「浩介、渋谷君と結婚式がしたいんですって」
と、母が父に言ってくれた。でも、父は眉間に皺をよせて、昔と変わらない冷たい目で言い切った。
「馬鹿馬鹿しい。俺はそんな茶番につきあう気はないからな」
「…………」
やっぱりこの人変わってないんだなあ、とガッカリしたような、心のどこかで安心したような、不思議な気持ちがした。
その威圧的な眼光は変わらないのに、昔のように恐怖で身が竦むという現象が起きないのは、おれが大人になったからなのか、父が体も二回り小さくなり、軽々とおれにオンブされてしまうくらいになってしまったからなのか……いや、
(一番大きいのは、慶がいてくれるから、だな)
帰国して8か月半。色々なことがあったけれど、一番の収穫は慶の本当の愛を知ることができたことだと思う。慶がいてくれれば、おれは何も恐くない。恐怖の対象でしかなかった父とも、母とも、真正面から向き合………うのは、正直まだ怖いときもあるので、慶に一緒にいてもらうことが多いけど。
9月10日。くしくもおれの誕生日。
木曜日はおれも慶も午後から休みを取りやすいので、父の退院日はこの日にしてもらった。引き続き入院も可能なのだが、父がどうしても帰りたいと言ったらしい。まあ、神経質な父が相部屋に耐えられるはずがない。
「車近くまで回してくる」
駐車場への出口に向かっている最中に、慶が颯爽と駐車場に向かって先に走っていった。慶は今日、勤務先の病院へ車で行き、午後休みを取ってそのまま車でこちらの病院へきてくれたのだ。慶がいてくれることは精神的にも心強いけれど、人手としても有り難い。
慶が車を取りにいってくれている間に、母が結婚式の話をし、
「俺はそんな茶番につきあう気はない」
と、父に言われ、母が「そうですか……」とシュンとなり、気まずい雰囲気が流れ………
沈黙の中、慶が駐車場口の近くまで車を寄せてくれたのを確認して、捻挫が完治していない父を支えながら再び歩きはじめたのだが……
「!」
柱の陰から飛びだしてきた人影に驚いて足を止めた。
「浩介先生」
「………え」
そこには、ここにいるはずもない人物の姿が……
「三好、さん」
約二か月ぶりに見る、三好羅々、だった。
**
「どうしてここに……」
「先生のあと、つけてきたの」
二か月前と少しも変わらない三好羅々。小柄で不健康に痩せこけていて目がギョロッとしている。か細い声が言葉を続ける。
「今日、先生誕生日でしょ? だから会いたくて学校の前で待ってたら、先生、午後すぐ出てきたから」
「………」
今日の午後は休みをもらって、そのまま電車で病院まできたのだ。
「浩介? こちらは……教え子さん?」
「いや……」
「恋人、です」
母の問いかけに、羅々がキッパリと答える。
「恋人、です。私、浩介先生と付き合ってます。これが証拠の写真です」
おもむろに携帯の画面を母につきだす羅々。
「何の写真……」
「見るなっ」
「!」
慶の鋭い声にビクッとなって、覗き込もうとしていたのをやめる。
「慶?」
「浩介、お前は絶対に見るな」
「あ………うん」
「どういうことだ?」
慶が羅々に詰め寄る。
「写真は陶子さんが全部削除したって……」
「消される前に、前使ってた携帯にデータコピーしておいたんだよ。こんな記念の写真、消すなんてもったいないでしょ」
「………っ」
卑屈な笑顔を浮かべた羅々……
彼女は3か月前に、おれに睡眠薬を飲ませ、おれと性行為をしているように見える写真を撮って、慶にメールで送りつけたのだ。おれは見ていないので知らないが、相当衝撃的な写真だったそうで、慶はその写真のせいでしばらく様子がおかしくなってしまった……。
羅々が明るい口調で父と母に向き直る。
「浩介先生のお父さん、お母さんですよね? 初めまして。私、三好羅々っていいます。浩介先生とは恋人で……」
「三好さんっ」
「これが証拠です。違うっていうなら、訴えますよ?」
「………」
父がおれから手を離し、羅々に向かって「見せなさい」と手を伸ばした。慶が止めようとしたけれど父に目で制され黙ってしまう。
「はい。どうぞ」
羅々が、嬉しそうに父に携帯の画面を見せる。母がすぐに老眼鏡を父に渡し、二人で携帯の画面を見ていたが……
「ああ、残念だわ……」
「え」
母が非常に残念そうにため息をついた。
「お母さん、残念って……」
「だって浩介、前に、自分は渋谷君以外の人とは……、あの、できないって言ってたじゃない?」
「あ……うん」
前回の母との合同カウンセリングの際、母があまりにも「結婚」とか「子供」とか言うので、頭にきて「おれは慶以外の人間には勃たないんだよ!」と叫んでしまったのだ。
母は頬に手をあてたままブツブツと、
「それじゃあ、しょうがないのかも……でも本当にそうなのかしら……って思ってたんだけど」
「え」
女ともできるんじゃないか、と言いたいのか? でもその写真は………っ
「お母さん、違うんですっ」
「そうなのねえ……」
「違うんです、その写真は……っ」
「やっぱり、本当に、渋谷君以外の人とはできないのねえ、あなた」
「睡眠や………、え?」
ほうっとため息をついた母……。今なんて……?
