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(GL小説)風のゆくえには~光彩5-1

2015年03月31日 17時49分04秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
「そんなの変。美咲ちゃん、かわいそう」

 そう言われて、初めて知った。
 私、かわいそうな子、なんだって。


 私のパパはものすごくカッコいい。顔もいいし背も高いしおしゃれだし優しいし、10人いたら10人の子に「美咲ちゃんのパパかっこいいね」って言われてきた。
 ママは地味。眼鏡外してちゃんとお化粧したらかなりの美人になるのに、わざとみたいに地味にしてる。でもそこが「大和撫子」でいいって、アメリカにいたころよく言われた。

 パパはモテた。パーティーとかでも女の人が入れ替わり立ち替わりすり寄ってきていた。
 ママに「嫌じゃないの?」って聞いたら、ママはニッコリとして、

「あんなに人気のあるパパが一番愛してるのは、私たち家族なのよ? それってすごい自慢じゃない?」

と言った。確かに誰からも見向きもされないような人がパパであるより、モテモテの人がパパなほうが自慢できる気がする。

 ママは一切、パパの悪口を言わなかった。どんなに帰りが遅かろうと、休日に突然予定をキャンセルしようと、きれいな女の人と腕を組んで歩いていようと、ママがパパに対して文句を言っているところをみたことがない。
 それに「パパが頑張ってくれているおかげで、私たちはこんなに良い暮らしができているのよ。本当に幸せね。パパに感謝しようね」と私とお兄ちゃんは小さなころからすりこむみたいに言われてきた。
 だから、私は、自分がすごく恵まれている子供なんだとずっと思ってた。実際たぶん恵まれていたんだろうし。

 それが、日本に住むことになってから、家の空気が歪んできた。
 ママはおじいちゃんのお世話をするために、一切外出をしなくなった。家事をすごく忙しそうにしてるか、おじいちゃんの部屋にいるかのどちらかだったから、話もあまりできなくなった。おじいちゃんの部屋にいけばいいんだけど、なんか怖くて入れなかった。アメリカにいたころはよく焼いてくれてたクッキーも、全然焼いてくれなくなった。

 そのかわり、おばあちゃんが色々買ってくれたり、おいしいものを食べに連れていってくれたりした。おばあちゃんは私のいうことをなんでもきいてくれる。だから大好き。

 パパは、日本に住むようになってから、家に帰ってくるのがますます遅くなった。社長さんだからしょうがないのかな、と思っていたけど、それだけではなかったみたい。
 三年前に、妹が生まれた。ママじゃない女の人から。

「日本が一夫一婦制になったのは明治時代に入ってからなのよ」
と、おばあちゃんが真面目な顔をして言った。

「殿様かよ」
と、お兄ちゃんがあきれたように言った。

「今までと何も変わらない。何も心配しなくて大丈夫よ」
と、ママがニッコリとして言った。

 だから、気にしないことにした。「パパに愛人がいる」っていうとみんな驚くからそれがネタ的に面白かったくらいで、他は何も変わらなかった。パパはあいかわらずかっこよかったし、ママは忙しそうだし、おばあちゃんはたくさん愛情を注いでくれたし。
 ただ、お兄ちゃんは反抗期らしくて、無口になった。けど、私とだけは話すから、パパもママもおばあちゃんも、お兄ちゃんとコミュニケーション取りたいときには、私のことを頼ってきた。

 美咲のおかげで、家族が丸でつながっている。
 美咲がいるだけで、明るくなる。
 美咲は佐藤家の太陽。

 ママもパパもおばあちゃんもそう言ってた。お兄ちゃんもきっと心の中ではそう思ってる。
 だから、私は幸せ。私は恵まれてる。


 また少し、家の雰囲気が変わったのは、おじいちゃんが死んじゃってからだった。
 ママがポカーンとするようになった。

 せっかくお世話する必要がなくなって自由になったのに、ボーーッとしていることが多くなった。
 あいかわらず、家事はテキパキやっているけれど、それも心ここにあらず、みたいな。
 遺品の整理もママが任されてるらしくて、あちこち片づけているけど、それも時々手が止まってボーっとしている。

