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風のゆくえには~ あいじょうのかたち37(慶視点)

2015年11月12日 06時50分17秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介は、寝つきが悪く、眠りも浅い。
 夜中にふと目が覚めると、たいてい、浩介はおれの手を握ったままこちらをじっと見ている。
 そんな時は、頭を引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめて、腕枕をしてやる。するとようやく体の力を抜いて目をつむるのだが、でも目をつむったからといって、眠れるわけでもなさそうで、いつも浩介の寝息を聞く前におれが先に眠りに落ちてしまう。

「怖い夢を見るから眠りたくない」
 まだ20代のころ、そんなことを言っていた。今はどうなんだろう。


**


 浩介の父親が怪我をして、入院、手術をすることになり、そのバタバタの中で、浩介は12年ぶりに父親と再会し、母親とも二人きりで数時間を過ごしたらしい。

「今になってこわくなってきたよ。おれ、よく倒れなかったよね」

 夕食を食べながら、浩介がブツブツという。
 でも、その食べているおかずも、浩介の母親が持たせてくれた、なすとひじきと酢豚である。

「すっげー美味い。お前の母さん、料理上手だな」
「あー、あの人、昔から料理にはこだわりあるんだよね。夕飯は3ヶ月は同じもの出てこなかった」
「げ。マジか」
「昼はわりとおれの好きなものだったから同じの出たけど」
「へえ~……」

 もぐもぐもぐ……よく噛んで食べている浩介の姿に胸を打たれる。

 半年ほど前……。
 おれが浩介の母親からもらってきた苺を何も知らずに食べた浩介は、その苺が母親からのものだとわかった途端、すべて吐きだしてしまった。腹に入ったものすべてを吐きだしたい、とでもいうように、最後には喉に手を突っ込んでまで吐き続けた浩介……。あのときのことを思いだすと、浩介への申し訳なさと自己嫌悪でいてもたってもいられない気持ちになる。

 でも、あれから約半年。浩介は母親の手料理を普通に食べている。母親の話を普通にしてる。
 安堵のため息が出そうになるのを、なんとかこらえていたところ、

「それで、慶……明日空いてる? 病院一緒にいってもらっても、いい?」
「ああ大丈夫、空いてる」

 せっかく親子水入らずなのに……と、思わないでもないけれど、こうして頼ってくるということは、やはりまだまだ不安なのだろう。 

「良かった。ありがと」
「…………」

 ニッコリとした浩介に、ずっと燻っていた気持ちが大きくなってくる。

 こうして無理矢理に親と親交を持たせるのは、単なるおれの押しつけなんではないだろうか。
 浩介は日本に帰ってきて、本当に良かったのだろうか……


***


 翌日、おれが運転する車で浩介の実家に迎えにいくと、浩介の母親はおれがいることを嫌がる様子もなく、それどころか、

「お医者さんが一緒にいてくれると安心だわ」

と、言ってくれ、そして全身麻酔にする理由や手術後のことなど、質問攻めにしてきて、浩介にたしなめられていた。不安でしょうがないようだ。


 でも、その過剰な心配をよそに、手術は無事に終了した。麻酔の効きが悪くて少し予定時間をオーバーした以外には、すべて順調だったそうだ。

 病室に運ばれてきた浩介の父は、ボーっとした表情で天井を眺めていた。全身麻酔の影響で吐き気もひどいようだ。

 浩介の母は、そんな夫を心配そうに見つめながら両手を揉み絞っていて、主治医から説明があると看護師から呼ばれても、

「私が聞いても分からないから、あなた達で聞いてきて」

と、看護師のことを見向きもしなかった。

 おれは部外者なので聞くのはまずいだろうと思ったのだが、病院側が勝手におれも息子の一人だと勘違いしたため、浩介と一緒に説明まで受けてしまった。

 しばらくは入院生活を送ることになるようだ。病室は6人部屋だが、今は3人しかおらず、そしてちょうど窓際が空いていたそうで、大きな窓の近くのベッドになれたのはラッキーだったといえる。

 説明後、病室に戻ったところ、閉めきられたカーテンの向こうからボソボソと話す声が聞こえてきた。開けるタイミングを失って、二人で立ちすくんでしまい、盗み聞き状態になってしまう。

