『あいじょうのかたち』、慶視点での最終回です。
次回、浩介視点での最終回が本当の最終回になります。
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浩介が発作を起こした。
浩介の父親が怪我をしたことをきっかけに、両親と会うようになってから約一か月。
最近の浩介は、妙に甘えてきたり、それでいて夜は妙に攻撃的だったり、とにかく不安定だった。なので、やっぱり……というのが正直な感想だ。やはり少しペースが速すぎたのだと思う。浩介の中でいっぱいいっぱいになってしまったのだろう。
「お前、今日うちの病院くるか?」
「……え、でも」
今日は木曜日。浩介は休みを取って父親の通院の送迎をする予定にしていた。
発作はおさまったとはいえ、このまま家に一人にしておきたくない。
「今日、ちょうど戸田先生くる日だしな。予約ないけど診てもらえないか聞いてみるよ」
「………いいの?」
不安気な浩介の頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜてやると、浩介は下を向いたままぼそぼそと言葉をついだ。
「ごめんね。おれ、大丈夫だと思ったのに……もう大丈夫だって……」
「そんなに急ぐな」
頭をかき抱き、耳元にささやく。
「ゆっくりでいいから。おれがついてるから。一緒にいるから」
「…………うん」
ようやく体の力を抜いた浩介に、そっと口づけて、そして………なんて時間はない。
「じゃ、あと5分で出るぞ。さっさと支度しろ」
「うわわ。ちょっと待って!」
浩介がバタバタと用意している間に、浩介の母親に連絡した。体調不良、とだけ伝えたが、何か感じることがあったかもしれない。
40年の溝を埋めるには、まだまだ時間がかかるだろう。でも、大丈夫。ゆっくり、一緒に歩んで行こう。
***
心療内科は午前中は予約でいっぱいで、午後に少しだけ空きがあるという。浩介には午前中は近くのファミレスと本屋で時間を潰させて、おれも昼休みを調整してその時間の診療に立ち会うことにした。
「少し日にちが空いてしまいましたね」
戸田先生、若干渋い顔をしている。浩介の父親が怪我をして、その通院の送迎をすることになって以来、浩介は定期的に通っていた心療内科クリニックに行けなくなってしまったため、戸田先生に会うのも約一か月ぶりなのだ。
「あの………」
浩介が遠慮がちに口を開いた。
「僕、ずっとこのままなんでしょうか? これ、治らないんですか?」
「そんなことは」
「もう、大丈夫だと思ったんですよ。もう、ほとんど普通に話せてるし、あっちの威圧感も半減してるし、これならもう、怖くないって。それなのに……」
浩介は祈るように組んだ手を、ぐっと強く額に押しつけた。
「今朝、これから父を迎えに行くんだって思った途端、急に足が震えてきて、指先が冷たくなって、息が……」
「…………」
戸田先生に目線で許可を取ってから、浩介の背中をゆっくりなでてやる。
しばらくの沈黙のあと、戸田先生が穏やかに語りはじめた。
「給水と排水のバランスの問題ですよ。今回は、急にたくさんの水が注がれて、排水が間に合わなくてあふれ出てしまったってことです」
「給水と排水……」
うまいことを言う。
でも、浩介はうつむいたままだ。
「あの……本人いる前で言いにくいんですけど……」
「ん?」
本人っておれのことか。
「おれ出てた方がいいか?」
「ううん。もう、今さら………」
ぼそぼそと言う浩介。戸田先生にも軽く首を振られたので、立ち上がりかけた腰を再びおろす。浩介が下を向いたまま続ける。
「あの……、こんな風に彼に迷惑をかけて、彼の負担になるのもつらいです」
「はああ? ……あ、はい」
思いきり言い返そうとしたところを、戸田先生に手で制され、途中で止める。
