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風のゆくえには~ あいじょうのかたち4(浩介視点)

2015年06月01日 10時08分14秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「それがねー…天使、結婚してたのー……」

 しょぼんとした声。ピンクの頭の目黒樹理亜が、職員室の応接コーナーで圭子先生とお菓子を食べながらしゃべっている。
 偶然、慶の診察を受けたという樹理亜。天使みたいなお医者様に運命感じた、と前にきたときは話していたが……。

「結婚って、聞いてみたの?」
「ううん……指輪しててー……」

 よしよし。指輪効果出てるな。先日、おれとお揃いの指輪を作ったのだ。女よけに最適だ。
 内心ほくそえみながら、自分のデスクでテストの丸付けに精を出していた、が、

「それでねー見ちゃったのー。奥さん、すっごい美人だったのー」
「え……っ、ゴホッゴホッ」

 思わず、え、と言ってしまって、慌てて咳をして誤魔化す。樹理亜と圭子先生は一瞬こちらに目をやったが特に気にした様子もなく再び会話に戻っている。

 奥さん、すっごい美人……って?

「美人って……会ったの?」
「ううん。あのねーこないだ後つけてみたのねー」
「樹理ちゃん、またそんな……」
「バレてないから大丈夫だよー」
「そういう問題じゃないでしょ」

 圭子先生が、珍しく真剣な声で咎めている。後をつけたって……それに「また」って……。

「でねでねー駅についたらねー女の人が『けいくーん』とか言って走ってきてねー」
「………それで?」
「その人が、すっごい美人だったのー。天使よりちょっと背高くて、スラっとしてて……」
「…………」
「で、天使が、その人の持ってた買い物袋をさっと持ってあげてさー。中身、牛乳だよ牛乳。なんか生活感あふれてるっていうかさー」

(………あかねだな)

 ホッと胸をなでおろす。話を総合するに、その美人はあかねで間違いない。
 あかねというのは、おれの友達で、今住んでいるマンションを貸してくれている。
 つい先日、うちに遊びに来るあかねに牛乳を買ってくるよう頼んだことがあった。その時、偶然慶に会ったとかで、一緒に帰ってきたんだった……。

「じゃあ、もう、その天使先生はあきらめないとね?」
「えー? あきらめないよー?」

 圭子先生の言葉に、きょとんと樹理亜が言う。

「だって、そんなの奪っちゃえばいいだけじゃーん」
「奪うって、樹理ちゃん……」

 奪う? 何言ってんだ? この子。

「確かに奥さんすごい美人だったけど、歳だもーん。おばさんだもーん。30過ぎてたもーん」
「……………」

 あかねさん、言われてますよ……。

「その点、私はまだ19歳! 若い方がいいに決まってるでしょー?」
「樹理ちゃん」

 60歳近い圭子先生があきれたように、

「そういう問題じゃなくて、結婚してる人に……」
「ねー! そこの先生!」

 圭子先生の言葉を遮って、樹理亜が叫んだ。

 そこの先生………。おれか。

「ねえねえ、先生?」
「え? おれ? 何?」
 丸付けに夢中で、君たちの話なんて全然聞いてませんでした風を装って返事をする。

「先生もやっぱり若い子のほうがいいでしょー? 奥さん若くならないかなーって思ってるでしょー?」
「……………」

 おれも指輪をしているので、妻帯者だと思ったらしい。
 答えていいもんかな? と思って圭子先生を見ると、圭子先生が肩をすくめて「どうぞ」という仕草をしたので、軽くうなずく。

「いや……そんなことないよ」
 樹理亜を正面から見返す。ピンクの頭が揺れている。

「本当に愛してる相手なら、シワも白髪も愛おしいと思えるもんだよ?」
「……………なにそれ」

 ムッとした樹理亜。若い。確かに若い、と感じる。でも若けりゃいいってもんじゃない。本当に。
 樹理亜が納得いかない、というように叫んだ。

「若い方がいいに決まってるじゃん!」
「樹理ちゃん」

 圭子先生が樹理亜の腕に触れると、樹理亜は勢いよくそれを振り払り、わめき散らした。

「ばかじゃないの?ばかじゃないの?ばかじゃないの?」
「樹理………」
「バーカ! シネ!」

 樹理亜はひどい顔をして叫ぶと、あちこち蹴りながら職員室から出ていってしまった。

 おれの対応がまずかったのか……。

「すみません……僕が……」
「ああ、いいのいいの。あの子いつもああなのよ」
「でも……」
「最善の答えだったわよ? そう思ってもらえる奥様は幸せね」
「…………」

 圭子先生がカップの片付けをしながら、独り言のように言葉を継いだ。

「これで天使先生をあきらめてくれるといいんだけど。前みたいにストーカーで逮捕されたりしたら大変だわ」
「逮捕?」

 あんな小動物みたいな子が逮捕されるなんて、想像がつかない。

「あの子ね、前も担当の美容師さんをしつこく追い回してね……。まあ、ちょっと不安定な子なのよ。今も心療内科に通っていて……」
「心療内科?」
「そう。リスカ癖……癖っていうのも変だけど、まあ癖……よね」
「リスカ……」

 リストカット。自傷行為……。

「こないだも、病院で手首を切ったらしくて……それを治療してくれたのが天使先生なんですって。天使先生がすごくいい事言ってくれて、初めて、もうリスカなんてしないって思えたって言ってたわ」
「……………」