「あの程度で骨折するとは俺も歳をとったな」
「いいえ、骨折程度で良かったです。これで打ちどころが悪かったりしたら、私どうしたらいいか……」
「そうか。とっさに手をついたから、頭を打たなくてすんだということになるのか」
「そうですよ。あそこで手が出たのは若い証拠だって先生もおっしゃってましたよ」
「そうか」

 普通の会話だな、と思う。浩介が稀に話してくれる話だと、お父さんは絶対君主であり、こんな風に話す人ではないと思っていたのだが。
 浩介を見上げると、浩介もそんなことを思ったのか、少し眉を寄せている。
 会話が途切れたので、入ろうかとカーテンに手をかけたところで、

「佐和子」
「はい?」

 ふいに、父親が妻を名前で呼んだので、また入りそびれてしまった。何かあらたまった感じの声……

「すまなかったな」
「え?」

 急な謝罪の言葉に、きょとんとした声を返した浩介の母。

「何がですか?」
「前に……お前が手術を受けた時に、付き添ってやれなかったことだ」
「え……」

 手術? お母さん、どこか体が悪かったのだろうか?
 浩介の母は、いえ、そんな、あの……と言い続けてから、

「もう、45年も前のことです」
「そうだな。もうすぐ45年だな」
「覚えていてくださったんですか?」
「そりゃ覚えてるに決まってる。自分の子の命日なんだからな」

 命日? どういうことだ?

「まあ……そんな風に言ってくださるなんて……」

 涙ぐんだような浩介の母の声。
 浩介は固まったようになっている。
 浩介の父親が淡々と話を続ける。

「手術から戻ってきて思ったんだよ。お前もあの時、こんな不安な気持ちだったんだろうな、と」
「あなた……」
「すまなかったな」
「そんなこと……」

 しばらくすすり泣いていた浩介の母親だったが、

「あの時……」
 また、ポツリと話しだした。

「私、病院の天井を見上げながら、ずっとお祈りしていたんです。このお腹から流れた赤ちゃんが、どうか戻ってきてくれますようにって」

 流れた赤ちゃん………流産の手術をうけたということか。

「そうしたら4年後に浩介が生まれてきてくれて……」
「………そうだな」
「今度は何があっても守らないとって……ああそうそう」

 浩介の母は小さく笑うと、

「あなたもとても喜んでくださいましたよね。よくやった!でかした!って大声で叫んで」
「看護婦に注意されたな」
「そうですよ。あのあとあなた陰で『でかしたさん』って呼ばれてたんですよ」
「そうなのか? 失礼だな」
「だって、あんなに大きな声で……」

 笑いまじりに話している浩介の両親………
 入るに入れない雰囲気で、おれ達は、カーテンの前で立ちすくんでいたが、

「?」
 ふいに、浩介に手をつかまれた。

「浩介?」
「…………慶」

 浩介、複雑な顔をしている。
 泣きたいような笑いたいような、苦しいような嬉しいような………

「おれ………」
「うん」
「でかしたさんだって」
「うん」

 手を握り返すと、浩介は目をつむり、大きく息をはいた。

「おれ………」
「うん」

「日本に帰ってきて良かった」
「………そうか」

 そうか………。

 おれ達は手を繋いだまま、カーテンが開くまでそのままずっと立ちつくしていた。


***


 帰りの車の中で、唐突に浩介の母親がパチンと手をたたいた。

「浩介、もうすぐ誕生日ね? 何か欲しいものある?」
「………欲しいものというか」

 浩介は、助手席から振り返り、とんでもないことを言い出した。

「結婚式がしたいです」
「はああああ?」

 思わず叫んでしまったおれ。
 こないだのあれ、本気なのか!

