突然、浩介が言い出した。
「結婚式、しようよ」
「…………へ?」
思わず飲んでいたワインを吹きそうになってしまった。
結婚式????
「何言ってんのお前?」
「やっぱりケジメだよケジメ。認めさせるには形で見せるのが一番だから!」
「……………あー、そう」
肯いてから、これ何て名前のチーズだ? と皿にのったチーズをつまんで首を傾げると、
「もーーー!真面目に聞いてよ!」
と、浩介が怒り出した。
「あー、わかったわかった」
「わかってない!」
プリプリ怒ってる浩介。なんか可愛くて面白くて笑ってしまうと、浩介はますます怒りだした。
「するからね! 結婚式! するから!」
「はいはい」
「はいはいじゃないっ」
本気らしい。目がマジだ。
認めさせるには形で見せる……。でも、形で見せたら認めてくれるのか?が問題だ。
今日は8月の最終土曜日。
目黒樹理亜の働いている、陶子さんのお店に来ている。
陶子さんのお店は、普段は女性限定なのだが、偶数月の最終土曜日の夜だけ、男性のカップルも入店が許されるのだ。
浩介の母親との1回目の合同カウンセリングから3週間。
今日の午後、第2回目の合同カウンセリングが行われたのだが……
「なんなのあのおばさん。天然のフリして、絶対悪意あるよね。あー信じられないっ」
「まあまあ……」
病院を出てから、浩介はずっとこの調子でブツブツ怒っていた。
理由は、浩介が「結婚しない」とハッキリと言っているのにも関わらず、浩介の母親がことあるごとに「結婚したら」だの「子供がうまれたら」だの言っていたからだ。
母親は主治医の先生から「そういうことは言ってはいけない」と言われているそうだが、どうしてもポロッと本音が出てしまうらしい。
宿題に出されていた『母親に教えてほしいレシピ』一覧を提出した際も、浩介の母親は、それはそれは嬉しそうにそのレシピを眺めていたのだが、ポロッと「こういうのはお嫁さんに教えてあげたかったわ」と言って、浩介のこめかみに何本も血管を浮き上がらせた。
そして、その後もそのポロッは続き……カウンセリングの最後の方で、とうとう堪忍袋の緒が切れた浩介が、
「だから、おれは慶以外の人間には勃たないんだよ!」
と、大声で叫び、浩介の母親が目を白黒させ、戸田先生が笑いをこらえ切れず下を向いて肩を震わせ、おれは、あーあ、とため息をついた、という一幕まであったのだが……
でも、いい傾向なんじゃないだろうか。なんだか、普通の「仲が悪い親子」になってきたようにみえる。
「結婚式。結婚式……。前に慶のご両親は、やったら?って言ってくれたんだよね」
「ああ……3年以上前の話だけどな」
姉の娘の結婚式に出席した帰り道、「結婚式すればいいじゃないか」と言ってくれた両親。まあ、単にそれにかこつけて旅行がしたいだけなんだろうけど……。
「休みが合わないから、旅行がてら、は無理だね。軽井沢とかちょっといいなとか思うけど」
「そうだな。まあ、土曜の夜か日曜で、横浜近辺がいいかもな」
おれ達は今、東京都内に住んでいるが、両方の実家は横浜で、おれの姉も妹も横浜市内在住なのだ。
浩介が楽し気に指を立てて揺らした。
「じゃあ、式は、和、洋、どっちがいい?」
「え、式までするのか?」
そんな本格的に?! おれが驚くと浩介はきょとんとした。
「え、じゃ、何するの?」
「えーと……食事会的な?」
答えるなり、ムーッとする浩介。
「えーつまんなーい」
「つまんなくねえよ。何の宗教も信じてねーのにどの神様に誓うんだよ?」
「えー、いいじゃん。その時だけキリスト教徒になろうよー」
そんな無茶苦茶な。
「もちろん神社でもいいよ。慶、紋付袴も似合いそう~」
「え!?」
も、紋付袴?!
