をくらうわけですが……

どうでしょう。あかね先生の行動はやりすぎでしょうか?
うーん。しょうがないんじゃないかなあと思ったり。
想像力のない人間は、それをされたら嫌だということが想像できない。だったら体験させてやるしかない。
でも、それも良し悪しで、その嫌な体験を、大嫌いなあいつにしてやろう、って思ってしまう子もいるかもしれない。
普通に健全に育っている子ならば、人の嫌がることはしないんだろうけど……。
健全な精神を育てるって、本当に大変なことなんですよね……。

そんなこんなで、次回に続きます。

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