「あああ。残念だわあ。一瞬、孫の誕生を期待したのに。やっぱりダメなのねえ……」
「え、え?」
何だかあいかわらず失礼なことを言っているけれども、それはこの際、置いておいて。
「お母さん、その写真……」
「浩介、これ意識ないでしょう? 寝てるところを無理矢理手を回したりして撮られたのね?」
「なんで……」
「息子の寝顔なんて小さい頃からずっと見てきたんだから、寝てるかどうかなんてちゃんと分かるわよ」
お母さん……
ちょっと感動してしまったおれをよそに、母はまた大きくため息をついた。
「こんな若いお嬢さんに抱きつかれても寝てるなんて、ホントにダメなのねえ……」
「………」
「あの、違うんですっ」
羅々が慌てたように言い繕う。
「それは、終わった直後に先生寝ちゃって、それで……」
「君は先ほど、訴える、と言ったが何を訴える気だ?」
「え」
鋭く響く父の声に、羅々がビクっとなる。父の声、80歳過ぎてもまだ健在だ。
「それはその……」
「これが睡眠中に撮られたものだとしても、意識があったとしても、この写真はすべて君が自分の意思で撮ったということは明白」
「あの……」
「この写真の君が微笑んでいることや『恋人』と宣言していることからも、強姦等で訴えるということはありえない」
「…………」
「自由恋愛に法的な責任は生じない。婚約破棄での慰謝料請求ということなら、まず、婚約状態にあったという証拠と、男側に非があったという証拠を提出しなさい」
「え………」
さすが父だ。立て板に水の正論の洪水。
「三好さん」
呆然と立ち尽くしている羅々に冷静に声をかける。
「おれの父、弁護士だから。そういう脅し、まったく効果ないから」
「…………」
父は「ふん」と鼻で息をして、老眼鏡を母に渡すと「行くぞ」と言って、おれの腕に掴まった。
母は、あらあらまあまあ、と言いながらバッグに老眼鏡をしまい、羅々を振り返る。
「三好さん、は、浩介のことが好きなのね?」
「…………」
羅々は唇を噛んでうつむいたままだ。気にせず母が続ける。
「残念だわ。私もねえ、普通の女の子がお嫁に来てくれたらどんなにありがたいか……」
「お母さん?」
ホントにこの人は……っ。怒鳴ってやろうかと思ったところで、
「でもね」
静かに母がつぶやくようにいった。
「浩介、渋谷くんじゃないとダメなんですって」
「!」
驚きのあまり、心臓が止まるかと思った。
母は淡々と羅々に語りかけている。
「残念だけどあきらめてね。あなたまだ若いんだから、他に相手なんていくらでもいるでしょう」
「…………」
「それにこんな写真、どうやって撮ったか知らないけど……こんなの残ってたら自分が傷つくわよ?」
「…………」
「すぐ消しなさい。お嫁に行くときにこんなの出回ったら大変よ」
羅々は携帯を握りしめたまま俯いている……。
「浩介」
慶の声に振り返ると、慶が車の鍵をつきだしていた。
「おれ、電車で三好さんのこと送っていくから」
「あ……うん」
鍵を渡すときに一瞬ぎゅっと手を握ってくれた慶。握り返したかったけれど、親の目があるからかサッと離されてしまった。でも、充分、愛おしさが伝わってきた。
「渋谷君、それじゃ、火曜日よろしくね」
「はい」
慶が母の呼びかけに軽く肯く。平日休みのないおれとは違い、慶は毎週火曜日が休みなので、父の次回の診察を火曜日にして、慶に送迎をしてもらうことになったのだ。
「じゃあ……慶、ごめんね」
「ん」
慶が手をひらひら振ってくれる。その横で三好羅々は地面を見ながらまだじっと固まっていた。
***
結局、実家で夕飯を食べてから帰宅することになった。
