慶と初めてキスをしたのは、高校二年生の11月3日。文化祭の最終日の、後夜祭の最中のことだった。
キャンプファイヤーの火を遠目に見ながら、校庭の隅っこに座って話をしていたのだけれど、
(綺麗だな……)
慶の横顔にみとれていたら、その視線に気がついた慶がこちらを振り返って。そうしたら、その唇がとてつもなく魅力的で、ほとんど無意識に唇を重ねてしまって……
それから、おれはようやく、慶への気持ちに気がついたのだ。友達としてだけではなく、特別な存在だと思っているということに………
あれからちょうど24年……
「何ジロジロ見てんだよ」
「え、あ、うん。綺麗だな、と思って」
「何が?」
眉間にシワを寄せた慶にそっと口づける。
「慶の横顔が」
「なんだそりゃ」
苦笑する慶。正装をしている上に、髪の毛もプロの人にセットしてもらって、薄く化粧までしているせいか、いつもにも増して芸能人オーラを放出しまくっている。この人絶対芸能人になれる。……あ、でも照れ屋だから演技とか歌とかできないし、写真撮られるの嫌いだからモデルにもなれないし、やっぱり無理だな。いや、無理でいいんだけど。芸能人なんかになられたら困るし……
「ご準備、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
カーテンの向こうから声をかけられ、返事をする。
今日は、かねてからの計画通り、写真館へ撮影をしにきているのだ。
慶が結婚式はどうしても嫌、百歩譲って写真撮影だけ、というので、その話を友人のあかねにしたところ、同性カップルの写真撮影を請け負ってくれる写真館を紹介してくれたのだ。あかねは顔が広く友人が多い。結婚指輪もあかねの友人が働く店で買ったが、この写真館も彼女の友人がカメラマンとして働いている店なのだ。
カーテンが開くなり、スタッフの女性陣がきゃあっと声を上げた。そりゃ、この慶を見たら誰でもきゃあっていうよな。
でも、残念でした。お前らがいくら騒いでも、慶はおれ一人のものなんだよ。
純白のタキシードを着た慶。用意されていた靴を履くと、あれ?と首をかしげた。
「これ、もしかしてシークレットシューズですか? いつもより目線が……」
慶が言うと、スタッフの女の子がニコニコと、
「シークレットってほどではないですけど、5センチほどヒールが入ってます」
「お~~これが170センチの視界かあ~~」
いや、正確には169でしょ、というツッコミはやめておく。慶、やたらと嬉しそうだ。
「おれもせめてこのくらいは身長欲しかったなー。いいなー。おれこの靴買おうかなー」
「歩きにくくないの?」
「いや?別に……ととっ」
慶は歩き出そうとして前につんのめり、おれの腕にとっさにつかまった。
「くそー。やっぱり歩きにくいなー」
「そう考えると、女の人ってあんな高いヒールよく履けてるよね」
「だよな……って、お前ももしかして履いてる? 差がいつもと変わんねえ……」
「ん? どうなんだろう?」
靴底を見たりしていたところに、別のスタッフが入ってきた。
「ご両親様のお支度も整いましたので、どうぞスタジオへいらしてください」
「はーい………、おっと」
やはりおれもヒールが入っていたようで、気をつけないと前につんのめりそうになる。二人して用心して歩いていたら、何だかおかしくなってきた。
「明日変なとこ筋肉痛になってそう」
「いや、おれ、もうだいぶ掴んできたぞ。マジで買おうかな、この靴……」
「え」
これで慶に背まで高くなられたら、もう本当に弱点ナシじゃないか。ますます女性に目をつけられるじゃないかっ。
「170センチ~」
「…………」
慶、ご機嫌だ……。
う……慶の身長コンプレックスを知っているだけに反対できない……。
「これ、いくらぐらいすんだろうな。やっぱ普通の靴より高いのかな」
「え、あ、そうだね……」
本気で慶が購入を考えはじめてる。どうしよう……と思っていたところに救いの声がかかった。
「やめた方がいいと思うよ」
「南ちゃん!」
いつの間に、慶の妹の南ちゃんが真面目な顔をして立っていた。
「今持ってるズボン、履けなくなるよ? スーツとか全部作り直しだよ」
「………。そりゃ面倒くせえな」
「だいたい、普段履きの靴はともかく、フォーマルの革靴は3センチくらいヒールあるでしょ。それでいいじゃん」
「……だな。やっぱやめた」
あっさりと慶が諦めてくれて、ほっとする。それから、あれ? と思う。
「南ちゃんも来てくれたんだ」
「うん。でも写真には写らないよ」
確かに、南ちゃんラフな格好してる。
「聞いたら、こっちでも写真撮っていいって言うから、今日はカメラマンとして来ました~」
「お前、まさかその写真……」
「参考資料として使わせていただきます。売らないから安心して」
「当たり前だっ」
南ちゃんは小説家をしている。その作品は男が手に取りにくいものばかりだったりする。そして、南ちゃんはおれ達の写真を隠し撮りして売っていた過去もある……。
南ちゃんは、にーっこりと笑うと、
「今日はおめでとうございます、だね。今日にしたのは、初キス記念日だから?」
「み………っ」
ケロリといった南ちゃんのセリフに血の気が引く。
南ちゃん、それは言わない約束だったでしょっ! って、24年も前の約束って無効なのか?!