 慶、そんなこと一言も言ってなかったな……。
 まあ、当然か。医師には守秘義務がある。

「やっぱり病院側に連絡しておこうかしらね。浩介先生、連絡先調べてくれる?」
「え、あ、はい」
「病院名はねえ……樹理ちゃんの家の近くなのよね……ちょっと待ってね。今名簿探すから」
「…………はい」

 知ってます、とも言えず、圭子先生が探してくれるのをひたすら待つ。

「あったあった。この住所の近くの病院のはずなの」
「はい……」

 当然、慶の勤めている病院のことだ。
 わりと大きな病院だ。一般内科・呼吸器内科・循環器内科・消化器内科・心療内科・小児科・外科・脳神経外科・形成外科・整形外科……

「心療内科は火曜と木曜だけです。先生の名前は……戸田菜美子先生。女性ですね」
「そう……。天使先生の名前も分かってたほうがいいわよね。なんていうのかしら……こないだ樹理ちゃん面白いこといってたのよね。名字が駅名で、自分と2駅しか離れてないって」

 はい。そうです。渋谷、です。
 と言いたいところだけど、我慢我慢……。

「目黒の次の次……、大崎かしら? 目黒、五反田、大崎」
「…………」

 圭子先生、内回り行っちゃった……。

「大崎という方はいらっしゃいませんね……。渋谷、じゃないでしょうか? 渋谷先生ならいらっしゃいます」
「ああ、外回り。目黒、恵比寿、渋谷ってことね」

 知っているくせに知らないフリをするのはなかなか難しい。

「どんな方なのかしら。写真とかある?」
「ああ、どうでしょう……、………!!!」

 思わず、うわっ!と言ってしまいそうになり、思いきり息を吸い込んで誤魔化した。
 先生一覧の名前をクリックしたら、一人一人の紹介の画面に飛んだのだけれど……

「あら~~本当にすっごいイケメンなのね。芸能人みたい」
「……………」

 こ、これは……。
 プロにでも撮ってもらったのだろうか? 普通のスナップ写真ではない。
 カメラ目線ではなく、診察している最中という雰囲気の写真。
 白衣に聴診器。真剣な眼差し……。か、かっこよすぎる……。

 この写真、ほしい……。

「確かに樹理ちゃんが入れ込むのも分かるわね……」
「そうですね……」

 すごい……すごいな。こんな人がおれのものなんて。
 顔がにやけてしまうのを必死に抑える。

「今日、木曜日よね。ちょうどいいわ。電話してみるわね」
「はい。電話番号は………」

 圭子先生が電話しているのを聞きながら、慶の写真を眺める。左手の薬指の指輪をなでてみる。胸が温かくなってくる。

(ホントにこの写真ほしいんだけど……)

 慶、データ持ってないかな? 今日帰ったら聞いてみよう。


***


「持ってねーよ」
 渋谷先生、バッサリです……。

「えー!!ほしいのに!」
「何に使うんだよ?」
「それは………とても言えません」
「あほかっ」

 げしっと蹴られた。写真と顔は同じなのに、同一人物とは思えない。まあ、こっちが本来の慶であって、写真が作りものなんだけど。

「目黒樹理亜さんの話……聞いた?」
「ああ……まあ……」

 今日はカレー。慶が丁寧に灰汁をとっている横で、おれはサラダ作りをしている。

「気をつけてね?」
「そう言われてもなあ………」

 うーん、とうなりながら、カレーのルーを投入する慶。

「おれ、別に関わりないのになあ……」
「…………慶」

 本当にこの人、無自覚すぎる。

「慶、ちょっとは自覚したほうがいいよ? 慶ってすっごくすっごくかっこいいんだよ?」
「………別にかっこよかねえよ。チビだし」

 出た。小さいコンプレックス。小さいっていったって、164cmあるんだから、女性の平均身長よりは大きい。

「慶はスタイルいいから小さく見えないよ?」
「でも実際小さいからな」

 慶はムッとした顔をしたまま、ルーをとかし終わり、再び火をつけた。

「ま、誰にどう思われようと、関係ねえからいいんだけどな」
「関係ないって……」
「関係ねえよ」

 慶がカレーをぐるぐるかきまぜながら言う。

「おれにはお前がいるからな。他の奴なんか関係ねえだろ」
「!」

 うわ……

「慶………」

 なんかものすごい言葉をさらっと……。
 こらえきれず、後ろから抱きしめる。柔らかい髪。優しいぬくもり。

「あぶねーぞ?」
「火、とめる。今から40分ほどお時間ください」
「40分って……妙に具体的だな」
「少ない?」
「…………。食べてからに……」
「無理」

 手を伸ばして火を止める。

「今。今すぐ」
「……………」

 振り返った慶の唇にそっと重ねる。慶の左手の薬指を握りしめる。

「おれのもの。おれのもの……」
「……何言ってんだ?」
「慶はおれのもの。おれは慶のもの」
「……変な奴」

 笑った慶を抱きしめる。
 慶はおれのもの。おれは慶のもの。
 ずっとずっと変わらない。


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R-18じゃないので自粛。
40分じゃたりなくて、ご飯食べるのは一時間以上後になると思われます。

覚書
1/15(木):樹理亜病院でのリスカ
1/16(金):樹理亜退院、浩介の学校へ・指輪の話
1/17(土):指輪を作りに
1/23(金):樹理亜抜糸
2/2(月):樹理亜、慶の後をつける
2/5(木):上記話


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してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら

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