「そんなちゃんと衣装も着るのか?!」
「着るよ!おれは着たくないけど慶には着てほしい!」
なんだそりゃ……
頭を抱えたくなったおれを置いて、浩介はやけに楽しそうだ。
「あ~慶、白のタキシードも似合うだろうな~シルバーも捨てがたいけどな~」
「なんだそりゃ……」
本当に頭を抱えたところで、
「なになになになに何の話!?」
カウンターの向こうから樹理亜が食い付いてきた。
「白のタキシードって、慶先生、結婚するの?! 誰と?!」
「誰とって、おれに決まってるでしょ!」
カウンターテーブルをバンバン叩いて、がなる浩介。そんなムキにならなくても……
でも樹理亜は全然動じず、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
「もう、冗談だよ~。ねえじゃあ、式するってこと~? よんでよんで~!」
「絶対ヤダ。目黒さん、平気で白いドレスとか着てきそうだもん」
「着てく着てく~それで慶先生と写真撮りたーい」
「絶対だめっ」
浩介がブウっとふくれてる。子供相手に何をムキになってるんだこいつは……。
と、そこへ。
「なんかホントおめでたいよね、あんたたち……」
「あ」
おそろしく暗~い声。振り返ると、見た目中学生の男の子が暗~く立っていた。樹理亜に片思いしているユウキという少年……心は男性で体は女性という子、だ。樹理亜は彼を見るなり、パチンと両手を合わせた。
「あ、ユウキー!久しぶりー。全然来ないから心配したよー」
「え」
底抜けに明るい樹理亜の声に、ユウキの頬が緩む。
「心配した? 樹理、ボクのこと、心配してくれてたの?」
「そりゃするよー。ラインも未読スルーだしさっ」
「ごめんね。ちょっと携帯見れてなくて」
おめでたいのはどっちだ。さっきの暗い表情はどこへやら、もう嬉しそうな顔になって浩介の隣のカウンターの席に腰かけている。
「何してたのー?」
「うん。大学。ずっとサボってたから、補修レポートとか色々」
「わあ、レポートとかって何かカッコイー! すごーい!」
樹理亜の能天気な拍手にユウキはデレデレだ。この子、見た目は中学生だけれど、大学生だったらしい。
「そこの先生達の出身校みたいな一流大学じゃないけど、でも、大学は大学だから出ておいて損はないと思ってさ」
「そりゃそうだよー。あたし高卒だよー。あ、でも、来月からネイルの学校行くんだ~」
「あ、そうなんだ」
ふっと笑ったユウキ。
「すごいね。樹理、頑張るね」
「うん。頑張るよー。ユウキは? ユウキは大学で何してるの?」
「ボクは……」
眩しいような目をして、ユウキは樹理亜を見上げた。
「ボクは英語の勉強してるよ。翻訳家になりたくて、英文科に入ったからさ」
「ってことはユウキ英語喋れるの? すごーい!」
「うん……でもね」
ユウキはオレンジ色の飲み物の入ったグラスを両手で囲みながらポツリといった。
「でも、ボクより喋れる人なんかいくらでもいて、それでなんか落ち込んじゃって……」
「えー!そんなの当たり前じゃーん!」
「え」
樹理亜は、手をひらひらと振ると、あっけらかんと言いきった。
「アメリカ人なんか子供でもみんな英語喋ってるじゃーん!」
「……っ」
思わず、おれも浩介も吹き出してしまった。
いや、確かに、英語圏の子供はみんな英語喋ってるけど!
でも、ユウキは笑わず、真剣な顔をして小さくつぶやいた。
「そうだね……ホント、そうだよね……」
「そうだよー? ……あ、はーい! 今行きまーす!」
テーブル席の客に樹理亜は返事をすると、「じゃ、ごゆっくりー」と言い残してカウンターの中からいなくなった。
取り残されたおれ達……。これはユウキも一緒に飲むべきなのか、迷うところだが……
「あの」
その迷いを察したのか、ユウキの方からこちらに声をかけてきた。そしてしおらしく頭を下げてくる。
「今さらなんですけど……、メールと書きこみのこと、スミマセンでした」
「あ、いや……」
このユウキに、おれに男の恋人がいる、と勤務先の病院に匿名のメールをされ、それがきっかけでおれはカミングアウトすることになったのだ。今となっては、カミングアウトできて良かったと思わないでもないので、ユウキに対して怒りはない。
ユウキは引き続き真面目な顔をしたまま、言葉を続けた。
「それから、こないだもスミマセンでした」
「え、ああ……」
2か月前、「樹理亜の前からいなくなってくれ」と、からまれたのだ。最後には「ムカつく」と吐き捨てるように言われたような……。
「あれからボク、先生に言われたことすごく考えて……それで大学も真面目に行くことにしたんだけど」
「あ、そうなんだ」
正直、何を言ったのかあまり覚えていない……なんて言えない雰囲気なので誤魔化すことにする。
ユウキは淡々と続ける。
「それで、ボクも努力してみようって思ったんだけど……でも、やっぱり自信なくなっちゃって……」
「……………」
「でも、さっきの樹理の言葉聞いたらなんか悩んでるの馬鹿馬鹿しくなってきた」
「………そっか」
ユウキは、グラスの中の飲み物を一気に飲み干すと、すっと立ち上がった。
「ボク、頑張るよ。真面目に頑張って、樹理に認めてもらえるようになる。先生に負けない良い男になる」
キリッとした目で言いきるユウキ。そして「じゃ」と軽く頭を下げると出口に向かって歩いていってしまった。
「………若いねえ」
ユウキの後ろ姿を見送り、浩介がふうっとため息まじりにいった。
「なんか、人生これからって感じでキラキラしてるね。2か月前とは大違い」
「うーん……」
思わず腕を組み、首を傾げてしまう。
「2か月前、おれ、何言ったんだっけ? そんな考えさせられるようなこと言ったか?」
「覚えてないの?」
わーヒドーイ。という浩介。そう言われても覚えてないものは覚えてない。
「お前覚えてる? おれ何言った?」
「えとねえ……、良い大学に入ったのも医者になったのも、努力の積み重ねの結果なんだから、それをズルイと言われる筋合いはない!みたいな」
「あー……それな。言った言った」
そんなただの会話の一端で、心を入れ替えて大学行きはじめるなんて、あの子はそうとう素直な子なんだろう……
「それからー」
「なんだよ?」
いきなり、浩介がニコニコと、おれの手をぎゅーっと握ってきた。なんだなんだ?
