創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

ベベアンの扉(10/22)

2006年10月12日 16時50分16秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
「ああ、よかった。山本さん笑ってくれた」
 緑澤君がホッとしたように言う。
「山本さんの笑った顔っていいよね」
 照れるようなことを真顔で言われた。
「僕ね、入学したときから山本さんに憧れてたんだ。いつも凛としていて、まわりに流されてなくて、一匹狼って感じで格好良くて」
「それは・・・」
 ただ単に、まわりに溶け込めていないだけなんですけど・・・。
「主体性のない僕とは大違いだなって思って憧れてた。でも、遠足で科学館に行ったときに、みんなで花火の映像をみたでしょ? その時の山本さんの笑顔がね、すごくかわいくて・・・。気がついたら好きになってた」
「・・・・・・」
 恥ずかしい。こんなこと言われたの初めてだ。顔が火照ってくる。
 緑澤君のまっすぐな瞳を見ていたら、ふいにお父さんの浮気相手の女性と重なった。
 実は、父母には言っていないのだが、一度だけ見たことがあるのだ。
 父を勤め先の玄関口で待ち伏せして、尾行した際に、妊婦姿の彼女を見ることができた。彼女は父を見つけると、嬉しそうに、今の緑澤君のようなまっすぐな瞳をして父の元に駆け寄ってきた。彼女は、父のことが本当に好きなんだな・・・。
「僕、変わるよ。強くなるよ。これからは僕が山本さんのことを守るよ!」
「ありがとう・・・」
 緑澤君の本気が伝わってくる。
 でも、彼は勘違いしている。私はそんな風に思ってもらえるような人間じゃない。
 いじめグループにもされるがままだし、担任に反抗もできないし、家に帰ってこない父に文句も言えないし、毎日暗い顔をしている母にも正面から向き合ってこなかった。
 私はゆっくりと緑澤君のことを見上げた。
「でも、私は緑澤君が思っているような子じゃないよ。買いかぶってるよ」
「そんなことないよ! だって・・・」
 なおも言い募ろうとした緑澤君に、かぶりをふった。
「そんなことあるんだよ。でもさ・・・そう思ってもらえるような子になりたいな」
「山本さん・・・」
「そのためには、今のままじゃダメだね」
 何もかもから目を背けてばかりの私。でもこのままじゃいけないんだ。
「私、強くなりたい。本当に強くなりたい」
 きょとん、としている緑澤君の手をぎゅっと握りしめる。途端に緑澤君の顔が赤くなる。
「や、山本さん?!」
「ありがとうね。嬉しかった。好きって言ってくれて嬉しかった。花火も嬉しかった。私のほうこそ変わらなくちゃいけないね」
「山本さん・・・?」
 首をかしげた緑澤君を置いて、私は帰路についた。瞼の裏にくっきりと緑澤君の花火の輝きと彼の真剣なまなざしが焼き付いている。
 緑澤君と同じ目をした父の浮気相手。彼女も本気で父のことが好きなんだろう。たぶん父も。それならば・・・母と話し合わなくてはならない。このままでは何も進まない。私も。母さんも。

 それから数日後。
 父と母が離婚をした。私は夏休みに入ってすぐに母の実家の近くに引っ越した。緑澤君とはそれっきり一度も会っていない。
 転校したことで、あのイジメグループや担任から逃げたような感じがして、何だか悔しいけれど、でも、あそこに居続けても私はきっと変わりきることはできなかっただろう。
 転校先では今までと違う自分になることができた。高校を卒業した今、ようやく緑澤君に会う自信がついたというのに・・・。

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ベベアンの扉(9/22)

2006年10月11日 22時34分27秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 気まずい沈黙が流れたまま、私たちは狭い教室の端と端に離れて座っていた。
 しばらくしてチャイムが鳴った。一時間目が終わったらしい。二時間目は体育だったはず。
「? 何してるの?」
 おもむろに、緑澤君がごそごそと棚を探りはじめたのだ。
「ああ、あったあった」
 暗い、思いつめたような顔をした緑澤君が取り出したものは・・・拳銃?!
「なにそれ?!」
「あいつらに思い知らせてやるんだ・・・山本さんの苦しみを・・・」
「ちょ、ちょっと!」
 目が怖い! 目が怖い!
「それ、まさか本物じゃないよね?!」
「違うよ。エアガン。でもあたると結構痛いんだよ・・・」
 ブツブツいいながら、緑澤君は部室を出て行こうとし始めた。これはまずい!
「ちょっと待ってよ! そんなの持っていったら大騒ぎになるわよ!」
「いいよ。なっても。僕、変わらなくちゃ。山本さんを守れるくらい強くならなくちゃ」
 本気だ。この人、本気で言っている。
 そう思ったら何だか涙が出てきた。
 私をそんな風に思ってくれる人がいるなんて・・・。
「れ? 山本さん? どうしたの?!」
 私の涙をみて、緑澤君は我に返ったようだ。
「何で泣いてるの? 僕、何かした?!」
 オロオロしはじめる緑澤君。それをみていたらますます泣けてきて・・・しばらく泣き続けてしまった。緑澤君の肩に顔をうずめながら。