 おじいちゃんはパパのお父さんであって、ママの本当のお父さんではないのに、5年もお世話していたから情がうつったのかな。

「空の巣症候群ってやつじゃないか?」
と、お兄ちゃんがいった。

「それは子供が巣立ってなるやつでしょ。美咲まだ巣立ってないのに。美咲のこと忘れちゃったっていうの?」
 ムッとしていうと、お兄ちゃんは呆れたように、

「んなわけあるか。あーでも美咲はばあちゃんとばっかつるんでるからな。巣立ったのも同然か」
「そんなことないもんっ」
「じゃあ、気分転換にお母さんのことどっか連れ出してやれよ?」

 どっかと言われても……と、考えた結果、うちの学校の演劇部の公演に誘ってみた。ママは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに肯いた。

 演劇部の公演のあと、ママはまた少し変わった。ボーッとしていたのがポーッとするようになった。……この点々と丸の微妙な違い、分かるかな。まあでもとりあえず、前よりも少し元気になったような気がする。

**

 新学期。念願の一之瀬あかね先生のクラスになれた!
 あかね先生は、女優さんみたいに綺麗で背も高くてサバサバしている、この学校の人気ナンバー1の先生。
 噂には聞いていたけれど、実際担任になってもらえて、そのカリスマ性とか統率力とかを間近で実感できて、嬉しい毎日。

 一年生の時同じクラスだった菜々美とさくらと、出席番号が前後だから話すようになった鈴子の4人で掲示係になった。
 その仕事で放課後残っていた時に、家族の話になって、いつものように「うちのパパ、愛人がいるんだ~」って言った。菜々美とさくらは一年生の時に話したから知ってるけど、鈴子は知らないから。そうしたら、鈴子に真顔で言われた。

「そんなの変。美咲ちゃん、かわいそう」

 パサッとポスターが落ちた音が教室に響き渡った。

 数秒の沈黙の後、

「そんなことないよっ。美咲のパパ、超カッコいいもんね。だからアリだよアリ!」
「だよね~~ママもカッコいいよね。大奥の御台所様って感じでさ!」

 あはははは、と菜々美とさくらが取り繕うみたいに笑いながらいうのを聞いていて……

(ああ、そうなんだ……)
 体の中から何かがストーンと抜け落ちた気がした。
 私、みんなが驚いたりすごーいって言うから、面白がって言ってたけど……本当はみんな、そう思ってたんだね。

(かわいそう………)
 私、かわいそうな子、なんだ。


 家に帰って、ドアを開けたら、すごく懐かしくて良い匂いがしてきた。
 ママのクッキーだ。

「わ~おいしそう! 嬉しい!ママのクッキー!」
「久しぶりだから上手に焼けてるか分からないけど」

 いつものように慎み深く、ママが微笑む。一つつまみ食いしてみたら、アメリカにいたころ食べたのと同じ味がした。

「大丈夫! おいしいよ。パパにも早く食べさせてあげたいね。焼きたてがおいしいのになー」
「パパは今日帰ってこない日だから、みんなで食べちゃいましょうね」
「………え」

 ママの伏せた目。

(あれ………)

 いつもこうだった? ママ、こんな、寂しそうな目、してた?
 私が気が付かなかっただけ? いつもこうだったの……?

「あらあら、良い匂い!」
 おばあちゃんがニコニコしながらリビングに入ってきて、「疲れた~~」ってソファに腰をおろした。

「綾さん、お紅茶お願い」
「はい」

 いつものように、ママがさっとキッチンに下がる。

「良い匂いね~何なの?」
「ママがクッキー焼いたの。おいしいよ」

 はい、って渡すとおばあちゃんは一口で食べて、うんうん肯いた。

「あら。おいしいじゃない。いいわねえ、専業主婦は優雅で」
「………」

 紅茶を運んできたママが、静かに微笑んでいる。
 そうだ。ママはパパのおかげで専業主婦ができている。好きなお裁縫とお料理をしていればいい生活をできている。こんな幸せなことってないじゃない。でも……その反面、パパに捨てられたらおしまいだから、パパに文句の一つもいえない……ってこと?

