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風のゆくえには~たずさえて13-2(山崎視点)

2016年07月31日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

***

 オレ達が渋谷の勤務する病院の最寄り駅に着いたところ、ちょうど渋谷が横断歩道の向こう側に立っていた。こちらに手を振ってきた渋谷の姿を見て、庄司先生がはしゃいだように手を叩いてウケている。

「浩介君! 確かにありゃ天使だな!」
「でしょ?!」

 満足そうにうなずいている桜井。ホント、親バカならぬ恋人バカ?

(ホント、幸せな奴だよな……)

 呆れながらも、ちょっと羨ましくなりながら、渋谷に手を挙げた……ところで、

「あ」
 その後ろに戸田さんの姿を見つけてドキッとしてしまう。今日は水曜日。病院の日じゃないはずなのに……

(気まずい……)

 昨日、戸田さんがストーカーへの恐怖からオレに抱きついてきたのに対し、オレはみっともなくワタワタしてしまい、戸田さんに大笑いされる、という事件(事件?)があり……。その後、無事に家に送り届けたものの、あの時のことを思いだすと顔から火が出るほど恥ずかしくて……。そのくせ、あの時に感じた戸田さんの柔らかい感触とかフワッとした匂いとかが頭の中で何度も勝手に再現されて、自分でも中学生か!とツッコミたくなっていて……。
 それもあって、今日は飲みたかったんだけど、まさか、その原因の張本人に会ってしまうとは……


「…………え?!」

 さらに……心臓が止まるかと思った。

 横から走ってきて、戸田さんと渋谷に話しかけた、かなり見栄えの良い中年男性……

(あの時の……)

 夏に戸田さんを駅まで迎えに行った時に、車で送ってきた男性だ。
 あの時の戸田さんの視線は忘れられない。愛しさと切なさの入り混じった、深い深い光……。
 彼女はこの人のことが好きなんだ、と確信できるような光だった。

 おそらく、不倫とか、人には隠さなくてはならない関係……

 だと、勝手に思っていたのだけれども。


「あ、峰先生だ」

 桜井の言葉に、ハッと振り返る。

「え? 誰?」
「峰先生。慶の病院の院長だよ」
「は?!」

 い、院長?!

「それで、戸田先生の、幼なじみっていうのかな。近所に住んでるお兄さん、らしいよ」
「……………」

 お兄さん……? なんだそれ……
 状況がつかめなくて、頭の中がハテナでいっぱいになっているところで、

「おーーー! 区役所君!」
「……っ」

 よく通る声。信号が青になり、その峰先生が手を振りながらこちらに向かって歩いてきている。
 区役所君って……確実にオレのことだよな……

「区役所君も一緒に飲みに行こう!」
「え……」
「ちょっと、院長! 失礼でしょ」

 困ったように、戸田さんが峰先生のあげた腕を下ろそうとして、逆の手で押し返されて「もうっ」とか怒っていて……

「…………」
 その入りこめない雰囲気に、胸がぎゅっと掴まれたようになったのは、たぶん気のせいじゃない。

 桜井は桜井で、嬉々として、庄司先生に渋谷を紹介している。庄司先生も何だか嬉しそうに渋谷に話かけていて……。そして、庄司先生に何か言われた渋谷が、桜井を蹴っていた。相変わらずだな………

 このお似合いの2カップルと、弁護士先生とオレ……。いったいどういう取り合わせだ。



***



 そうして奇妙な面子で始まった飲み会。
 医者が3人、教師1人、弁護士1人。オレ以外全員「先生」だ……。

 でも、小難しい話をするわけでもなく、ほぼ、峰先生と庄司先生のサッカー話で終わった。二人とも学生時代はサッカー部だったらしい。同年代の二人は妙に気が合って、初対面にも関わらず、帰る頃には旧知の仲のようになっていた(なんとなくノリも似ているこの2人)。

「区役所くーん、菜美子のこと送ってってやってー」

 へらへらと峰先生が言う。オレの本名を覚える気はないらしい。

「オレは庄司さんともう一軒行く!」
「行くぞ峰!」

 50代の二人は肩を組んで意味の分からない歌を歌いながら行ってしまった。

 おいおい、彼女を他の男に任せて自分は飲みに行くってどういうことだよ……

「じゃ、おれたちも帰るな」
「今日はありがとうね」

 渋谷と桜井もさっさと二人で寄り添っていってしまい……


「…………」
「…………」

 残されたオレと戸田さん、顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

「あの……送ります」
「あ………、はい。お願いします」

 一瞬の間のあと、戸田さんは肯いてくれた。………断られるかと思った。


 夜道を歩きながら、隣の戸田さんをチラチラ見てしまう。

 さっきの飲み会での戸田さん……
 峰先生が調子のいいことを言ったりするのを、呆れながら……しょうがないなあって顔をしながら見つめていた。幸せそうで、それでいて悲しそうな表情で………

 そして、峰先生の戸田さんへの視線は、いつもすごく温かくて……。すっかり見せつけられてしまった。

 その度に、グサグサと心臓に尖ったものが突き刺さっていたオレ。本当に何の罰ゲームだ……。


「峰先生と戸田さん、すごく仲いいんですね。お似合いです」

 気持ちを割りきろうと、わざとらしいくらい明るく言ったが、

「そう………ですか?」

 戸田さんはそう言ったきり、黙ってしまった。

(なんだ?まずかった?)