24年前、キスしたことで慶とギクシャクしてしまい、それを南ちゃんに相談したのだ。南ちゃんバッチリ覚えていたようだ。
「なんで知ってる!? ってお前かっ」
慶が南ちゃんにつめよりかけて、はっとおれを振り仰いだ。
「お前が喋ったってことだな?!」
「ごめんごめんっ。でも24年も前のことだよーっ」
「お前、他に何喋った?!」
「喋ってない喋ってないっ」
色々喋ってるけど、とてもじゃないけどそんなこと言えない!
慶はプリプリ怒りながらおれの額にぐりぐりと人差し指をつきつけてきた。
「前々から言おうと思ってたけどな、お前南に……」
「桜井さん、渋谷さん」
そこへ、苦笑気味にスタッフの女性から声をかけられた。
「皆様お待ちですので、こちらへどうぞ」
「あ……すみません」
慶と顔を見合わせる。慶はイーッという顔をすると先にスタスタ言ってしまった。
変わってないよなあ……ホントに。慶はあのころと同じ、可愛いままだ。
思わずその後ろ姿に見惚れていたところ、背中をバシバシ叩かれた。
「ごめーん、浩介さん。内緒だったんだっけ」
「南ちゃん……ホント、これ以上バラすのやめて」
「ごめんごめん」
全然反省してない様子の南ちゃん。おれの横にそそっと寄ってくると、
「で、さあ、こないだから聞きたかったんだけど……」
「…………なに?」
嫌な予感がする……。南ちゃん、いたって真面目な顔でいった。
「二人って、受攻変更したの?」
「は?!」
何の話?!
「半年くらい前だっけ。浩介さん、お兄ちゃんのこと亭主関白だって言ってたじゃない? それって精神的な話ってこと? それともあっちの話が変更に……」
「みーなーみーちゃん?」
そんな突っ込んだ下ネタ、こんな場所でやめてくれっ。
「いいじゃん。教えてよー」
「教えるもなにも、昔から何も変わってないよっ」
「あ、そうなの?」
小首をかしげた南ちゃんにビシッと指をさす。
「そう。おれ達は、昔から、なーんにも、変わってない、の」
初めてキスした24年前から。ずっとずっと、おれ達は何も変わっていない。
扉をあけると、天井からたくさんのライトがつるされた部屋に出た。明るい光の下でスタッフの女性と何か話している慶。やっぱり慶は光輝いてる……。
(昔から変わらない。愛しいおれの光……)
吸い寄せられるようにそちらに行こうとしたのだが、
「浩介」
遠慮がちな声に立ち止まった。振り返ると、黒留め袖姿の母がいた。こちらで着付けとヘアーセットもお願いしてあったので、とても綺麗に髪も結い上がっている。
母はいつものように手を揉み絞りながら、うんうんと肯き、
「ああ、やっぱりその色にして正解だったわ。良く似合ってる」
「………ありがとうございます」
今回、事前の衣装選びは母にも付き合ってもらった。そうしろ、と慶にうるさく言われたからだ。
カタログを見ながら散々悩んだ結果、色違いのタキシードにした。慶は白、おれはシルバー。それは母の見立てだった。
感動した様子の母の姿に、慶の言う通りにして良かったな……と思いながら、母に頭を軽くさげる。
「お母さん、今日は遠いところを……」
「あなた。そんなところにいらっしゃらないで」
「え」
おれの言葉を遮って、母が声をかけた先には……
「……お父さん」
茶番に付き合う気はないって言ってたのに……
きっちりとモーニングを着こなした父が、仏頂面をして立っていた。
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以上です。
終わる終わる詐欺ですみません。終わりませんでした……。
お読みくださりありがとうございました!
私、話は大筋だけで、あとは登場人物が勝手に動くので、それを書くだけなんですが、
今回も慶が勝手にシークレットシューズに食いついてしまったため、
シークレットシューズについて色々と調べてたら、すごい時間を取られてしまいまして^^;
そうこうしているうちに3500字超えてしまったので、一度ここで切ることにしました。
次こそは、最終回。(……たぶん)
次回もよろしければ、お願いいたします!
そして、クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます!
こんな真面目な話にご理解くださる方がいらっしゃること、なんて心強いことか……
一人一人にお会いして、お礼申し上げたい気持ちでいっぱいです。
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