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(GL小説)風のゆくえには~光彩4-1

2015年03月19日 13時15分13秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 大学一年時の定期公演の舞台裏で恋に落ちた私。
 その日の打ち上げではバッチリ綾さんの隣の席をゲットして、猛アタックをしかけた。その後も大学の門の前で待ち伏せたり、バイト先に顔をだしたり、ひたすら綾さんの行く先々に現れてみた。

「…………どんだけ暇なの?」

 あきれ顔で言った綾さんが、それはもうかわいくてかわいくて。今思い出してもニヤニヤしてしまう。

 2週間ちょっと過ぎた12月14日火曜日。根負けした綾さんがようやくOKしてくれた。
 みんなには内緒、という約束だったので誰にも言わなかった(後々に、友人の桜井浩介にだけは言ったけど)。秘密の恋もそれはそれでそそられるし。でもまあ、勘の良い人は気がついていたかもしれないけど。

 綾さんはいつでも大人でいつでも冷静で、でも時々情熱的で、かわいくてかっこよくて、時々甘えてくれて時々甘えさせてくれて。とにかく頭のてっぺんから足の先まで魅力がつまっている人だ。綾さんといられる時間は甘くて切なくて楽しくて嬉しくて本当に夢のようだった。

 でも。そんな幸せな時間は1年ちょっとしか続かなかった。

 綾さんの様子がおかしくなりはじめたのは、私が大学2年生、綾さんが4年生のクリスマスあたりからだった。
 卒論の追い込み? とか、就職活動がうまくいかず、結局実家の会社を手伝うことにしたから? とか色々理由を考えてみたけれど、それだけではないことは明白だった。

 会う回数も激減した。会っていても、なんだか悲しそうな顔をしていることが多くなった。

 バレンタインの夜には、思いつめた顔をして、珍しく綾さんの方から求めてきて……でもその様子が尋常じゃなかったので無理やり止めると、ポロポロと涙をこぼして、支離滅裂なことを言って泣き続け……私は途方にくれてそんな綾さんを抱きしめることしかできなかった。

 そして……3月14日。付き合いはじめてちょうど1年3ヶ月。私の部屋にやってきた綾さんが、

「今日で終わりにしましょう」

 そう無表情に言ったのだ。

**


「今日で終わりにしましょう」

 ついにきたか……と思った。別れを切り出される予感はしていた。なるべく冷静に、問うてみる。

「綾さん……何かあったの?」
「……………」

 綾さんは表情を変えない。大切なものが離れていく恐怖に手先が冷たくなってくる。とにかく理由を知りたい。

「もしかして、私が浩介の恋人のフリをしているのが嫌?」
 浩介の母親から浩介の同性の恋人を守るために、私が恋人だと浩介の両親を騙すことにしたのが、昨年末のこと。綾さんの様子がおかしくなったのとタイミング的には同じころなのだ。

「綾さんが嫌なら、今すぐやめるから」
 浩介には「恋人のフリをすることを綾さんが嫌がるならすぐにやめていいから」と言われている。浩介には申し訳ないけれど、私は友情よりも綾さんを取る。

 でも綾さんはブンブンと首を横に振った。
「それは関係ない。むしろ二人のことは私も応援してるから、あかねが恋人のフリをすることは賛成よ」
「………ありがと」

 ちょっと、というか、かなりホッとした。でも、他に思い当たることは……

「それじゃ……綾さんの友達の沙知子さんのこと、とか?」
「…………」

 綾さん無言。当たりか?!

「ごめん、綾さん。それは言い訳させて。あの……」
「……違う」

 ポツリと言う綾さん。え、違うの? じゃあ……

「えーと、あ、じゃあ、一年の恵理ちゃん?」
「………」
 首を振る綾さん。

「えーと、えーと、じゃあ、あれだ。衣装チームの由貴子」
「………」
 まだ首をふる綾さん。

「えーとえと、それじゃ………」
「あかね」

 綾さんが大きくため息をついた。

「心当たりありすぎよ。あなた」
「ご、ごめん……」

 とっさにソファからおりて床に正座で、綾さんを見上げる。

「ごめんね。綾さん。綾さんが卒論とか色々で忙しくて寂しくてつい……」
「………」
「綾さんそういうの気にしないって言ってくれてたから、私調子に乗ってて。でもこれからは……」
「……そういうことじゃないの」

 綾さんが手で私を制する。いやでも……

「でも、気にしてるんだよね? ね、私もう絶対に他の子としたりしないから……」
「だから、そういうことじゃないのよ」

 冷静に言う綾さん。本心のようだ。じゃあ……

「じゃあ、どういうこと?」
「私、結婚するの」
「………………………………………え?」

 言葉が脳に達するまでに数秒かかった。
 け、結婚……?