 チャイムが鳴った。二時間目の始まりだ。
 細く開けた窓からグラウンドでクラスメートが準備体操をしている姿が小さく見える。
 それをボケーっとみていたら、なんだか可笑しくなってきた。
 私もあんなに小さな人の一人なんだ。あんなに小さいのに、その中で生きていくのはこんなに難しい。
「このエアガン、結構遠くの標的まで狙えるみたい」
 緑澤君が説明書を読みながら言ってきた。
「ここから撃ってみよう」
「は?!」
 まだ諦めてなかったんだ?!
 戸惑っている私をどかせて、緑澤君は細く空けた窓のサンに銃を置いた。
「チャンス!」
 ちょうど、いじめグループの中心人物である男子がボールを拾うために皆から離れたところだった。
「いけ!」
 たいした音もせず、エアガンは発射された。当たったのか、標的はキョロキョロしている。
「当たった・・・みたいだね」
 私が言うと、緑澤君は私に銃を渡して、
「はい。山本さんもどうぞ」
「えええええ!」
 一度は拒んだものの、緑澤君に強く言われて自分でも打ってみる。
 面白いくらい、撃つたびに、標的がキョロキョロする。たいした衝撃はないけど、何かが当たっている感じがするのだろう。
「あ、担任だ。私この人大嫌い」
「僕も~。撃ってやれ、撃ってやれ!」
 体育の先生である担任は、熱血教師風を吹かせているくせに、私がイジメられていることに気がつかないフリをしている。お気に入りの生徒とだけ上手くやって、それで自分が人気者だと勘違いしている嫌な教師。
「あ、当たったみたい」
 キョロキョロと辺りを見回す姿が滑稽だ。
 こうやってみていると、いつもは巨大なイメージのある、イジメの中心人物も、担任も、タダの人だと思える。この人達の言動に左右されている自分がアホらしくなってきた。
「おかしいね」
「本当。おかしいね」
 二人してクスクス笑いだしてしまった。
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ベベアンの扉(8/22)

2006年10月10日 23時45分30秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
「山本さん、早く! 行くよ!」
 花火の余韻にひたる暇もなく、緑澤君に腕を引かれて階段を駈け降りる。そして四階の階段横にある科学部の部室に押し込まれた。
「ここ、勝手に入って大丈夫なの?」
「大丈夫。今日三年生は芸術鑑賞会で全員いないし、顧問もその付き添い。あとは僕しか部員いないから」
「……すごい計画的」
 驚いた。屋上の鍵や逃げ場所の用意が出来てるってことは、今日のことを何日も前から計画してたっていうこと?
「でも山本さんが早退するっていうのは計画外だったよ。本当は放課後に誘おうと思ってたんだ」
 エヘ、と緑澤君が照れたように笑う。
 ちっとも話が見えてこない。
「ねえ、何で自分も早退してまで、私に花火を見せてくれたの?」
「それは……」
 一瞬で緑澤君の顔が耳まで赤くなった。
「山本さん、花火好きって言ってたからさ。山本さんに喜んで欲しくて」
「え……」
 それはもしかして・・・
「僕、山本さんのことが好きなんです」
 緑澤君はかわいそうなくらい赤い顔をして、今にも泣きそうな目をしている。
 せっかくの、生まれて初めての愛の告白だというのに・・・、緑澤君の顔を見ていたら、どうしても、どうしても、なじってしまいたくなった。
「それならどうして? 私を好きだといってくれるなら、どうしてやめさせてくれなかったの? 今日、私の椅子に『死ね』って書いてあったのよ。知ってるでしょ?」
「・・・ごめん」
 緑澤君はうなだれた。
 知っている。これは八つ当たりだ。クラスでも地味で目立たない緑澤君が「やめろ」と言ったところでやめるような連中ではない。だからそんなことをしても無駄だし、逆にそんなことをしようものならば、今度はイジメの標的が緑澤君になるかもしれない。
「ごめん、僕、弱虫で・・・」
「いいよ。私のほうこそごめん。こんなこと緑澤君にいってもしょうがないのにね。あ、先生たちきたね」
 ダンダンッと勢いよく階段を上っている音がする。数人の先生が屋上に上がったようだ。
「しばらくここにいてもいい? 今、家に帰るとやっかいだからさ」
「うん・・・」
 緑澤君はすっかりしょげてしまっている。申し訳ないことをしてしまった。せっかく花火を見せてくれたのに。せっかく告白してくれたのに。こんななんの取り柄もない私を好きになってくれたというのに。
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ベベアンの扉(7/22)

