2015年11月19日(木)
待ち合わせ時間15分前の新宿駅西口改札。
「…………あれ?」
今日の待ち合わせメンバーの一人、目黒樹理亜が、50代くらいの中年男性と話している………いや、話してるというより、揉めてる?
(父親? ………にしては様子が変だな)
高そうなスーツ、高そうな靴、高そうな時計が目につく。威圧感のあるギョロリとした瞳……
掴まれた手を必死に剥がそうとしている樹理亜……
「樹理ちゃん?」
「……あ」
近づいて声をかけると、樹理亜は、しまった、みたいな表情をして、それからその中年男性を再び見上げた。
「あの、待ち合わせ相手きたのでー、ホントにもう、離して。ホントにもう、無理」
「…………」
中年男性は、樹理亜・掴んだ手・オレ、と視線を移すと、
「あんたいくらで契約した? 俺はその3倍だす」
「は?」
契約?
男の高飛車な言い方に首を傾げる。と、
「だから違うんだってば!」
勢いよく樹理亜が腕を振り払い、ようやく手がほどけた。
「この……っ」
「ちょ、ちょっと……っ」
男がカッとしたように樹理亜に掴みかかろうとするのに、慌てて仲裁に入る。
「何なんですか? 女の子相手にいい大人がそんな……」
「なんだとっ」
「……っ」
胸ぐらをつかまれ、息が詰まる……っ
(わー……なんなんだよ……)
一瞬、たじろいだものの、冷静に様子を見る。周りの人達もチラチラ振り返っている。改札の近くなので駅員もいる。そんなに馬鹿そうな男ではない。これ以上の暴力はないだろう。
「あの……こちらが先約なので、お引き取り願えますか?」
目をしっかり合わせて淡々と言う。
「こちらは5人で約束しています。残りの3人ももう来ますけど」
「5人? それは……」
男が驚いたように何か言いかけたところで、
「山崎さん、樹理ちゃん?」
涼やかな声が聞こえてきた。戸田さんだ。あいかわらずの完璧なメイクと清楚なスーツ姿。自分の職場の女性陣と違って、都会で働く女性、という雰囲気。
「どうかしました?」
「あ、いや……」
男の手が緩んだ隙に、一歩離れて樹理亜と戸田さんを後ろに庇う。
「お引き取り、願えますか?」
「…………」
先ほどのセリフをもう一度言うと、男はようやく諦めたように息をつき、
「樹理亜、いつでも連絡待ってるから」
そう言い残して去っていった。
なんだったんだ………?
オレはもちろん、戸田さんもキョトンとして、樹理亜を振り返ると、
「わー山崎さんありがとーすごーい!いがーい!かっこよかったよー」
バシバシこちらを叩いてきた。わざとらしい明るさ……。
「すごい慣れてる感じだったー山崎さんって実は修羅場切り抜けてる人ー?」
「いや、まあ、区役所って色んな人がくるからね」
あんなのは慣れっこだ。それより……
「それより、樹理ちゃん、今の……」
「お願い!」
パンっと手を合わせた樹理亜。
「今の人のこと、慶先生には言わないで」
「…………」
「…………」
思わず戸田さんを見ると、眉を寄せた戸田さんと目が合った。「どう思います?」と問いかけているような目に、少し肩をすくめてから、樹理亜に向き直る。
「今の人、何だったの? 契約、とか言ってたけど……」
「あー…………」
樹理亜は可愛らしく首をかしげると、
「仕事? みたいな?」
「仕事? モデルとかそういう感じ?」
樹理亜は目のパッチリした美少女なのだ。二十歳になったばかりだけれども、背が低めで童顔なせいか、女子高生と言っても通用する可愛らしさだ。
樹理亜はうんうんと勢いよくうなずき、
「あー、そうそう。そんな感じー。だから二人とも、慶先生には……」
「…………。分かったけど……」
「気を付けてよ?」
戸田さんと口々に言うと、樹理亜はにこーっとして、
「ありがとー!」
えいっと、オレと戸田さんの間に入って、腕を組んできた。あいかわらず人懐っこい子だ………
樹理亜とは、2週間ほど前にはじめて会った。
11月3日。オレが実務責任者を務める区の音楽祭が開催された。
昨年まで司会をしていた同僚が産休に入ることになり、後任を探している、という話を知り合いの結婚祝いの会でしたところ、
「菜美子できますよー。ずっと放送委員やってて、集会の司会とか毎回やってましたよー」