慶は「おれは陶子さんと話があるから」と言って戻って来なかったので、両親と3人だけで食べた。誕生日に親子3人で食卓を囲むなんて、何年振りだろう。高校卒業以来じゃないだろうか。
母は事前にケーキを買ってきてくれていた。ちゃんと慶の分もあったことが、とても嬉しい。
父はあいかわらず黙々と食べていたけれども、以前は自分が食べ終わるとさっさと席を立ってしまう人だったのに、今回は食後もずっと座っていた。ただ単に、誰かの手を借りないと二階に行くことができないから座っていただけなのかもしれないけれど、ポツリポツリとおれに今の仕事について聞いてきたりして……。
「隙があるから付け込まれるんだ。人との距離感をきちんと考えて行動しろ」
「………はい」
三好羅々の件について説明すると、淡々と説教された。不思議と怖くはなかった。
「今日はありがとうございました」
頭を下げると、父はまた面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした上で、
「もし、また何か言ってきたらこっちに回せ。あんなのはどうとでもなる」
「………助かります」
頼もしい、と思った。
父に対してそんなことを思える自分に驚いた。
「お父さん、ちょっと変わりましたよね」
食事の後片付けを手伝いながら母に言うと、
「そうね……庄司さんと喧嘩して、事務所に行かなくなってから、少し柔らかくなったかも」
庄司さん、というのは父の下でずっと働いていて、父の事務所を継いだ人だ。父が引退後も干渉しすぎたことが原因で、今はまったく連絡を取っていないらしい。
「あなたも帰ってきたことだし、庄司さんには今度のお正月は来てくれるようお願いしようと思って」
「そうですね。僕も今度、事務所に挨拶に行こうと思ってます」
「あらそう? じゃあ、一緒に……」
「いえ、一人で大丈夫です」
即答で断ると、母は「でも」と言いかけてから、ふうっと大きくため息をついた。
「こういうところがダメなのよね……」
「え?」
母は洗い物の手を休めることなく言葉を続けた。
「先生に言われたの。息子さんはもう大人なんだから、過保護になりすぎてはいけないって。頼ってきた時だけ力を貸してあげなさいって」
「…………」
母は現在、メンタルクリニックに通院している。おれの担当は戸田先生という30代の女性だが、母の担当は白い長いヒゲが印象的な初老の先生だ。
母は下を向いたままぽつりといった。
「だから、何か困ったことがあったときはちゃんと言ってね?」
「…………はい」
今困っていることは、両親との関係。その本人にそんなこと言われても……とひねくれたことを思わないでもないけれど……でも。
ちょっと、嬉しかった。
**
帰宅後、すぐに慶にケーキを出してあげた。
「おしゃれなケーキだなー」
嬉しそうに食べてくれる慶。こちらまで幸せになる笑顔。
「これどこのだ?」
「うちの近くのショッピングセンターに入ってるケーキ屋だって」
「へ~こんな店あったっけなあ」
今度行ってみような?と言ってくれる慶がとてつもなく愛おしい。
食べ終わり、コーヒーを持って二人でソファに移動したところで、慶があらたまった様子でおれを見上げた。
「浩介」
「は、はい」
そんな、あらためて名前を呼ばれると緊張してしまう。なんだろう、と次の言葉を待っていたら、
「誕生日、おめでとう」
「はい?」
あ、それ?
「あいかわらず、プレゼント何もない。何が欲しい?」
「えーと……」
この会話、毎年してる。もうかれこれ何回目、何十回目だろう。
悩んでいたら、慶がポンと膝をたたいてきた。
「こないだ、結婚式、とか変なこと言ってたな?」
「あー……うん」
でも、慶はそういうの嫌だよね……?