こいつは、またそんな馬鹿みたいなことを……っ
ムカムカしながら座っていたら、戸田先生が苦笑気味に「桜井さん」と改めて浩介の名前を呼んだ。
「以前もお話ししましたが、渋谷さんの愛情の根本は『保護欲』なんですよ? なので、渋谷さん、迷惑どころか、今、内心意欲に満ち溢れてると思います」
(なんだそりゃ……)
まあ、満ち溢れてるかどうかはさておき、迷惑に思っていないことは確かだ。
「愛情には色々な形があるんです」
戸田先生は、口元に人差し指をあて、ニッコリと笑った。
「渋谷さんは、守りたいっていう愛。桜井さんは、寄り添いたいっていう愛。お二人は、お互いの個を認めた上での愛なので、お互いがお互いに悪影響を及ぼすってことはないと思います」
「…………」
思わず顔を見合わせてしまう。そういわれると、くすぐったい。
「でも、それって結構難しいことなんですよ。相手を支配しようとDVに走ったりする人、多いですから」
「……」
「そして、親と子の関係だと、さらに難しい」
浩介の手がピクリと震える。
「桜井さんのご両親は桜井さんを愛しているがゆえに、自分達が良いと思う方向に無理に進めようとしてしまった。その愛の形が桜井さんには合わなかったんですよね。でも、親というのはとかく子供を自分の思い通りにしようとしてしまうものですから……」
「でも、彼の両親は全然そんなことないです。二人とも愛情はあるのに一歩引いてるというか……」
「え」
いきなりうちの両親のことを言い出すので驚いてしまう。
「うちもこうだったらいいのにって、昔からずっと思ってました」
「では……」
戸田先生がゆっくりと瞬きをした。
「ご両親と良い距離感がとれるよう、話し合っていきましょうね」
「…………」
「大丈夫ですよ。桜井さんには渋谷さんがついてますから」
あっさりと言われ、少し笑ってしまう。なんかおれ、すごい信頼されてるな。
浩介が真面目な顔をしてこちらを振り返り、頭を下げてきた。
「今後とも、よろしくお願いします」
「………あほか」
ごちんとこめかみのあたりを軽く小突いてやる。
「当たり前だ」
「………慶」
泣き笑いの浩介を抱き寄せたいのを、ぐっと我慢する。
そう。おれがついてる。おれが守る。
(確かに意欲に満ち溢れてるかも……)
戸田先生を見返すと、おれの内心を読んだかのように、にーっこりと笑い返された。
やっぱり心理士ってこわい。
***
診療時間が終わりに近づいてきたころ、なぜか、院長である峰先生がきている、と戸田先生が裏に呼ばれた。
「渋谷の彼氏が来てるって噂聞いてよ~」
楽しそうに笑っている峰先生の声がしきりの向こうから聞こえてくる……
「で、わざわざいらっしゃったんですか? 院長、暇なんですか?」
戸田先生が呆れたように言う。戸田先生と峰先生が仲が良いという噂は聞いたことがあったけれど、本当に仲良さそうだ。
「暇じゃねーよ。でも、一回会ってみたかったんだよ。渋谷の完璧彼女」
「彼女じゃないですけど」
完璧彼女、というのは、まだ20代の頃、峰先生に浩介の話を「彼女」としてしていた時に、仕事に理解があり、我儘も言わず、料理も上手なおれの「彼女」を、峰先生が「完璧すぎる」と言っていたことからきているのだと思われる。
裏から顔を出してきた峰先生に苦笑しつつ、紹介する手振りをすると、浩介が深々と頭をさげた。
「桜井浩介です。いつもお世話になっております」
「わーすっげー。ホントに男なんだなー」
「なんすか、それ……」
峰先生、正直すぎる……。
峰先生は嬉しそうに浩介に笑いかけた。
「これからも渋谷のことよろしくな。こいつはうちの稼ぎ頭のイケメンだからさ。イケメンが崩れないように食事の管理とかな」
「あ、はい」
浩介、真面目に肯かなくていいぞ?
