おれの恋人、桜井浩介は料理がうまい。家事全般そつなくこなす。そしてなにより、おれに甲斐甲斐しく尽くしてくれる。友人たちには「男ということをのぞけば理想の嫁だ」といわれている。
本人も「嫁って言われたほうがしっくりくる」だの「おれが奥さん」だの公言しているし、夜の生活は物理的には逆だけど主導権は半々くらいだし、総合的に浩介が嫁ということになるのか? あまりそういうこと考えたことなかったけど。
一応おれも、母が働いていたため必要にかられて家事はしていたから、一通りはできる。
しかも、姉の手伝いでお菓子作りもさせられていたので、ケーキやクッキーも作れる。でも、料理はレパートリーが少なく、カレーとかシチューとか焼そばとか子供が好きそうなものばかりだ。
一方、浩介は、おれが見たことないような食事も作ってくれる。
実家暮らしのころは、一切料理をしたことがなかったらしいのだが、一人暮らしをはじめてからみるみる腕をあげていったのだ。
元々、コツコツと作業することが得意なので、料理に向いていたのだろう。
そして何より、実家でバラエティーに富んだものを食べていたのだと思う。浩介の料理を見れば、浩介の母親が料理上手であることは想像に難くない。
あれはまだ一人暮らしをはじめたばかりのころだったか……。
浩介が、油揚げに豆腐やシーチキンを詰めてフライパンで焼いたものを作ってくれたことがある。油揚げに中身が入っている料理はおでんの巾着しか知らなかったので、かなり新鮮で美味しかったのだけれど、浩介は、
「なんか足りない……」
と、ぶつぶつ言って、それ以来それが食卓にのることはなかった。おそらく実家にいたころに出てきた料理を再現しようとしたのだろう。
そんな感じで、浩介はおれの知らない料理を色々と作ってくれる。
今は、おれが休みの火曜の夜はおれが作るけれど、他の日はほとんど浩介が担当している。おれが健康でいられるのはこの手料理のおかげだと思う。
**
浩介の母親との合同カウンセリングまであと4日。
食欲も落ち、直前で熱まで出してしまった先月とはうって代わり、今回、浩介は大変落ちついている。先日偶然母親を見たけれど、何の発作も起きなかったことも、自信に繋がっているのかもしれない。
5か月ほど前に母親と対面した時には、嘔吐した上、過換気症候群の発作まで起こしたのだ。先日は遠目から見ただけとはいえ大丈夫だったし、その後も冷静に母親のことを話せている。
「なんか心の準備ができた感じ」
浩介が覚悟を決めたように言った。
「それに今度は慶も一緒にきてくれるんだもんね?」
おれの顔を覗き込み、微笑む浩介。そして手をこちらに差し出すと、
「手を繋いでたら、さらに大丈夫だと思う。今も繋ぎたいんだけど」
「…………」
「ダメ?」
「…………。お前、鮭だったよな?」
はい、と差し出してきた手におにぎりをのせると、浩介がむーっと口を尖らせた。
「ケチ。誰も見てないよ」
「うるさい。花火はじまる前にさっさと食べるぞ」
「じゃあ、花火はじまったら繋ぐ」
「あほか。さっさと食えっ」
あいかわらず頭お花畑の浩介を置いて、さっさとおにぎりを食べはじめる。
今日は横浜の花火大会に来ているのだ。
ちょうど火曜日でおれは休みで、浩介も夏休みとして休めたので、急きょ行くことに決めた。
若い頃に二人で何度かきたことがあるので懐かしくなって足を運んだのだが、驚いたことに、当時とは違い、公園内が有料になっていた。
当日券を購入して、中に入ると、小さな敷物を渡された。これ以外の敷物はひいてはいけないそうだ。
昔座って花火をみた石段の席は、特別席になっていて入れなかったため、せめてなるべくその近くまでいってみたら、植木の茂みの間に座れる場所を発見した。
茂みのおかげで、後ろと左横は人目を気にしなくて大丈夫。前方の電灯が少々気になるところが難点だけど、いい場所を見つけた。
「もし、母が慶に失礼なこと言ったらごめんね」
おにぎりを食べながら、浩介がボソボソという。
「でもおれ、頑張るから。これから安心して日本で暮らせるように、何とか母を説得するから」
これから花火がはじまるという高揚感や、海が見える公園という解放感も手伝ってか、今までめったに母親のことを口にしなかった浩介が、自分から話してくれた。話し方もつらそうではなく淡々としている。
「慶、当日も指輪、してくれる?」
おれ達の左手薬指に輝くお揃いの指輪。
「母に慶をおれの結婚相手相当の人として認めさせたい」
「………わかった」
うなずきながらも、ふと思う。
「お母さんにとってはおれが嫁ってことになるのか?」
「えっ!?」
なぜか動揺した浩介。慌てたようにまくしたてる。
「慶は嫁じゃないよっ。そりゃ見た目はすっごい綺麗なお嫁さんになると思うけど、でも慶は男らしいしカッコいいし、うちは絶対、慶が旦那さんなんだからねっ。慶がお嫁さんなんておれ絶対反対だからねっ」
「……は?」
なんの話だ?
