おれが『あいつ』の姿を初めてみたのは、高校に入学して3週間目の木曜日のことだった。
それからずっと『あいつ』はおれの中に存在し続けた。とにかく気になる。もう一度、その姿を見たくてしょうがない。
(……って、なんだそりゃ。意味わかんねえっ)
あの時、数分見ただけの『あいつ』の姿にここまで心が支配されていることに腹立ちすら覚えていた。
だから、とにかくもう一度、『あいつ』のことを見たい。見なくてはならない。
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県立白浜高校を進学先に選んだことに特に意味はなかった。
学区内の公立高校の中で一番偏差値が高かったことと、家からバスで一本で行けることが理由だったといえば、そうなるのかもしれない。
白浜高校は、浜という字が付くくせに海が近くにあるわけではなく、それどころかちょっと小高い丘の上にある。元々は「白浜」ではなく「白早馬」と書き、それが変化して「白浜」になったとかなんとか入学式で説明があったけれど、まあ、そんなことはどうでもいい。
高校生活、それなりに色々と期待していたけれど、すぐに色々な意味でどん底に突き落とされた。
まず、勉強面。
しょっぱなの実力テストで後ろから数えた方が早い順位をとってしまい、愕然とした。中学時代、学年10位以内の成績を収めていたのは、単にうちの中学のレベルが低かったからだった、ということを思い知らされた。
授業の進みも早いので予習復習もかかせない。帰宅後も受験勉強していたころとたいして変わらないくらいに勉強するはめになってしまった。
それから、クラスの女子。……理想の子がいない。
中学時代はバレンタインもたくさんもらったし、告白されたことも何度もあるくらいには、不思議とモテた。でも、全部お断りしていた。理想の女の子がいなかったからだ。
おれの理想は、おれより10センチ以上背の低い女の子。自分より背の高い女子と付き合うのは絶対に嫌だったし、低いとしても何センチか低いだけでは、少しヒールのある靴をはいたら並ばれてしまう。だから10センチは絶対に差が欲しい。そして、優しくて気が利く女の子らしい女の子だったら文句はない。
「そんな女子、いねえだろ」
同じクラスの安倍康彦、通称ヤスに呆れたようにいわれ、
「いないことはない」
ムッとして答える。だって、実際にいる。すごく身近に。
「そうなのか? 同じ中学のやつとか?」
「……違うけど」
まさか自分の姉だとは言えず押し黙る。8歳年上の姉は、おれよりちょうど10センチ背が低く、優しくて女らしくて……
そうとも知らないヤスがニヤニヤと聞いてくる。
「じゃあ、渋谷はその女のことが好きってことか?」
「………別に好きじゃない」
姉なんだから当たり前だ。しかも……
「それにそいつ、彼氏いるし」
「それは残念」
全然残念そうじゃなく言うヤス。ヤスとは入学して早々すぐに仲良くなった。なぜか昔からの友達みたいな感じがして、一緒にいて居心地がいい奴だ。
「オレ、高校生になったら、キラキラした毎日が送れるのかなーって思ってたんだよなー」
「わかるわかる」
ヤスのため息に大きく肯く。
「ホントだよ。なんか勉強ばっかしてる。おれ」
「渋谷、部活やんねえの? 中学の時、何部だった?」
ヤスに聞かれ、ちょっと詰まる。けど、隠す話でもないから言う。
「バスケ……だけど、バスケはもういいかなあって思ってて」
「ふーん?」
「お前は?」
つっこまれたくなくて、すぐに質問返しすると、ヤスが泳ぐ動作をした。
「水泳か」
「でも、この高校、プールないから水泳部ないしな」
「ああ。水泳部あったら水泳部でも良かったんだけどなあ」
二人でダラダラと話しながら学校を出る。
これから三年間、こんな感じに毎日が過ぎていくのかと思ったらゾッとした。おれの高校生活、勉強だけ? 楽しい青春は?