峰先生は機嫌よくパチンと手を合わせた。
「今日の夜、空いてるか? 飲みいこうぜ? 戸田ちゃんも」
「はあ?」
むっとする戸田先生。
「なんだよ? 戸田、空いてねえのか?」
「いえ、空いてますけど、空いてる前提で誘ってきたことに腹立っただけです」
「はーそうですか。女心は難しいねえ」
峰先生は軽く肩をすくめると、こちらに向き直った。
「で、渋谷たちは?」
「空いてますけど、今日車で来ちゃったからなあ」
「あ、車戻してくるよ?」
すかさず浩介が言うと、峰先生が、おおっと大袈裟に驚きの声をあげる。
「お、さすが完璧彼女。気がきく~」
「だから彼女じゃないって」
ホントに、峰先生は昔から少しも変わらない。調子がよくて、でも温かくて。
変わらないのは、もっと昔かららしい。
今回、一緒に飲みに行って知ったのだが、峰先生と戸田先生は親同士が仲が良いため、昔からの知り合いなのだそうだ。20歳も歳が離れているのに妙に仲が良いのはそのためらしい。
そして、今回はじめて教えてもらった。以前、おれたちの同級生である溝部と山崎と、戸田先生とその友達で合コンをした際、結局そこでは誰も結びつかなかったのだが、後日、メンバーを増やして合コンをした結果、溝部の同僚と戸田先生の友達が結婚を前提に付き合いはじめたそうだ。
「で、結局、菜美子には彼氏できなかった、と」
「うるさいなあ」
むっとした顔をしている戸田先生はいつもの落ちついた感じと違って、とても可愛らしい。
峰先生とのやり取りは、仲のよい年の離れた兄妹のようだ。
「あの……戸田先生?」
峰先生が席を立ったと同時に、なぜかずっとソワソワしていた浩介が戸田先生の顔を覗き込んだ。
「もしかして、戸田先生の初恋の人って……」
「え?」
初恋?
「……あー、そっか。桜井さんには話したことあったんでしたっけね」
戸田先生が軽く肩をすくめる。
「そうですよー。まあ、奴も知ってることですけどね」
「え………」
戸田先生の初恋が……峰先生?
「恋心自覚したころには、もう結婚すること決まってたので、何もかも手遅れでしたけど」
「え……」
峰先生が結婚したのは36歳の時だと聞いたことがある。ということは、戸田先生は当時16歳。
「でも、それから必死に勉強して一浪したけど医学部入って医者になって」
「そばにいるために?」
「そうです」
戸田先生が意志の強い目で肯く。
「これが私の愛の形です。彼女や奥さんとしてそばにいられなくても、仕事上のパートナーとしてそばにいられればいい、と」
「………」
「ああ……酔っぱらってますね、私」
苦笑した戸田先生。
「今の話、内緒ですよー。言うと奴、調子に乗るから」
「誰が何だって?」
戻ってきた峰先生が、ポンポンと戸田先生の頭をたたく。戸田先生、一瞬泣きそうな、嬉しそうな、複雑な顔をしてから、バシッとその手を振りはらった。
「院長がですよ。そうやって調子にのって女性の頭を触るのやめてください。セクハラで訴えますよ」
「何言ってんだよ。ガキの頃さんざん抱っこしたりオンブしたり肩車したりしてやったのに」
「いつの話してるんですかっ」
もーっという戸田先生は、やっぱり嬉しそうで、でも泣きそうで……
見ているこっちが切なくなってしまう。
「ねえ、渋谷先生、他の同級生も紹介してくださいよー。私も早く結婚したーい」
「おう、渋谷、頼むよ。菜美子が結婚してくれないと、おれも安心して引退できないからな」
まさかの引退発言に、戸田先生もおれもむせてしまう。
「なんで私の結婚と院長の引退が関係あるんですかっ」
「っていうか、まだ引退を考える歳じゃないですよね? 先生、今53でしょ?」
「55定年考えてるんだけど」
「バカなこと言わないでっ」
ケロリと言った峰先生の言葉に、戸田先生の顔が一気に青ざめた。
「許しませんよ。そんなの。まだ……院長の下で働きたいです」
「分かった分かった。なーにマジになってんだよ。だいたいお前、週2しか来ねえだろーそんなムキになる話かよー」
ぐりぐりと戸田先生の頭をなでる峰先生……残酷だ。
