創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

ベベアンの扉(5/22)

2006年10月06日 22時21分01秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 翌日、本当は約束なんてなかったけれど、気まずくて十時前には家を出た。
 萌が残念そうにしてくれたのが、ちょっと嬉しかった。
 駅に向かう途中、緑澤邸の前を通った。
 思わず足を止める。
 昨晩のあの夢はなんだったのだろうか。『みんなベベアンにいる』のみんなというのは、達之も含まれているのだろうか……?
「山本七重さん!」
 いきなり名前を呼ばれて驚いた。
 正確には姓は違う。山本は父の姓だ。両親の離婚後、私の姓は母の姓の「藤井」になり、今は母の再婚相手の姓の「吉川」になった。だから本当は母の恋人のことは「お父さん」と呼ぶべきなんだろうけど、いまだに「吉川さん」と呼んでいる。吉川さん自身も、私の父親になるつもりはないからそれでいい、と言っている。私たちはロクに話したこともない。ま、私の方は、戸籍に入れてくれて、学費まで出してくれているんだから、感謝はしているけど。
「ああ、やっぱり七重さんなんだ」
 声の主は、緑澤邸の二階の窓にいた。達之の弟、和也だ。
「なんで私の名前知ってるの?」
「兄ちゃんの机に写真が飾ってあるんだよ。見せてあげる。上がっておいでよ。今、誰もいないからさ」
 どうせ暇を持てあましているので、お誘いにのることにした。
 生活感のない玄関の横に、階段があった。階段の出窓には花が飾られている。
「ねえ、緑澤君が『ベベアンに行った』って昨日言ってたよね。あれ、どういう意味?」
「どういう意味も何も・・・」
 和也が肩をすくめて言う。
「兄ちゃん、窓から『ベベアン、ベベアン』って叫んで、突然消えちゃったんだよ。だからベベアンってところに行ったのかな~と思ってさ」
 やはりあの時の高校生と同じように消えてしまったのか。
「この部屋の窓から叫んだんだよ」
 つきあたりが達之の部屋だった。道路に面している明るい部屋。達之らしくきちんと整理整頓されている。ちょうどあの柿の木があった場所にあたる気がする。
「みてよ。この写真」
 机の上に飾られていたのは、中学一年の時の遠足の写真だった。男子3人女子2人が写っている。私たちは同じ班だったのだ。
「名前は? 何で名前までわかったの?」
「それは、これ。この手紙の山!」
 一番下の引き出しを開くと、青い封筒がたくさん入っていた。宛先は全て『山本七重様』。
「緑澤君から手紙なんて一回ももらったことないわよ」
 驚いて言うと、和也はヘラヘラと、
「そうなんだ~やっぱりな。兄ちゃん、意気地ないから一回も出せなかったんだねえ」
「出してくれればよかったのに……」
「え、もしかして、七重さんもお兄ちゃんのこと好きだったの?」
 驚いたように問われたが、答えられなかった。自分でもよく分からないのだ。
 でも、あの日のあの時が私を救ってくれたということだけは、疑いようもない事実だ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベベアンの扉(4/22)

2006年10月05日 23時59分38秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 両親は私が中学一年の時に離婚した。そして私は母に引き取られて、長野の母の実家の近くで母と二人暮らしをしていた。
 でも翌年には母の恋人が一緒に暮らすようになり、その翌年には腹違いの弟が生まれた。母の恋人は息子を溺愛している。よく母達は私を置いて外食に行ったり、旅行に行ったりしている。
 ここに私の居場所はない。
 だから、学生寮のついている東京の大学に行くことにした。
 そのことを父に報告すると、入寮までの間、しばらく家に泊まることを提案してくれた。どのみち東京にいる間の保証人は父にお願いするので、書類に印をもらうために、一度は家に行かなくてはならなかった。
 でも……今思えば、こんな書類は、郵送すればいいだけの話だ。やっぱり、父にちょっと期待していたのかもしれない。
 私と母を裏切って、よそに女を作って、子供まで産ませた父だというのに。まだ期待していたのかと思うと、自分が情けない。

 その夜、変な夢をみた。
 誰かを捜して、駅やスーパーの階段を一生懸命上ったり下りたりしている夢。夢の中で息切れして、階段の踊り場でしゃがみこんでいたら、
『ここにいるのに……』
 上のほうから、笑い声と一緒にそんな言葉が聞こえてきた。小さな女の子の声だ。
『ここにいるのに、なんでわからないのかな』
『みんなベベアンにいるのにねえ』
『はやく七重もくればいいのにねえ』
「誰?! ……あ、夢?」
 自分の声にビックリして、目が覚めた。
 目は覚めたんだけど……体が動かない。
『ねえ、はやくおいでよ、七重も』
「!」
 夢の中と同じ声が足元から聞こえてくる。
『赤いものを投げて、そして呪文を唱えて、扉をあけて』
『ベベアンの扉を開けて!』
「!」
 足元で、白い影が動いた。
 いや! 見ない! 見えない! 見ない! 見ない! 何も見ない!
 恐ろしさに目をつむって、かたくなに目をつむっていたら……、気がついたら朝になっていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベベアンの扉(3/22)