「健人、何飲む?」
「自分でするからいい」

 降りてきたお兄ちゃんが、あいかわらず必要最低限の会話だけで、また自分の部屋にこもりにいってしまった。でもちゃっかり自分の分のクッキーはお皿に入れて持っていってるのだから、なんか可愛い。

『お母さん、離婚しないの?』
 パパが別宅を持つと宣言した直後に、お兄ちゃんがママに言った。でもママはすぐに首を横に振った。

 今になって思う。
 ママは、離婚しない、んじゃなくて、できないんだ。だって、ここから出たらママは生活していけない。籠の中の鳥だ。

 パパの愛人は看護師らしい。まだ20代で、バリバリ働いている。
 パパはきっと、ママの地味さとか従順さとかが物足りなくて、昔からよその女の人と付き合ったりしてたんだ。もしママがもっと魅力的だったら、パパも……。

 私はちゃんと自立した女になろう。ママみたいに、捨てられないようしがみついてるようなみっともない女にはならない。


**


 鈴子のこと、イジメるつもりはなかった。
 ただ、この子といるとイライラするから、仲良くしたくなかっただけだ。菜々美とさくらも同意してくれてた。それでついキツイ言い方をしたり、ハブったりした。でも鈴子は気が付かないのかなんなのか、めげずにこっちにくっついてくるし、あかね先生はそれとなく注意してくるし、正直困っていた。

 早々に席替えがあって席が離れたおかげで、あまり関わらなくてすむようになったけど、掲示係はまだ一緒。一緒に仕事をするたびにイライラした。でも、最近はずっと我慢してた。だってあかね先生がやけに鈴子に気を回してるところがムカつくから。これ以上あかね先生の注目が鈴子にいくのが許せなかった。だから我慢我慢で、鈴子にはあたりさわりのない対応を心掛けて、なるべく関わらないようにしてた。


 運動会の前日。帰り道に、筒美さん達のグループに呼び止められた。

「今日のリハーサルのビデオ、どう思った?」

 どうと言われても……。今日のダンス映像のことらしいけど……。

「鈴子のあの遅れっぷり、許せなくない?」
「んー……」

 正直いって、自分がちゃんとできてるかにしか興味がなくて、他なんて全然みてなかった。
 でも、菜々美とさくらもそう思ってたらしくて、筒美さん達とひとしきり盛り上がってた。で、筒美さんがビックリすること言いだした。

「もう明日だし、今さらどんなに練習したってできるようになるわけないしさ。鈴子にはダンスに出ないでもらおうと思うの」
「え?」

 出ないでもらうって、そんなの許されるの?

「衣装に細工しようと思ってる」
 筒美さんによると、衣装を隠すのでは、みんなで探すことになったりして大変。だったら着られない状態にして諦めさせればいい、と…。それに協力してほしい、という話だった。

「でも、見本が一着あったよね? それ着なさいっていわれるんじゃないの?」
 賢い菜々美が、冷静に指摘すると、筒美さん達がウッと詰まった。そこまで考えが及んでいなかったらしい……。

「えー、じゃあ隠すにせよ壊すにせよダメじゃん。私、最後のキメのとこあの子と一緒なんだよーあんな遅れるのがビデオに残っちゃうなんてやだなー。せっかく可愛い衣装着て踊るのにー」
 ガックリしてる筒美さん……。

 ふと思い出した。鈴子がこないだ言っていた話。
「運動会の衣装かわいいよねー。こないだうちのママが勝手に着ちゃってさー、パパがかわいーっていって、写真撮ったりしてー。もーいつまでも新婚さんみたいに仲良しなんだよねーうちのパパとママー」

 別に他意はないんだろうけど、私のパパに愛人がいることを「カワイソウ」とか言った口から出てくる話だと、それ自慢?なんなの?ってムカつく。
 でも、あかね先生のために、「そうなんだー」ってニコニコ聞いててやったけど……。

「…………」
 あかね先生は、私と鈴子、どっちのほうが大切かな? どっちのほうがかわいいって思ってるのかな?