戸田先生はそばにいられればいい、と言った。それは切なくてとてもつらい選択だ。
でも、それが戸田先生の愛の形。それは誰にも止められない。
***
久しぶりに浩介と二人で日付が変わった後の電車に乗り、駅前のスーパー(なんと25時までやっている)で買い物をしてから帰路についた。
浩介がニコリとこちらに手を差し出してくる。
「手、つなご」
「………………。まあ、いっか」
差し出された手を握り返す。もうこの時間なので歩いている人はほとんどいない。住宅街の中の遊歩道の並木道はとても雰囲気が良い。
「戸田先生………すごいよね」
「そうだな」
おれも同じことを考えていた。
彼女の選択は切なすぎる……切ないほどまっすぐな愛の形。
「でも、高2の時、おれも同じ覚悟で慶に告白したよ?」
「覚悟?」
見上げると、まぶしそうにこちらを見かえした浩介。
「どんな形であってもそばにいたいって」
「…………そんなことは」
握っている手に力をこめる。
「そんなこと、おれの方がその1年以上前からずっと思ってた」
「じゃあ、おれが告白しなかったら、慶、ずっと友達のままでいるつもりだったの?」
浩介が小首を傾げる。
「……どうだろうな」
そんな仮定の話、考えたこともなかった。
あの時、浩介が告白してくれなかったら……
「我慢できなくて、そのうち襲ってたかもな」
「わ~、それはそれでいいね~」
「なんだそりゃ」
クスクスと笑い合う。
「おれ達……こうして一緒に歩けるのって、すごい幸せなことだね」
「そうだな」
繋がった手が温かい。隣を歩く浩介を見上げれば、優しい微笑みが返ってくる。
「一緒の家に帰れるっていうのも、告白したあの時は想像もできなかったなあ」
「そうだな……」
あの時はひたすら、気持ちが通じ合ったことが嬉しくて嬉しくて……
浩介がこちらをのぞきこみ、切実な感じに言ってくる。
「慶、これからもずっとずっと一緒にいてね?」
「当たり前だ」
繋いでいる手をぐっと下にひっぱり、斜めに傾いてきた浩介の頬に素早くキスをする。びっくりしたような顔をしたあと、この上もなく幸せそうな表情になった浩介。
「慶」
お返し、とばかりに、軽く唇を重ねてくる。
ああ……失いたくない。こいつを。この時を。この瞬間を。共に歩く未来を……
「一緒に、生きていこうな?」
「うん」
嬉しそうに肯く浩介の手をもう一度ぎゅっと握り直し、再び歩きだす。
おれが守る。必ず守る。だからずっと一緒にいよう。
それがおれの愛の形。
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以上です。
なんだかものすっごく時間がかかりました……
慶パート最後だからと思ったら、これも書きたいこれも書きたい、と収拾がつかなくなり……
でも、はじめに題名を「あいじょうのかたち」と決めたときからあった、
「おれが守る。それがおれの愛の形」
というラストに繋がることができて、そこは何とかよかったな、と。
峰先生と戸田ちゃんの話も、ようやく出せました。
いつか書きたいと思いながら最終回前になってようやく……
単なる自己満足なんですが、実は作中の別々の回で峰先生と戸田ちゃん、同じ仕草をしてるんです。
仲良しだからお互い似ちゃったんだろうなあ、ということで。
男女の恋愛であっても結ばれない人は結ばれない……
峰先生も戸田ちゃんのこと可愛がってはいたけれど、当時まだ10代なので恋愛対象として見てはいけないという自制が働き……
今の奥さんと出会ってなくて、あと5年ほど独身でいてくれたら、戸田ちゃんにもチャンスはあったんだろうなあ……
戸田ちゃんには、峰先生を忘れさせてくれるくらい素敵な男性が現れてくれることを祈ります。
さて。次回は本当に最終回です。
……ってまだ書いてないので、一回で終わるのかは謎なんですが。
次回もよろしければ、お願いいたします。
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