2006年10月04日 14時14分09秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 六年ぶりの生家もすっかり変わっていた。
 水色だった家の壁はクリーム色に、青い屋根は茶色に塗り替えられており、殺風景だった庭は美しい花で彩られている。雑誌のガーデニング特集で紹介されてもおかしくないほどかわいらしい造りである。
 家の中もかなり変わっていた。カーテンはすべて白や黄緑といった明るい色。ソファやテーブルもすべて変えられていて、まるで印象が違う。おかげで懐かしいという感情はひとかけらも現れなかった。
 生家は予想通り居心地が悪かった。
 父はずっと目を合わせないし、父の再婚相手の優紀子さんには必要以上に気を使われた。今春から小学生になる母親違いの妹の萌だけが無邪気になついてくれた。
 夕食中、ふと萌が私に言った。
「七重さんはパパのシンセキなんでしょ? 誰の子供なの? シンジおじちゃん?」
「萌っ」
 優紀子さんが慌てて制したので、思わず鼻で笑ってしまった。やはり私が姉だと話していないんだ。何も言えない父と優紀子さんに代わって萌に言ってあげた。
「私はね、萌ちゃんのパパの妹の子供のおじいちゃんのお姉さんの子供のいとこの子供なのよ」
「え? もう一回言って!」
「そんなことより、さっさと食べてさっきのゲームの続きをしようよ」
「え~・・・」
 父は気まずそうにうつむいたままだ。
 家に泊まれといってきたのは父と優紀子さんの方なのに、全然受け入れるつもりないんじゃないか。やっぱりホテルにでも泊まればよかった。

 萌の部屋は元々は私の部屋だった。でもここもまったく面影がない。あえて言えば……怒りにまかせて笛をたたきつけた壁の傷が残っているくらいだ。
 私は隣の客室に通された。ここはさすがに変わっていなかった。
 優紀子さんが布団を用意してくれながら、わざとらしいくらいの明るい声で言った。
「七重ちゃん、明日、お父さんもお休みだし、みんなでどこかに行きましょうか?」
「いえ……友達と約束があるので」
 嘘である。でも優紀子さんは、あら残念ね、でも楽しんできてね、とホッとしたように言って部屋から出ていった。
 結局、このお泊まりは、父と優紀子さんの自己満足につきあわされたということか。妹にも話してくれて、家族、とまではいかなくても、家族に近い家族として受け入れてくれるのかと、ちょっと期待していた自分に嫌気がさしてきた。
 ここにもやっぱり自分の居場所はない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベベアンの扉(2/22)

2006年10月02日 22時23分46秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 それ以来、その柿の木のことを密かに『ベベアンの木』と呼んでいた。
 しかしその木も今はなくなっており、かわりに新築らしい大きな家が建っていた。
 洋風の出窓に白いレースのカーテン。ベランダには思いきり日本風の布団が干されている。小さな庭にはカラフルな花々が植えられているが、雑草は伸び放題。どこかちぐはぐな印象を受ける家だ。
「え? 緑澤?」
 その家の表札をみて思わず手を口にあてた。しかもその下に『一・多恵子・達之・和也』とある。
 郷里で会いたいと思っていた唯一の人の名が『緑澤達之』なのだ。
 達之は中学校の近くのマンションに住んでいたはずなのだが、こちらに引越しをしたのだろうか?
「うちに何か用ですか?」
 突然、真横から声をかけられて飛び上がってしまった。
 振り返ると達之によく似た少年が立っていた。
 それで確信した。ここは達之の家で、この少年は弟の『和也』なのだろう、と。
「あの、私、お兄さんの……」
「ああ、お兄ちゃんのお友達?」
 少年はけだるそうに門をあけた。白い洋風の門なのだが、薄汚れていて古くみえる。
「お兄ちゃんはベベアンに行っちゃったからうちにはいないよ」
「え?」
 ベベアン?
 聞き返そうとしたが、
「達之。おかえりー」
 母親らしき人の声にかき消された。ベランダから中年の女性が顔を出している。きちんとメイクをした綺麗な女性だ。
「はーい。ただいまー」
 少年が間延びした声で答えた。
「達之って……」
 お兄さんのことでしょ、と言いかけると、少年は少し首をすくめ、
「うちの母さん、オレのこと兄ちゃんだって思いこんでるんだよ」
 じゃあね、と手を振って家の中に入っていってしまった。
「あなた、うちに何かご用?」
 上からきつい声が降ってきたので、私もそそくさとその場を立ち去った。心臓の速度が速まっているのが自分で分かった。
 ベベアン、と和也は言った。小学校の時に見た高校生のように達之も消えてしまったのだろうか?
 和也に真相を確認したい、と思ったのだが、インターフォンを押す勇気はでなかった。


------------------

更新していないのに見に来てくださっていた方々、本当に本当にありがとうございます!!

全部書き終わってからアップしていきたかったのですが、書いても書いても終わらないので、チビチビとアップすることにしました・・・。
追いつかれないようがんばります

今後ともよろしくお願いいたします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする