2015年10月9日(金)
(失敗したなあ……)
今朝から何度目かのため息をつく。
『これが私の愛の形です。彼女や奥さんとしてそばにいられなくても、仕事上のパートナーとしてそばにいられればいい』
昨日の夜、酔っていたとはいえ、同僚の渋谷先生とその恋人であり私の患者でもある桜井氏に、こんな臭いセリフを吐いてしまった。
ヒロ兄への思いは誰にも言わない、と心に決めていたのに……
だいたいあの二人が目の毒なんだ。
同性という壁、両親との確執、その他諸々すべて受け止めて、揺るぎない愛を貫く二人……
(羨ましい……)
そう思わない人がいるだろうか?
だからこそ、張り合うように、ヒロ兄への思いをぶちまけてしまった気がする……
そして間の悪いことに、今日これから、山崎さんに会うことになっている。
山崎さんは渋谷先生達の同級生で、合コンで知りあっただけの間柄なんだけれども、おそらく、私のヒロ兄への思いに気が付いている。観察力のある人なので、用心しなくてはならない。
(ああ、気が重い……)
でも今日は、結婚祝いの会。全然行く気しないのだけれども、行かなくては僻んでいると思われそうで、それはそれで腹が立つから我慢して行くお祝いの会。
今から2か月前、山崎さんと溝部さんと私と私の友人明日香、それプラス4人の合計8人でバーベキューに行ったのだが、そこで知り合った溝部さんの同僚と、私と明日香の中学時代からの友人が、結婚を前提に交際をはじめたそうなのだ。
出会って二週間後に付き合いはじめて、今はもう式場の見学までしているらしい。
『ちょっと展開早すぎじゃないー?』
と、明日香は言っていたけれど、そんなことは全然ない。結婚は勢いとタイミングだ。長く付き合って結婚すればいい、というものでもない。短いからこその利点もたくさんある。押さえるべきポイントの相性さえ良ければ、結婚までの期間は問題ではない。……と、結婚していない私が言うのも何だけど、これは心療内科医として様々な夫婦と接した上で出した結論だ。
(でも、まだ結婚の日にちも決まってないのに、お祝いの会するっていうのはどうなのよ、溝部さん……)
溝部さんが、バーベキューにいった8人でのお祝い会を企画したのだ。
まあ、溝部さんはそれを餌に集まりたいだけなのだろう。おそらく溝部さんの狙いは明日香。明日香もまんざらでもなさそうなので、上手くいってほしい。
(いってくれないと困る……)
溝部さん……少し、ヒロ兄と似ているところがあるのだ。バーベキューの時も、思わず重ねてしまった瞬間が何度かあり、目で追いたくなるのを自制していた。今まで何人の男と『ヒロ兄に似ている』という理由で付き合って、速攻で別れることになったか……。いい加減、学習しなくてはならない。
なんてブツブツ思いながら、待ち合せ時間までの暇潰しに寄った本屋で、
「……あ」
「あ」
バッタリと山崎さんに会ってしまった……
あとちょっとタイミングがずれていたら、気が付かないフリができたのに、こうもバッチリ目が合ってしまったら無視もできない……
「……少し早く着いてしまって」
「私もです」
苦笑気味に山崎さんはうなずくと、持っていた本……『日本の名勝百選』を棚にしまった。
「ご旅行のご予定でも?」
「いえ。写真を見て、行った『つもり』になっていたところです」
「…………」
本屋で行った『つもり』………。面白いな。
「あ、そういえば山崎さんって鉄道研究部だったっておっしゃってましたよね」
「ええ、まあ……」
「電車でご旅行、よくされるんですか?」
「そう………ですね」
何だか話しにくそうなのは何故なんだろう。そういえば、バーベキューの時もヒロ兄の話題を避けるために、ギクシャクしちゃったんだよな……。
(まさか……)
今、ヒロ兄のこと、聞こうとしてないよね……?
まさかとは思うけれど、用心のため余計なことを言われる前に矢継ぎ早に話を続ける。
「先日テレビで鉄道ファンの特集みたんですけど」
「はい」
「撮り鉄、とか、乗り鉄、とか、色々あるんですよね? 山崎さんは何ですか?」
「…………」
山崎さん、なぜか3秒ほど無言で私を見つめたあと、「あ」と我に返り、しどろもどろに答えはじめた。
「……えーと、あえて言うなら、乗り鉄………あ、でも、小中学校時代は、時刻表中心でした」
「時刻表?」
「時刻表を見ながら、旅行に行ったつもりになるんです。ここで乗り換えて、お昼はここの駅弁買って……とか」
「架空旅行……」
「はい」
照れたように山崎さんがうなずいた。何だか可愛らしい。
「架空なんだから、贅沢してもいいのに、特急料金がもったいなくて、ひたすら普通列車を乗り継いだりして……」
少し笑ってから、山崎さんはふっと視線を遠くにやった。
「そうやって電車を乗り継いでいくと、いくらでも遠くに行けるんですよ」
「遠く?」
「ええ。自分の知らない場所………知っている人のいない場所」
「…………」
切ない色の瞳。以前、渋谷先生と桜井氏のことを『24年も同じ気持ちでいられるなんて奇跡』と言った時と同じ色の瞳だ……
でも、小さく息をつき、こちらを向いた時には、また元の淡々とした様子に戻っていた。
「それが楽しくて、自己紹介の愛読書の欄に時刻表って書くくらい時刻表読むの好きでした」
「…………」
(知っている人のいない場所……)
『自分の知らない場所』は、いい。でも、『知っている人のいない場所』は……。小学生、中学生の時に、そんなことを思うなんて……
(……あ、しまった)
うっかり心の奥を覗いてしまった。はじめて会った時にも探ろうとしてしまった奥深さはこれだったのか……
(まずいな……)
こうなると、職業病的に気になってしまうのだ。合コン相手を観察対象にするのは本意ではない。しかも山崎さんは、数分間の視線だけで、私のヒロ兄への想いを見破った人。一筋縄ではいかない気がする。
「ああ、すみません、もう時間ですよね? 行きますか?」
「あ……はい」
山崎さんの後ろを歩きながら、大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。思いの外、動揺している私。
でも、そう思いながらも、一度入ってしまったスイッチはなかなか切れない。
(……山崎卓也、41歳。区役所勤務。母親と二人暮らし。10歳年下の弟は、昨年結婚……)
この人……見た目通りの人ではない。平平凡凡な容姿の下に暗い影の部分がある。細いロープの上を歩いているような危うさ……
(よく今まで壊れなかったな……)
壊れずにいられたのは、何か大きな心の支えがあるからなのだろう……と、分析をはじめたところで、
「戸田さん?」
「あ、はい。はいはい」
きょとん、とした山崎さんに声をかけられ、慌てて追い付く。
(まあ、今後もそんなに会うわけでもないし……)
今日のこの時間くらい観察してもいいだろう。どうせ今日の集まりには、お目当ての人がいる訳でもない。ヒロ兄似の溝部さんに目がいかないようにするためにも、ちょうど良いかもしれない。
「弟さんご結婚されてるっておっしゃってましたけど、今、どこにお住まいなんですか?」
観察対象として情報収集されているとも知らず、山崎さんが真面目に答えてくれる。
「ああ、近所なんです。歩いて20分くらい………あ、渋谷の実家の近くなんですよ」
「え、山崎さんと渋谷先生ってそんな近所にお住まいだったんですか?」
「ええ。でも、学区が違うので、小中は違ったんですけどね」
「あ、そうなんですね……、え?」
いきなり立ち止まられて、今度はこちらがきょとんとしてしまう。
再び無言でこちらを見つめてくる山崎さん……さっきといい、なんなんだ?
「あの……?」
「あ………すみません」
ふっと山崎さんが笑った。
「戸田さん、すごく聞き取りやすくて良い声してますよね」
「…………は?」
何の話?
「いや………すごく良いな、と思って……」
「………………」
なんだそれは。
人の頭の中身をハテナでいっぱいにしてから、山崎さんは再び歩きはじめてしまった。
「…………」
なんだか………ホントに……よくわからない人だ………
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お読みくださりありがとうございました!
「あいじょうのかたち39」の翌日の話になります。
この「あいじょうのかたち39」で、慶と浩介と菜美子の3人で「愛の形」について話しをするシーンがありまして……
今、自分で読み返してみたら、慶と浩介がリア充過ぎてツラくなってきました。山崎頑張ろう!^^;
ちなみに、山崎君の上記発言、声フェチ…………ではありません。
現在、音楽祭の司会選考をしている最中のため、ついつい声に注目してしまっただけなのでした。
そんな感じで次回もどうぞよろしくお願いいたします!!
そしてそして。クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
有り難すぎて、、、画面に向かって拝んでおります。
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!
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