「………あのさ」
 たぶん、悪魔のささやきっていうんだと思う。こういうの。
 今、思いついたことを、冷たい気持ちで口にする。

「私の衣装と鈴子ちゃんの衣装、二つとも壊すっていうのはどう?」
「……あ、なるほど」

 みんながキョトンとしてるなか、やっぱり賢い菜々美がすぐに私の意図を読み取ってくれた。

「美咲は最後センターだもんね。美咲が出ないわけにはいかないから、見本の衣装は美咲が着ることになるってわけね」
「って、あかね先生が判断してくれるといいんだけど」
「大丈夫大丈夫。絶対そうなるよ!」

 そう菜々美が安請け合いして、この計画は実行されることになった。

 まさか、私のママが、あのぽっかり穴のあいた衣装をあっという間に直してしまうなんて、思いもしなかった。
 でも、出来上がった衣装を、あかね先生は私に先に着せてくれた。私にだけ花の精みたいって言ってくれた。鈴子よりも先にかわいいって言ってくれた。だからよしとする。

 会場に向かう間、鈴子に、最後のキメのポーズが遅れないための動作の誤魔化し方を教えてあげた。おかげでなんとか鈴子もさほど遅れずにすんで、筒美さんも怒らないですんだけど……そうじゃなかったら、何を言われていたか分からない。ママにあんな特技があったなんて、それをあかね先生が知っていたなんて、本当に驚いた。ママ、かっこよかった。

 運動会終了後の帰りの会で、先生から衣装の話をされた。「犯人の特定はしない。自分がしたことの罪の深さを自分で考えなさい」と、あかね先生が静かな怒りを見せ、教室中がシンとなった。怖かった。筒美さん達とこの後、衣装の話をすることは一度もなかった。


***


 運動会の翌週がママの誕生日だった。
 ママは心がフワフワしている感じだった。誕生日のケーキを食べている席で突然、

「働きに出たい」

と、言い出して、びっくりした。ずっと専業主婦してきたのに今さら働くなんて。

 でも、結局、パパとおばあちゃんに大・大・大反対されて、フルタイムで働くことは諦めさせられて、短時間のパートか内職なら渋々OKということになった。

 パパはわりと昭和なところがあって、奥さんが働くなんてとんでもないって思ってるらしい。愛人は看護師でバリバリ働いてて、自分は子供の面倒までみさせられているというのに、おかしなパパ。
 おばあちゃんは、家のことが回らなくなるのが嫌みたい。同居するまでは家政婦さんを雇っていたけれど、やっぱり全部はまかなえなくておばあちゃんが家事をしないといけないところもあったらしい。でも今はママが全部やってくれる。今の生活スタイルを変えるのが嫌なんだそうだ。

 お兄ちゃんは働くことに賛成って言ってた。なんか知らないけど、キッチンでママとコソコソ喋って楽しそうに笑ったりして、嫌な感じだった。ずっとお兄ちゃんは私としか普通に話さなかったのに……私がずっと橋渡ししてきてあげてたのに……。


 もやもやしたまま月曜日がきた。
 朝っぱらから鈴子がまた両親の自慢をしてきて、さすがにキレた。もういい加減にしてほしい。

「菜々美ちゃん、さくらちゃん……美咲、もう限界……」
 休み時間に打ち明けると、菜々美がいつもみたいにイイコイイコって頭をなでてくれた。

「ちょっと痛い目みないと分かんないんじゃない?」
「だね。相当な天然だからね」

 菜々美とさくらがブツブツと怒ってくれている。二人とも大好き。

 掃除の時間、鈴子をトイレに連れていったら、二人はすぐに察してくれた。
 鈴子を奥のトイレに閉じ込めて、「もう私たちに話しかけてこないで」って言ったら、鈴子は「そんなこと言わないで」って言ってきた。イライラする。

 イライラしたまま、ホースで水をぶっかけてやったけど、鈴子はへらへらとしている。意味がわからない。
 そのあと、あかね先生がきて怒られて、他の先生もきて騒ぎになって、あかね先生が謹慎処分になって……ってグチャグチャになった。もう、なにもかもグチャグチャだ。

 謹慎明けのあかね先生と教頭先生と、私と菜々美とさくらと鈴子で話し合いの場がもたれた。一応、鈴子には謝った。それでこの件はおしまい、ということになった。もう鈴子には関わりたくない。


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また長くなってしまった……。
今まで起きた出来事の、美咲視点でした。
一つの出来事を、色々な人の角度から書くっていうの好きなんです。

次も美咲視点で。でも、話は進む。
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