と、戸田さんのお友達に教えてもらった。無理を承知でお願いすると、戸田さんははじめは渋ったものの、その祝いの会のメンバーにもやるようにのせられ、引き受けてくれることになったのだ。
聞き取りやすくて良い声をしている、と思っていた戸田さんの声は、予想以上にマイクを通すとさらに聞き取りやすく、音楽祭実行委員の気難しいお年寄りメンバーにも大好評だった。
音楽祭終了後、「後日お礼をさせてほしい。渋谷と桜井を誘って4人で飲みに行きませんか?」と話していたところ、
「えー!慶先生と飲み! あたしも行きたーい!」
ひょいっと戸田さんの後ろから顔を覗かせたのが樹理亜だった。この日、戸田さんが司会をすることを聞いて応援しにきた、ということだった。樹理亜は渋谷のファンなのだそうだ。
「きゃー! 慶先生ー!」
待ち合わせ時間ピッタリに、渋谷と桜井が連れ立ってやってきた。あいかわらずのキラキライケメン渋谷と、背高めの桜井のコンビはかなり目立つ。
樹理亜が奇声と共に跳ねるように渋谷のところに行き、さっきオレと戸田さんにしたように腕を組もうとしたところ、
「…………」
無言で桜井がその間に割って入り、樹理亜をシッシッと追い払う仕草をした。
さ、桜井、子供相手に大人げない……。
「ちょっと浩介先生! ひどい!」
「ひどくない。慶に気やすく触らないで」
「なによー浩介先生には関係ないでしょー」
「関係あるよ。未来永劫、慶はおれのものだからね。おれの許可なく触れないの」
「じゃ、許可ちょうだい!」
「やだ」
「ケチ!」
わあわあケンカをはじめた二人……。渋谷は慣れっこのようで、二人の様子には気にも止めずに、戸田さんとオレに手をあげると、
「お待たせしました。行きましょうか」
「………おお」
「はい」
戸田さんも苦笑している。歩き出したおれ達に気がついて、桜井と樹理亜も慌てて着いてきたけれど、引き続き渋谷の横を争って揉めている。
(なんか………楽しそうだな)
桜井のあんな様子はじめてみた。いつも桜井は大人しく隅っこの方で微笑んでいる印象があるので、ちょっとびっくりだ。
店に着いても、二人は終始そんな感じだったけれども、唯一、写真を見せてもらった時だけ違った。
写真というのは、ちょうど音楽祭の日に、渋谷と桜井がフォトウェディングというのをしたらしく………
「わあ……すごいー綺麗ー」
ため息をついた樹理亜の横で、オレも思わずため息をついてしまった。
見せてくれたのは、渋谷と桜井とその両親の計6人で撮られた写真。
中央で椅子に座っている和服姿の母親達。その後ろに寄り添うように立っている白いタキシードの渋谷とグレーのタキシードの桜井。その隣にモーニングを着たそれぞれの父親……。
桜井の父親が若干固い表情なものの、幸せそうな雰囲気の伝わってくる……胸にぐっとくる写真だ。
「おめでとうございます」
にっこりとして言った戸田さんに、渋谷と桜井が深々と頭を下げている。詳しくは知らないけれど、この写真を撮るまでには波瀾万丈あったらしい……
「他にないのー?」
「ない」
渋谷がバッサリと言った横で、桜井がニコニコと、
「ホントはすごいのがあるんだけど、慶が恥ずかしいから見せたくないって言ってー」
「浩介、余計なこと言うな」
「えー見たーい!」
「見せたーい!」
「絶対ダメだからなっ」
「えー……」
幸せそうな二人と幸せそうな写真を見ていて、やっぱり結婚っていいのかもなあ……と思ってしまう。
オレの母にも、二人の母親のように幸せそうに笑ってほしい……
その後、酒の回った桜井が、樹理亜に自慢するためにスマホに落としてあった他の写真を見せはじめ、それに気がついた渋谷にボコられて、その様子がおかしくて、戸田さんと二人でゲラゲラ笑ってしまった。なかなか楽しい飲み会だった。
---------------
お読みくださりありがとうございました!
「あいじょうのかたち」最終回から約2週間後のお話でした。
クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!


↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「たずさえて」目次 → こちら