2006年10月09日 23時59分52秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 なぜか緑澤君は屋上の鍵を持っていた。どやって手にいれたんだろう??
「僕ね、科学部に入ったんだよ。そこでこないだ花火の作り方を教わったんだ」
 重そうな扉が開くと、七月の空が目の前に広がっていた。
「作ってみたから、山本さんに見て欲しくて」
「・・・ちょっと話が見えないんだけど」
 ニコニコしている緑澤君に疑問をぶつける。
「考えてみたら、今、授業中だよね? 何でここにいるの?」
「僕も早退したんだ」
 よく分からない・・・。
「屋上の鍵、どうしたの?」
「前に部活で、屋上で作業をしたときに合い鍵作っちゃったんだ」
 作っちゃったって・・・。
「で、なんで花火なの?」
「前に遠足で同じ班になったときに、花火が好きだって話してたでしょ。山本さん」
 そんな話したっけ? 花火好きは本当だけど・・・。
「で、なんで私に見せてくれるの?」
「だって今日、山本さん誕生日でしょ?」
 え?
「何で知ってるの?!」
「だって今日、七月七日だもん。七が重なる日に産まれたから名前が七重でしょ?」
 確かにそうだけど・・・。
「ほら、これこれ。これを打ち上げるから」
 嬉しそうに、緑澤君は白い筒を見せてくれた。……筒?
「ちょっと待って。花火って打ち上げなの?」
「そうだよ?」
 そうだよって・・・。
「打ち上げってことは大きな音がなるんじゃないの? 今授業中だよ。ここ学校の屋上だよ? そんな大きな音鳴らしたら……」
「大丈夫。あげたらすぐに逃げようね!」
「はあああ?! ちょっと待ってよ!」
「じゃ、行くよ~」
 私の静止も聞かず、緑澤君は筒を机の上にセットして、導火線に火をつけた
 ジジジジジっと火の焼ける音がする。
「離れて離れて!」
 緑澤君に腕を引かれて階段の扉の前まで連れてこられる。
「ちょ、ちょっと・・・、あ!」
 ヒュンっという音とともに何かが筒から放たれた。
 小さな爆発音とともに、7月の空に小さな小さな白い光が花開いた。
 胸の奥にトンッと衝撃が伝わる。一瞬のことだったけれども、それはまぶしいほど輝いていた。

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ベベアンの扉(6/22)

2006年10月08日 22時58分12秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 いつのころからだったか、私はいつもイジメのターゲットになっていた。
 原因は私が無口なことにあるらしい。「何を考えているのかわからないから気持ち悪い」とよく言われた。そういわれても、みんなと同じように意味もなくヘラヘラと笑うことはどうしてもできなかった。自然と孤立していき、陰湿な嫌がらせにあうようになっていった。
 中学に入ってからは更にエスカレートして、学校に行くのが正直苦痛だった。
 でも、よそに女を作って、しかも子供まで産ませてしまった父親と、「子供(私のこと)のために」と言って断固として離婚を拒否している母親のいる、凍るような冷たい空気の流れている家にいるよりはまだマシだった。
 でも……この日はさすがに嫌になった。
 その日は私の誕生日だった。
 珍しく機嫌の良い母に、誕生日プレゼントとして小さなクマのキーホルダーをもらった。「このクマが良いことをたくさん運んでくれるよ!」という母の言葉が嬉しくて、それをカバンにつけて学校にいくことにした。
 キーホルダーが鳴るたびに、少し心が軽くなる。今日、私が誕生日だってことは誰も知らない。それがなんだかくすぐったい。
 私も珍しく晴れやかな気持ちで、自分の席につこうとしたが……、そこで手が止まった。
『死ね』
と、書かれていた。椅子に大きく『死ね』と。 
(今日は私の誕生日……)
 まわりのクスクス笑う声が、頭の後ろの方で響いている。
(今日は私の誕生日……)
 それなのに……『死ね』?
「早く席に着けー」
 担任が教室に入ってきた。いつまでも席につかない私を不審に思ったようで、眉を寄せてこちらを見た。
「どうした? なぜ席につかない?」
「せんせーい!」
 近くにいた女の子がおもむろに手を挙げた。
「山本さんがカバンに変なキーホルダーつけてまーす! これ校則違反でしょ~」
「ああ、そうだな、山本。没収だ。こちらによこしなさい」
 担任が手を伸ばしてくる。
(今日は私の誕生日……)
 だからお母さんが良いことを運んでくれるクマをプレゼントしてくれたの。
「山本、早くしなさい」
(今日は私の誕生日……)
「山本!」
 怒ったような担任の顔。ヘラヘラ笑っているクラスメート。下を向いて見ないふりをしているクラスメート。
 もう……たくさんだ。
「早退します。さよならっ」
 小さく言い捨てて、私は教室を後にした。慌てたような担任の声がしてきたが、かまわず、昇降口まで走っていった。

 走ってきたはいいけど、家に帰るわけにもいかない。かといって制服のままウロウロしていたら、補導されるかもしれない。
 どうしよう、と立ちすくんでいたところ、
「山本さん! 山本さん!」
 遠慮がちに声をかけられた。振り返ると同じクラスの緑澤君が立っていた。黒縁の眼鏡の奥の瞳は、なぜかおどおどしている。
「一緒に屋上まで来てくれる?」
「屋上?」
 一瞬、イジメグループの呼び出しかと思ったが、緑澤君は彼らとはまったく違うグループなので、たぶんそれはないだろう。
 なんだかよく分からないけど、帰るまでの時間つぶしに屋上で過ごすのもいいかもしれない。
 そう思ってうなずくと、緑澤君は嬉しそうな笑顔になった。
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