言うと、慶は腕組みをして、うんうん唸っていたが、
「まあ……いいぞ。式は遠慮したいけど、写真くらいなら……」
「え?!ホントに?!」
「でも、おれ、ドレスは着ないぞ?」
「当たり前でしょ!!」
何言ってんの! ビックリして叫ぶと、慶は苦笑しつつ、
「お前、昔っから、おれが女扱いされるのすっげー嫌がるよな? なんで?」
「なんでって……」
そりゃあ、慶は中性的でとても綺麗な顔をしているので、女性の格好をして本格的にメイクなんかしたら、見た目だけはものすごい美女になるだろう。同級生達もよく「渋谷が女だったらいいのに」っていっていたくらいだ。
でも、慶が女顔なことや背が低めなことにコンプレックスを持っていることはよく知ってる。だから言葉遣いも悪いんだと思う。そんな慶に、女の格好なんて絶対にさせたくない。
それに何より、おれの慶は、男の中の男。一本筋が通っていて真っ直ぐで、揺るぎなくて……
「慶は男!だもん。女の格好なんてしたら絶対浮くよ。似合わないよ」
「……だよな」
慶は嬉しそうに笑い、おれの頭を引き寄せると、コツンとおでこをくっつけた。そして、つぶやくように言った。
「おれ、お前のそういうとこ、すげー好き」
「え!?」
え、何その嬉しい発言!
「おれのことちゃんと見てくれてるんだなーって思う。ちゃんと見てるから、おれのこと分かるんだろ」
「うん。見てる。分かる」
軽く頬にキスをすると、慶が笑いをこらえながら言った。
「お前もドレス着なくていいからな?」
「……当たり前でしょ」
どちらかがドレスを着なくちゃいけないって発想が間違ってるんだ。女装趣味のある人や女性になりたい人ならともかく、男同士なら男同士で、そのままでいいじゃないか。何かおかしい? おかしくないだろ。
「んー、じゃあ、いつにしようか? 記念日に合わせたいな~」
「記念日?」
「直近の記念日は……初めてキスした記念日」
「は?」
慶がきょとんとする。
慶ってホントこういうこと覚えてないよなあ。って、おれが覚えすぎ? おれが乙女なのか?そうなのか?
「それ、いつ?」
「………覚えてないの?」
「ああ? え? うーんと……」
天井を見上げる慶……
「高2の文化祭の後夜祭の時だから……」
「あ、それは覚えてるんだ?」
「そりゃ覚えてるだろ」
それは嬉しい。
「10月末くらいか?」
「おしい。11月3日だよ」
「あーそうだっけ?」
慶が頬をかきながら、ぶつぶつという。
「お前、ホントそういうのいっぱい覚えてるよな」
「うん。ちなみに今日も記念日です」
人差し指をたてると、慶が首を傾げた。
「そりゃ、お前の誕生日だろ?」
「じゃなくて、あることを初めてした記念日です」
「あああ? なんだよ?」
慶、眉間にシワが寄ってる。全然わからないらしい。そうかあ。わからないか……
「いや、わからないならいいです」
「なんだよ! 気になるだろ! 教えろよ!」
「えー」
「ヒント、ヒント!」
慶に詰め寄られ、んーと唸る。
「ヒントは……あることを慶が初めておれにしてくれた記念日です」
「あること? 初めて?」
「おれが大学一年で、慶が浪人生の時でー」
「浪人の時……」
「場所は、いつも行ってたー」
「わああああっ」
思いだした、らしい。慌てた様子の慶に口を押さえられた。
「わかった。みなまで言うな。つか、そんなこと覚えてるなっ忘れろっ」
「やだよっあんな可愛い慶、忘れられるわけないでしょっ」
「可愛い言うなっ」
あいかわらず可愛い慶が言う。こうなるとからかいたくてしょうがなくなる。
「あー、じゃ、決めた。とりあえずの誕生日プレゼントはその時と同じでお願いします」
「その時と同じ?」
「うん。慶の精……」
「わあああああっ」
再び口を押さえつけられる。
「お前ホントいい加減にしろよ? いい歳した大人が恥ずかしいっ」
「別にいいじゃん。誰も聞いてないんだから」
「おれが聞いてる。おれが恥ずかしいっ」
慶、真っ赤になってしまった。本当に、可愛すぎる人だ。
「それじゃあ、言わない。言わないけど、ください」
「…………」
言うと、慶は「ばかじゃねーの」とあきれたようにつぶやいてから、かみつくようなキスを返してくれた。
今日は本当に本当に、幸せな誕生日だ。
-------
以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!
書きたいことがありすぎて、またまた長々と長くなってしまいました。
最後のクイズの答えは、「R18・初めてのF」のことでした。
はい。単なる下ネタです。
次回がおそらく「あいじょうのかたち」は最終回になります。
(まだ書いてないので本当に最終回になるかは???ですが)
どうぞよろしくお願いいたします!
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おかげでここまで書いてこられました。
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