「結婚式……?」
 浩介の母親はいぶかしげに首をかしげた。

「誰の結婚式?」
「誰のって! 僕達のに決まってるじゃないですか!」
「え? 僕達って………」

 ますます眉を寄せる浩介母。

「まさか、あなたと渋谷君とか言わないわよね? 男同士でなんてありえないでしょう」
「ありえないって、今、普通にやってますよ。お母さん、ニュースとか見ないんですか?」
「そんなニュースやってたかしら……」

 首をかしげる浩介の母親。

「まあでも、渋谷君キレイな顔してるから、ウェディングドレスきっと似合うわね」
「ド………っ」

 ドレス!?
 あやうくハンドル操作を誤りそうになる。

「お母さん!」
 浩介が真っ赤な顔をして怒りだした。

「渋谷君は男ですよ。ドレスなんか着るわけないでしょう!」
「じゃあ、結婚式ってなんなのよ? まさか二人ともタキシードってこと? 変じゃないの。そんなの」
「変じゃないです! そういうもんなんです!」
「えー? 変よ。渋谷君がドレス着ればいいじゃない」
「ありえない!」

 叫んだ浩介。

「だったらおれがドレス着る! 慶には絶対にそんなことさせないっ」
「こ………っ」

 おれと浩介母、しばらくの絶句後、

「お前がドレス~? 似合わねー」
「やだーこわいわー」

 同時に笑いだしてしまった。
 浩介がますます赤くなって怒っている。

「もー!二人とも!笑いすぎっ」
「ありえね~」
「ほんとありえないわー」

 そのまま、浩介の実家につくまで延々と笑い続けてしまった。

 浩介がこんな風に自然に母親と話せる日がくるなんて……こんな風に笑って過ごせる日がくるなんて……奇跡は起きるのだ。いや、浩介は奇跡を起こしたのだ。


***

 その日の夜。
 先にベットに入って本を読んでいた浩介だが、おれが来るとそそくさと本を閉じ、身をよせてきた。

「お前さ……」
 浩介の頭を抱き寄せ、撫でながら、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

「まだ、怖い夢、見るときあるのか?」
「んー……そういえば、ここ最近見てない」
「そうか」

 ホッとする。良い傾向だ。

「眠るのは? やっぱりまだ時間かかるのか?」
「まあ………でも慶の寝顔独占できる幸せな時間なんだよね~」
「なんだそりゃ。さっさと寝ろよ」
「いいじゃんいいじゃーん」

 もぞもぞと体を動かし、額をコツンと付けてきた。それで急に思い出した。

「そういやお前、おれの寝てるとこ写真に撮るのやめろよな」
「え、なんで知ってるの?」
「前に見たんだよ。あの………三好羅々の写真騒ぎの時に」
「あ………そっか」

 お互い嫌なことを思い出して黙ってしまう。
 3ヶ月ほど前、三好羅々という19歳の少女が、浩介を睡眠薬で眠らせ、浩介と彼女が性行為をしているように見える写真を浩介の携帯で撮って、おれに送りつけてきたのだ。
 そういえばこの2ヶ月、三好羅々から何の音沙汰もないが、彼女は何をしているのだろうか。……なんて知りたくもないけど。

 浩介がシュンとして謝ってくる。

「慶……ごめんね」
「それはもういい。……写真、撮るなよ?」
「えー、幸せな瞬間を切り取って保存してるのになあ」

 言いながら、指が頬をなぞってくる。

「じゃあ、指で切り取ろうかな」
「………勝手にしろ」
「する」

 付き合ってられない。
 明日は仕事だ。もう寝る。

 と、思ったが、眉に瞼に唇に指が辿ってきて………

「気になって眠れない!」
「…………ごめん」

 クスクス笑いだす浩介。

「さっさと寝ろよっ」
「はーい。おやすみなさーい」

 これ以上悪ささせないために、両手をぎゅうっと握りしめる。額をくっつける。

 浩介のぬくもりと息づかいを感じていたら、すぐに眠りに引き込まれてしまった。だから浩介がいつ眠れたかはわからない。

 でも、夜中にふと目覚めたとき………

「……浩介」

 浩介は規則的な寝息をたてて眠っていた。
 その愛しい額に口づけ、離れていた手をまた繋いでから、再び眠りにつく。

 日本に帰ってきて、良かった。



---------


以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!

このシリーズも残すところあと2回?くらい……
キーポイントだった「でかしたさん」のシーンも書き終わってしまった。
回収エピソードが終わるたびに、切なくなってます私。

あと数回になりますが、今後ともよろしくお願いいたします!

---

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