「なに言ってんの?お前」
「…………あ」
浩介はあきらかに「しまった」という顔をした。これは何か裏がある……。
「浩介」
真面目な顔をして浩介をじっと見つめる。浩介曰く、おれの真顔は怖いらしい。これでもかというくらいじっと見続けたら、浩介が観念したように言った。
「あのー……怒らないで聞いて?」
「……なんだ」
ついこないだもそんなセリフ聞いたな……
「一昨日の夜、慶、ちょっと寝ちゃったでしょ?」
「あ? 溝部達が来てたときの話か?」
「うん……」
日曜日の夕方から、高校の時の友人が4人うちに遊びにきた。
お土産に持ってきてくれた紹興酒が強すぎて、おれはすぐに寝てしまったのだが……
「お酒が回ってたっていうのもあるんだけど、みんながさ、慶の寝顔見ながら、渋谷だったら男でもありだったな、とか言い出して……」
「はああああ?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて声を静める。
「何言ってんだ?」
「慶の寝顔があまりにも可愛いからいけないんだよ」
浩介はムッとした顔で、おにぎりにかぶりついた。
「でも、今っていう話じゃなくて、高校の時ってことね。高校の時、慶、ほんと可愛かったし」
「……なんだそりゃ」
意味がわからない……
「それで……まあ、お酒の席での下ネタだけどさ……、みんなして言ってきたわけ。あの頃の渋谷に迫られたらそりゃ落ちるよな、とか、あの頃の渋谷とだったらオレもヤレた、とかさ……」
「……………」
先日の高校の同窓会でカミングアウトした際、おれが1年以上片思いしてようやく浩介を振り向かせた、という話をしてしまったのだ。余計なこと言ったな……
「それで、おれムカついちゃって……」
浩介は「怒らないでね……」と再度言ってから、ボソリと言った。
「だから、うちはおれが嫁で、慶が旦那だよって言っちゃったの」
「?」
それは前から言ってたことで、なんで今さら「怒らないで」なんだ?
「……えーと?」
首を傾げたおれに、おれが意味が分かっていないと気がついた浩介が「だから……」とおれの耳の近くに唇を寄せた。
「だから、夜の生活の話をしちゃったの。その……おれがされる側だ、ってことにして……」
「………」
「………」
「………なるほど」
おれが思わずうなうずくと、浩介は「えっ」と驚いたようにおれの顔をマジマジとみた。
「……怒らないの?」
「酒の席での話だろ。なるほどな。これで帰り際にあいつらがお前のこと『男ということをのぞけば理想の嫁だ』ってやたらと言ってた意味が分かった」
「あー……」
ごめん、と下げた浩介の頭をポンポンとする。
「いや、どっちかっつーと、お前が嫌じゃないのか?ってほうが気になる」
「え、どうして?」
きょとんとした浩介の顔をのぞきこむ。
「なんつーの? やられるほうって男の矜持に関わる問題じゃね? なのにお前ウソついておれを庇ったってことじゃん」
「庇ったって……」
浩介がブンブンと首を振った。
「おれは矜持なんか持ち合わせてないし、そんなことより、慶がそういう対象としてみられる方が耐えられない」
「………」
「みんな引いてた。渋谷がどんなに綺麗でもやられるのはごめんだな~って。だからこれで安心」
「………」
なんだかなあ……
「慶はいつでも旦那さん。おれが嫁、だからね」
浩介がてきぱきとゴミの回収をはじめる。確かに嫁だな……
「でも」
ふと手を止め、浩介が再度おれの耳元に口を寄せた。
「ベッドの中では今まで通りでお願いします」
「…………」
「今日も帰ったらしようね?」
「…………」
「………痛っ」
アホなことを言ってる奴に思いきり頭突きをしてやる。
「もー痛いよっ暴力旦那っ」
「うるさい。もうはじまるぞ」
まだ少し明るい空を見上げていると、しばらくして大輪の花が空に咲き乱れはじめた。
打ち上げ場所に近い場所なのでめちゃめちゃ臨場感がある。音が心臓に響いてくる。
前半は、提供の放送があり、打ち上げ、の繰り返しだったけれど、後半は音楽に合わせてノンストップで花火がうち上がった。すごい迫力。大音量の音楽と共に、夜空がこれでもかというほど明るくなる。
「………あ、慶の歌だ」
「え?」
音が大きくて耳元で話さないと聞こえない。浩介が顔を寄せてきた。
「この歌、一番しか知らないけど、慶の歌だって思うの」
「ふーん?」
花火を見上げながら、音楽にも耳を傾ける。確か映画の主題歌だったから聞いたことはある。ソウルフルな女性の歌声……
サビの部分で思わず浩介を振り仰ぐ。浩介の手がコッソリとおれの手を握ってくる。
「おれ……親に会うの、ホントはすごく怖かったけど……」
「…………」
「でも、慶がいてくれるから、もう大丈夫」
「…………」
空には鮮やかな花火が一面に咲き続けている。
そのまま音楽も続く……
二番を聴きながら手を握りかえすと、浩介も空を見上げたままぎゅっと握り返してきた。
顔を近くに寄せ、力強くささやく。
「大丈夫。おれがいるから」
「うん」
「何があっても、おれはお前のそばにいるから」
「うん」
伝わってくる体温。二人で空を見上げる。同じものを見る。同じものを聞く。
何があっても、おれがお前を守る。
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以上です。最後までお読みくださりありがとうございました!!
この時かかっていたのは、AIさんの『Story』でした。
引用するのって著作権とかどうなのかな、と調べてみたところ、
残念ながらこのgooブログさんはASRACと利用許諾契約を締結していないようなので、
念のためやめておきました。一言だったら引用して大丈夫とか書いてあるサイトもあったけど念のため。
この横浜の花火大会終了後、架線断線発生の影響でJRが止まり、駅は大混雑するのですが、
慶たちは東横線なので、人波にのってぼちぼちと徒歩で横浜まで出て、無事に帰れました。
このお話が火曜日。この4日後の土曜日、とうとうお母さんとの合同カウンセリングです。
大丈夫かなあ……と私までちょっとドキドキしてきました。
ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!
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クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます!
こんな真面目な話なのに、ご理解くださる方がいてくださる!とものすごく感動しています。
いつも本当に本当にありがとうございます。
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