「ちょ……っと待って。綾さんって、彼氏いたの?」
「いないわよ」
「じゃ、じゃあ、誰と結婚するの?」

 綾さんがまた大きくため息をつく。

「お見合いしたの。親の会社の取引先の人」
「え、え、え?!」

 予想外だ。予想外すぎる。

「え、それ決定? いわゆる政略結婚? 綾さんは納得してないけど無理やり、みたいな?」
「…………納得はしてるわ」
「でも」

 私がいるのに??

 思わず言うと、綾さんは寂しそうに微笑んだ。

「ごめんね。あかねとは長く続けられる関係ではないでしょ? 卒業する今が別れる良いタイミングだと思うの」
「なにそれ……」

 あっけにとられる。なんて理由だ。 

「綾さん」
 そっと手を取ると、綾さんはビクッと震えた。構わず続ける。

「私は……ずっと一緒にいたいと思ってるし、いられると思ってるよ」

 綾さんがまた首をふる。
「無理よ」
「どうして」
「結婚できるわけでもないし、誰からも認められない」

 結婚、なんて……

「結婚なんて紙切れ一枚のことだよ。それに誰かに認められる必要なんて」
「…………必要なことよ」
 うつむく綾さん。そんな……っ。

「綾さんは、『結婚』がしたいってこと? だからその人と結婚するの? だから私と別れるの?」
 思わず強い口調で言ってしまった。

 綾さんがうなだれた。
「………ごめんなさい」

「あ……」
 違う。違う。そんなことが言いたいのではない。

「綾さんは私のことが信用できない? 結婚って契約なんかなくたって、私はずっと綾さんのこと愛し続け……」

 自分で言っていて、浮気しまくってたくせに信用も何もないか、と思い当たって青くなる。

「綾さん、信じて。私、本当にもう絶対に浮気とか……」
「だから、違うの」

 綾さんが首を振る。

「浮気とか、そういう問題じゃなくて……。ただ、私が……弱いせいなの」
「弱い?」

 意味が分からない。

「それ……どういう……」
「世間にも認められない、法的にも認められない関係を続けていくことに耐えられない」
「……っ」

 それは……っ

「それに結局、親元を離れられない。自立することもできない。人と違うことをする強さもない。その実力もない」
「…………」

 綾さんは4年生になる少し前から、ずっと就職活動をしてた。履歴書もきれいな字で何枚も書いていた。40℃ある猛暑の中でも紺のスーツを着て黒いヒールを履いて出かけていた。でも結果は芳しくなくて、結局、諦めて親の会社に就職することにしたと聞いている。

『綾は良い会社に入りたいってムキになって就職活動してるのよ。どうせ結婚したら仕事辞めるんだから、そんなに頑張らなくてもいいのに。結婚する気ないのかしら』

 綾さんの友達の沙知子さんが言っていたことを今さら思い出した。

 そうだ。あの時、なぜ気がつかなかった? 綾さんが頑張って就職活動していた理由。それはもしかして、私と一緒にいる将来のためだった……?

「綾さん……」
「私……あかねとの20年後を想像できない」
「……………」
「それが一番怖い」
「……………」

 
 もし、私が男だったら、「私が卒業したら結婚しよう。2年だけ待ってて」って言って、ご両親にも挨拶にいって、とりあえず婚約して、それで、それで……。

 でも、私は女で。年下で。なんの将来の保障もしてあげられなくて……。

「ごめんね。あかね。ごめん………」
 綺麗な涙がポロポロと流れ落ちて、頬だけでなく膝に置かれた手まで濡らしている。

「綾さん……」
 タオルを持ってきて、その涙を優しくふき取ってあげる。眼鏡も外してテーブルに置く。綾さんはされるがままになりながら、涙を流し続けている。

「綾さん………私、本当にあなたのことが好きなの」
「………」
「ねえ、綾さん。綾さんは私のこと好きだった?」
「………」

 前々から聞いてみたかったことを問うてみる。
「一度も好きって言ってくれたことなかったよね」

 すると、綾さんはポツンと言った。
「本当の気持ちを言ったら、あなたは離れていくに違いないから」

 え?