浩介はこの上なくへらへらした顔をすると、
「慶、『おれはこいつ以外、愛せない』って言ってくれた!」
「……あー」
「おれも慶以外愛せないからねっ」
「あーはいはい」
そういえばそんな会話したな。
軽く肯くと、浩介がまた、もーッと怒りだした。
「反応薄っ!薄すぎっ!冷たすぎっ」
「そういわれても……」
浩介はぶつぶつぶつぶつ言っている。
「慶って、おれが言うことに対していつも反応薄いよね。おれなんか、慶が甘いこと言ってくれたらすぐに舞い上がっちゃうのに、慶はおれが何言ってもいつもシラ~ッとしてる!」
「そんなことは……」
「あるでしょ!」
「…………」
否定できない……。
「やっぱりさ、おれ、大好きとかそういうこと言い過ぎてんのかな。言うのやめればいいのかな」
「え」
「慶、絶対言わないもんね。おれがいくら言っても、『うん』とか『知ってる』とかそんなことしか言わないし」
「…………」
「うん。やめよう。今からやめる。もう言わない!」
「…………」
ふんっと言いたげに、浩介は両ほほに頬杖をついた。今日の合同カウンセリングで興奮したことや、少しアルコールが入っているせいもあるのか、今日の浩介はいつもにも増して子供っぽいというか何というか……
「浩介」
「…………なに」
浩介は頬杖をして、前を向いたままだ。
テーブル席の方で何やら盛り上がっているので、端にあるカウンター席にはおれ達しかいない。誰もこちらを見ていないし、見られたとしても、この店内ではおれ達が恋人同士であることを隠す必要はないので、多少バカップルっぽいことをしても、まあ大丈夫だろう。
そんなことを冷静に考えてから(やはりおれはわりといつでも冷静だ)、浩介の左手を頬からはがして、ぎゅっと握り、耳元に唇を寄せ、ささやいた。
「………大好きだよ」
「…………っ」
途端に真っ赤になる浩介。……面白い。
「……慶っ」
「何だ」
他の客から見えない角度で、浩介の耳たぶをくわえると、ますます赤くなり俯いた。
「ずるいよ、慶……」
「何が」
「いつも言わないから、こんな風に言われたらどうしていいか分かんない」
「………」
耳から離し、瞳を至近距離で覗き込む。
「嫌か?」
「嫌なわけないじゃん……っ」
浩介が赤面したまま首を激しく振った。
「すごい嬉しすぎてどうしていいか分かんない」
「おれも嬉しいよ?」
「え?」
左手を強く握る。愛おしい体温が伝わってくる。
「おれ、お前に好きっていわれるの、すげー嬉しいよ?」
「慶……」
「あ、でも、もう言ってくれないんだっけ? あー残念だなー」
「うそうそうそっ」
慌てた様子で、おれの手を両手で握り返してくる浩介。
「これからも言うよっ。慶、大好き。大好きだよっ」
「ん」
単純な奴……。笑いそうになるのをなんとかこらえる。
愛おしい。愛おしい浩介。
「だから慶、『ん』じゃなくて……、!」
不満げに尖らせた口に素早くキスをする。
「……好きだよ」
「……慶」
頭おかしくなりそう、という浩介の頭をグリグリなでる。
「じゃあ、やっぱり言うのやめとくか」
「んー……心臓に悪いので時々でいいです」
「時々って」
「時々でいいから、言ってね?」
「ん」
真面目な顔をした浩介の頬を囲み、コツンとおでこをつける。
「ずっと一緒にいような?」
「うん……」
何度も繰り返してきた約束。
「慶、大好き」
「ん」
これからも続く、愛の言葉。
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以上です。最後までお読みくださりありがとうございました!!
浩介のお母さんはあいかわらずなとこありますが、ヒステリーを起こさないだけ成長したといえますかね。
浩介はようやくまともに話ができるようになりましたかね。
でも「あのクソババア」とか言わず、「あのおばさん」と言うあたり、お育ちの良さがでちゃいますね。
ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!
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クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます!
こんな地味な話を読んでいただけて、、、おかげで続きを書くことができています。
皆様がいらっしゃらなかったら、浩介は一生母親とこうして話すこともなかったでしょう。
感謝申し上げます!よろしくければ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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