 気まずい沈黙………。
 耐えきれなくて何か言おうとしたところで、ようやく戸田さんがポツンと言った。

「17年」
「え?」

 何を言われたか分からず聞き返す。

「じゅう………?」
「17年、です。片想い歴17年」
「え…………」

 かた……おもい?

「気がついた時には、奴は結婚するところで」
「………」
「奴にとっては、私は妹でしかなくて」

 妹……?
 え……二人、付き合ってるんじゃないのか?
 峰先生のあの視線は妹を慈しむ温かさということなのか……?

 オレの疑問に答えるように、戸田さんが淡々と話してくれる。

「一度告白したこともあるんですけど、冗談だと思われて流されました」
「…………」

「奴のこと忘れようと、他の人と付き合ったりもしたんですけど、結局長続きしなくて」
「………」

 まっすぐ前を向いたままの戸田さん………

「私の想いはヒロ兄のところで留まったまま。それでそのままずるずる17年」

 17年……高校生の時から………

「たぶん私、一生このままなんでしょうね」
「…………」

 真摯な瞳……

「ずっと、この叶わない思いを抱えたまま生きていくんでしょうね」
「………」

 ふっと笑った戸田さん。

「…………」

 その横顔がとても綺麗でドキッとしてしまう。まるで絵画に描かれた慈愛に満ちた……

「…………天使」
「え?」

 思わず口に出してしまった。聞き返してきた戸田さんに真面目に答える。

「天使、ですよ」
「はい?」

 キョトンとした戸田さん。でも構わず続ける。

「飲みに行く前、桜井が渋谷のことを『天使』だっていってたんですよ」
「?」

 戸田さんが首を傾げた。こういう仕草もいちいち綺麗だ。

「オレは渋谷が天使っていうのには、イマイチ賛同できなくて。でも、そう言ったら桜井に『あれを天使と言わずに何を天使って言うんだ』って怒られました」
「まあ」

 少し笑った戸田さん。

 ああ………やっぱりそうだ。その笑顔は、やっぱりそうだ……

「でも、今なら桜井に答えられます」

 戸田さんのその深い愛情の瞳は……さみしげな微笑みは……

「戸田さんだって」
「え?」

 戸田さんをまっすぐに見つめる。

「戸田さんを天使だって」
「………え?」

「天使だって、答えます」
「…………」

 戸田さん、目をパチパチとさせて……
 それから、カーッと赤くなった。

「あ」

 ヤバイ。オレ今、何言った!?
 赤くなった戸田さんを見て、「すっごい臭いセリフ言った!」と気がついて、どうしようもなく恥ずかしくなってきた。

「すみませんっ、オレ、変なこと言って……っ」
「…………」
 
 でも、戸田さんは無言で下を向いたまま歩いていき……最後の曲がり角で立ち止まった。

「山崎さん……」
「……はい」

 何を言われるんだろう……
 覚悟したオレに戸田さんが言う。

「私、お付き合いする人は、鈍感な人って決めてるんです」
「鈍感な人?」

 なんだそれは。
 眉を寄せると、戸田さんがまた少し笑った。

「私の演技を見破らない人。私が本当はヒロ兄のことが好きって、気がつかない人。そうじゃないと、お互い辛いでしょう?」
「……………」

 それは………

 オレが何か言うよりも先に、戸田さんが深々と頭を下げた。

「送ってくださってありがとうございました」
「え……でも」

 うちまではあと数十メートルある。
 でも、戸田さんは首を振った。

「ごめんなさい」
「え……」
「山崎さんの天使になれなくてごめんなさい」

 それは……

「それから……昨日、迎えに来てくださったこと、とても嬉しかったです」
「…………」

「それに、『何なりとお申し付けください』って言ってくださったことも、すごく嬉しかった」
「…………」

「ありがとう、ございました」

 戸田さんはもう一度頭を下げて………そして、オレに背を向け、いってしまった。

「………………」

 オレは、その背中がマンションに入っていくのを見届けてから、回れ右をした。

 ……………。

 告白する前に振られてしまった……



***



 戸田さんとは、それから一度だけ正月に、バーベキューメンバーのラインのグループ内で「明けましておめでとう」を言い合ったのを最後に、1ヶ月半、まったく連絡を取らなかった。


 忘れなくてはならない。


 そう、思っていたけれど……

 バレンタイン前日の夜、突然、ラインが入った。


『何なりとお申し付けください、はまだ有効ですか?』

『高級チョコレートがあります』

『もし、まだ有効でしたら、食べにきてください』


 そんなの、まだ有効に決まってる。

 


--------------

お読みくださりありがとうございました!
本当は昨日ここまで載せるつもりでした。
次の菜美子視点は2つに分かれます。それは予定通りです。
次の次の話を書くためにここまで書いてきた、といっても過言ではありません。
でも本日終日外出、携帯触る時間皆無。明後日一日で書き終わるのか私?!^^;

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!!
こんな真面目な話なのにすみません……と画面に向かって拝んでおります。
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!


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