浩介さんと一緒に公園に行っていたはずの西子が、慌てた様子で家にもどってきた。
「慶兄は?」
「自分の部屋……」
言い終わる前に、ダッと階段を駆け上っていく西子。なんなんだろう……
と思ったのも束の間、今度はお兄ちゃんがものすごい勢いで降りてきて、そのまま玄関を飛び出していった。
「どうしたの?」
「ちょっと……大変」
母には聞かれたくない様子で、西子がコソコソっと言った。
「浩兄のお母さんって人が来て、なんか話してるうちに浩兄、吐いちゃって……」
「え」
「ちょっと普通じゃない感じで怖かったから、慶兄呼んでくるっていって帰ってきたのさ」
「そ、それは……」
修羅場だ。
お母さんの異常なまでの束縛に浩介さんはずっと苦しめられていた。逃れるために長い間外国暮らしをしていて、今回帰国したこともご両親には話していないと言っていた。
でも、何かしらでバレてしまったということか。もしくは偶然、浩介さんのお母さんがうちのあたりに来たところ会ってしまったということなのか……。
今日は3月15日。ホワイトデー翌日。
お兄ちゃんと浩介さんが実家にバレンタインのお返しを持ってくるというので、私と西子も遊びにきていた。
4月から中学3年になる西子は、私の遺伝子をガッツリ引き継いでオタク道を突き進んでいて、運動も大嫌いだ。でも、明日クラス対抗のバスケットボールの試合があるというので、浩介さんに練習をつけてもらいに、家の向かいの公園に行っていた。お兄ちゃんは仕事が忙しくて寝不足だとかで部屋で寝ていたのだけれど……。
「ちょっと様子見てくる」
西子に言うと、私も急いで公園に向かった。
私に何ができるわけではないけれど、第三者がいた方がみんな冷静になれるんじゃないかと思って……
なんて、軽く考えていたのが間違いだった。
もう日が落ちて、薄暗くなった人気のない公園。目に飛び込んできたのは……
ベンチに座って、苦しそうに胸をおさえている浩介さんと、浩介さんを守るかのように肩を抱き寄せているお兄ちゃん。その前に立ち、震えながら二人を見ている浩介さんのお母さんの姿だった。
とても声なんかかけられない雰囲気………。
「浩介………」
「…………っ」
おばさんの声に激しく首を振る浩介さん。
お兄ちゃんがその耳元に何かささやいている。たぶん、落ちつけ、とか、大丈夫、とかそんな感じの言葉。
お兄ちゃんがスッと顔をあげた。強い色の瞳……。
「すみません、お引き取り願えますか」
「あなたにそんな……っ」
「南」
「えっ」
おばさんが何か言いかけるのを遮って、お兄ちゃんが私の方に顔を向けた。
私が来たこと気がついてたんだ?!
「送ってさしあげて」
「え、あ、う、うん」
こ、この状態で、そんなこと言われてもーーー!と言いたいところだけど、さすがに言えない。
「あの、お宅まで車でお送りしますよ?」
恐る恐るおばさんに声をかけると、おばさんがキッと私をにらみつけた。
「そんなことしてもらう筋合いないわ。だいたい……」
「………帰れ」
「!」
殺気のこもった声にぎょっとして、私もおばさんも振り返った。声の主は……浩介さんだ。
「帰れよ……っ」
浩介さんは絞り出すように言うと、自分の膝に顔を埋めた。心配げに浩介さんの背中をさするお兄ちゃん。
「こう……っ」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
浩介さんに触れようとしたおばさんの腕をとっさに掴む。
「何を……」
「どう考えても、この状況でこれ以上話したりするのは無理ですよね? 息子さん、死んじゃいますよ?」
「…………」
バッと手を振りほどかれ、再び睨まれた。
「私は母親よ? どうして自分の息子と話すことを………」
「だから……」
「とにかく今日はお帰りください。後日あらためて連絡しますので」
お兄ちゃんがピシャリと言う。
私もベンチの二人とおばさんの間に入り込み、軽くその腕を押し出した。
「はい。行きましょう、行きましょう。お送りしますよ?」
「………結構よ」
おばさんはものすごい目でこちらをにらみつけ、カツカツとヒールの音をさせながら公園から出ていった。
こわーーーーーっ。帰ってくれて助かった……。
その姿が見えなくなったところで、
「南」
お兄ちゃんが、片手で「ごめん」のポーズをした。
「ありがとな」
「んにゃ、ぜんぜん」
ひらひらと手を振ると、お兄ちゃんは淡々と、
「おれ達、このまま帰るよ。悪いんだけど、荷物……」
「ダメだよ……」
浩介さんのひっそりとした声。さっきの殺気のこもった声と同一人物とはとても思えない。
「お母さんが……今日の晩御飯、手巻き寿司にするって……お刺身たくさん買ってあったし、海苔ももう切ってあったし、それにお吸い物、おれが作るって約束してる……」
「浩介……」
「おれ、こんなことで幸せな時間奪われるなんて耐えられない……」
胸をおさえたままうつむいている浩介さん。どんな表情をしているのかは見えない。
「わかった。わかったから……」
お兄ちゃんが、浩介さんの髪をくしゃくしゃとなでて、頭を引き寄せ、コツンと自分の頭に合わせた。
(……うわ~~~……)
な、なんなんでしょうか。これは。
もしかしておばさんを追い返すのに活躍した私へのご褒美ショットでしょうか?
なんて絵になる2人……。薄暗いこともあって、アラも目立たないから余計に綺麗。
写真撮りたい写真。マジで写真撮りたい。
撮っていいかな。いいよね? ご褒美だよね?
「…………何やってんのお前?」
「え」
携帯を二人に向けたところで、お兄ちゃんにツッコまれた。
「いや………あまりにも絵になるので、写真を、と思いまして……」
「…………………」
冷たーい目でこちらを見かえしているお兄ちゃん……。美形って真顔になると怖いんだよね……。
「え、ダメ?」
「ダメに決まってんだろっ」
「いいじゃん。減るもんじゃなしに」
「お前、そうやって高校の時、おれ達の写真で小遣い稼ぎしてただろっ。増えてんじゃねえかよっ」
「これは売らないからーさっきのもう一回やってよー」
「やるかっ」
「けちー」
「誰が………浩介?」
浩介さんの肩が揺れている。……笑ってる?
顔をあげた浩介さんは、少し顔色が悪い気はするものの、もういつもの浩介さんに戻っていた。
「南ちゃん……ありがとね」
「いえいえ」
再びひらひらと手をふると、
「だからお礼はサービスショットでお願いします。はい。さっきのもう一回やって!」
「誰がやるかっ」
ぷんぷんしているお兄ちゃんの横で、浩介さんはきょとんと、
「え、いいよ。やるやる。おれがこうやって下向いてて……」
「そうそう。それでね、お兄ちゃんが、コツンって」
「だからやんねーよ!」
せっかく浩介さんは乗り気だったのに、お兄ちゃんに断固拒否され結局撮れなかった。ケチくさい兄だ。
今度は隠し撮りにしよう。隠し撮りに。
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長くなったので分けることにしました。
この「あいじょうのかたち」は、一人1話でいくぞー!おー!って思って、
多少長くなっても我慢してたんだけど、さすがに今回は無理だった…。
次回も南ちゃん視点で。
南ちゃん、娘も中学生になりすっかりお母さんです。
けど、中身は変わりません。あいかわらず腐ってます。
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