「どういうこと?」
「あなたは私が求めないから、束縛しないから、好きでいてくれた。だから………」
「何言ってるの……?」

 確かに束縛しない綾さんのそばは居心地良かった。でも、そんなことが理由なわけがない。

「綾さん、私は、あなた自身のことを好きになったんだよ? そんな……」
「だって」

 綾さんが首を振る。

「あかねは誰のものにもならない」
「え?」
「あかねは誰にも抱かれない」
「…………」

 前にも言われたそのセリフ。

「それ……どういう意味?」
「そのうち分かるのかもしれないし、分からせる人が現れるのかもしれない。でもそれは私じゃない。私はもうあかねのそばにはいられない」
 つらそうにうつむく綾さん……。

 もう、決めてしまったことなのか……。

 それならば………。私も心を決めた。

「綾さん」
 私はひざまずき、そっと綾さんの手を取った。

「綾さん。私、待ってるから」
「え……」

 綾さんの目が大きく見開かれる。

「住む場所も変えない。電話番号も変えない。いつでも私のところに帰ってきて」
「あかね……」
「それでも綾さんが私のところに帰ってこなかったら、私の方から会いに行くよ」
「……………」
「20年後、綾さんが幸せかどうか、確かめに行くから」
「……………」

 綾さんがふっと笑った。

「ばかね……」

 ふわりと頭を抱きしめられる。綾さんの柔らかい胸が頬にあたる。

「本当にばかな子ね。あかねは」
「綾さん……」

 ぎゅっと抱きしめかえす。

 大好きな、大好きな綾さん……。

 その愛おしい唇にそっとそっと口づけた。


 それから私たちは、ひたすらに求め合い続けた。
 絶頂を迎えても、休息をとることもせず、また次の絶頂を求め、獣のように貪り続ける。

 頭がおかしくなりそうだ。

 いや、おかしくなりたかった。これから訪れる別離のつらさから逃れたかった。

 綾さんの白く柔らかな肢体。細い指。艶やかな髪。切なく潤んだ瞳。今は私だけのもの。私だけの……。


「…………」
 いつの間にか眠っていたらしい。窓から差し込む日射しで目を覚ました。

「!」
 隣の綾さんがいない!

 と、思ったが、キッチンからカチャカチャと音が聞こえる。昨晩使ったマグカップを洗ってくれているらしい。

 今すぐ飛び起きて抱きしめたかったけれど、今顔を合わせたら、未練がましく引き留めて綾さんを困らせてしまうに違いないので、寝ているふりをすることにした。愛しい綾さんの存在を感じながら。

「………あかね」
 しばらくしてから、小さな小さな声が聞こえてきた。枕元に綾さんの気配がする。
 頭をなでられる。ゆっくりゆっくりと。

「あかね……ごめんね」
 綾さんの柔らかい髪が頬にかかった。優しいキス……。

「あかね。……………よ」
「……………」

 綾さんの気配が離れていく……。

『……………よ』

 って……。何? 綾さん……。

 ……………よ。
 ……………だいすきよ?

「綾さん……」

 聞こえなかったよ。綾さん。綾さん。綾さん………っ。

「あや………っ」

 ガチャガチャガチャッと鍵がしまる音がした。
 そして……カタン、と何かがポストに入れられた。

「何………」

 素っ裸のまま玄関まで行き、ドアにつけられたポストの中身を見て……息を飲んだ。

 付き合いはじめてすぐに渡した合鍵だった。綾さんはずっと使ってくれなかったのに、こんな最後にだけ使うなんて……。

「綾さん……」

 ぬくもりが残っている気がする冷たい鍵を握りしめながら………私は初めて涙を流した。


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いつか書こうと思っていた別れ話。
はあ……自分で書いてて凹んだ…。

今から20年前の話です。

なんだかんだで結局のところ、綾さんは楽な方に逃げた、とも言えますが、
あかねが浮気しまくったりしてなかったら、また違ったかもしれないし。
それに今の時代だったら、綾さんの出した結論は違っていたかもしれない。

あー暗かった。辛かった。

また来週~~。


コメント (7)
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