そう思いつつも、勉強におわれ、日々の生活におわれ、三週間が過ぎ………
そうこうしているうちに、運命のあの日がやってきたのだ。
***
入学して三週間目の木曜日。体育の上野先生に呼び出され、体育教官室でくどくどと話しをされ、ようやく解放された時には5時近くになっていた。
(さっさと帰らないと、明日の小テストの勉強が間に合わねえ)
ブツブツ文句をいいながら、急ぎ足で体育館の前を通り過ぎようとしたのだけれど……
「?」
中から聞こえてくるボールをつく音に足をとめた。
「なんだ?」
木曜日はバスケ部定休日なはず。バレー部は外のコートで練習してたし、他に体育館使う部活なんかあったっけ?
不思議に思いながら、半開きになったドアから中をのぞきこみ……
「!」
なぜだか、心臓が跳ね上がった。
広い体育館で、一人、バスケットボールをついている男子生徒……。なぜだろう。奴のまわりには切ないような空気が漂っている。
ふいに奴は、ボールをつく動作をやめ、胸元にボールを抱えた。
そして、軽い気合いとともに、ゴールに向けて球を投げたのだが……
「……………え」
ポカーンとしてしまった。
「………なんだ、ありゃ」
おもわず、つぶやく。
ボールがありえないほど、まったくのあさっての方角に飛んで行ってしまったのだ。
(へ……下手すぎる!)
いまどき小学生でも、もう少しマシな球を投げるだろう。どんだけ下手くそなんだ。
それなのに………
「…………」
奴はゴールに向かってひたすらボールを投げ続けていた。でも全く意味がない。基本が何一つできていないんだ。と、いうか、基本以前に、腕立て伏せでもやって鍛えろ!って感じだ。腕力も小学生並とみた。
それなのに…………
(なんでだ?)
なんでそんなに一生懸命なんだ? ひたすら、ひたすら、ゴールに投げては、外れたボールを拾いにいき、また投げて………
「…………」
入らなくても不貞腐れることもなく、ただひたすらに………
なんだか切ない……と思うのはなぜだろう。胸がしめつけられるほど、その姿は切ない……
「!」
突然のチャイムの音に、奴もおれもビクッとなる。
5時半のチャイムだ。もう帰らなくてはならない。
(おれ、こんな下手くそな奴のこと、30分以上も見てたってことか……)
自分で呆れながら、もう帰ろう、と立ち去りかけたのだが、
「………っ」
息をのんだ。
最後の一回、とばかりに、奴の投げたボールが吸い込まれるようにゴールネットを通り過ぎたのだ。
(入っ………た)
バンバンバン……とネットを通り過ぎたあとのボールがバウンドしている。
「入っ……た」
奴がボソッと言った。思っていたよりも少し高めの声……
奴はバウンドしているボールをじっと見つめていたが……
「良かった」
奴は、大きくため息をついたあと、ニコッと笑った。その笑顔……
(……なんだそりゃ)
ぎゅっと心臓が鷲掴みされたようになる。なんだ、お前。その嬉しそうな顔……
その後、慌てたように後片付けをはじめた奴を背に、おれは帰途についた。
「あいつ……なんなんだ。あいつ」
思わず言葉に出てしまう。
あんなに下手くそな奴、見たことない。
あんなに一生懸命な奴、見たことない。
あんなに心の底からホッとしたような笑顔、見たことない。
「………変な奴!!」
なんだか走りだしたくなるような、イライラするような、いてもたってもいられない気持ちが体中を廻って落ちつかない。
「走るかっ」
どうしようもないので、バスに乗るのをやめて走って帰ることにした。
走りながらも、どうにもこうにも、『あいつ』の姿が頭から離れてくれない。背が高めで、おとなしそうな顔してて、それでいて笑顔はあんな………
「………くっそー……」
そういや、明日小テストがあるから早く帰って勉強しようと思ってたのに……
明日のテストに失敗したら、全部全部『あいつ』のせいだ!!
名前も知らない『あいつ』に頭の中で八つ当たりしながら、とにかくとにかく走った。
でも、全然落ちつかない。
この気持ちをどうにかするためにも、おれはもう一度、『あいつ』に会わなくてはならない。
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以上です。
お読みくださりありがとうございました!!
高校生の慶君。初々しい。お前さん、それは恋だよ。一目ぼれだよ……。
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