「やっぱり恋に障害があるとさらに燃え上がるわよね~もうワクワクしちゃう」
慶の妹、南ちゃんが嬉しそうに言った。
有り難いというか何というか……。
おれはあかねと別れてすぐに南ちゃんのバイト先に行った。
南ちゃんは本屋でバイトをしている。それも普通の本屋ではない。慶曰く「あやしげな本屋」だ。
おれも初めて行ったけれど、確かにあやしかった。かなりマニアックな品揃えで、商業紙でない本も取り扱っている様子。フィギアやグッツも多い。
狭い店内を恐る恐る進んでいくと、ちょうどエプロン姿の南ちゃんが本のチェックをしているところに出くわした。
おれを見ると南ちゃんは「そろそろ来る頃だと思った~」とニヤーッと笑った。
南ちゃんはかなり美人なのに、どうもその自覚がない。表情や行動がいつもあやしい。そこがあかねと違うところだ。あかねは自分が美人だと自覚して、それを最大限に発揮するようにしているけれど、南ちゃんにはまったくそれがない。だから「よく見れば美人だけど……」となる。南ちゃんが外見磨きに精をだしたらあかねとは違うタイプの美人として張れることは間違いなしだが、そうしないところが南ちゃんらしくていいといえばいい。
南ちゃんは開いていたファイルをぱたんと閉じると、奥に向かって突然叫んだ。
「店長ー! 休憩入っていいっすかー? ついでに事務所借りていいっすかー? お兄ちゃんの彼氏きてるんでー」
「みっ」
南ちゃんっ、な、何を大きな声で!
すると、レジの奥から丸い眼鏡をした大柄な女性がのっそりと出てきた。キュッと頭の上で一つに縛った髪の毛が爆発していてもう一つ頭があるようだ。
「南、おいしい紅茶がある。飲め。お兄さんの彼氏さん、ごゆるりと」
「…………」
重低音のものすごく良い声。
ぽかんとしているおれを南ちゃんがぐいぐいと押していく。
……不思議な店だ。店長さんも合わせてなんだか映画のセットのようだ……。
**
おいしい紅茶、をいただきながら、南ちゃんにズバリと質問する。
「おれの母親、きた?」
「うん」
南ちゃんはニッコニコだ。
「やっぱり恋に障害があるとさらに燃え上がるわよね~もうワクワクしちゃう」
「…………」
有り難いというかなんというか………。
「それで、なんて……?」
「お兄ちゃんと別れさせるのに協力してくれって。あなたもお兄さんが男の人と付き合ってるなんて恥ずかしいでしょう?って」
南ちゃんは、うふふふふと怪しげな笑いをしながら、
「もー、お母さん素敵すぎ! 恋の障害として完璧なキャラです!」
「…………………」
ここまで割り切れればおれも楽になるんだろうな……。
南ちゃんは引き続き、うふふふと笑いながら、
「でね、うちの店長が、戦国時代の色子の話からはじまり2時間くらい熱弁ふるってねー。お母さん、辟易した感じでお帰りになりました。チーン」
「………………」
店長さん……あの母を黙らせたのか。すごいな……。
「あ、それでね」
ふ、と南ちゃんは表情をあらためた。
「お兄ちゃんには口止めされてるけど、うちの両親のところにも……」
「……やっぱり」
「うん」
南ちゃんは紅茶を一口飲むと、静かにカップを戻した。
「お父さんの会社は結構ちゃんとしたとこだからさ。ちょっと騒ぎになったんだけど警備員さんに事情を話して、それからは出入り禁止にしてもらったから、全然大丈夫だって。しかも上司の人、アメリカ人女性なんだけど、そういう偏見とか大嫌いな人らしくてね。そのあとに電話がかかってきたときに、英語でわーーーっとまくしたてたらしくて、それ以来、電話もかかってきてないって」
「…………」
すみません。おじさん……。飄々とした雰囲気の慶のお父さんを思い浮かべて頭を下げる。
「お母さんはねえ……」
なぜか、ここで南ちゃんはうふっと笑って、
「お兄ちゃんにとっては、いい方向に向かったかも。今までお母さん、正直なとこ二人が付き合ってることにあまりいい顔してなかったんだけど、今回浩介さんのお母さんから色々言われたら、逆方向に吹っ切れたみたいでねー。もうすっかり応援姿勢よ?」
「え……」
シャキシャキとした慶のお母さんを思い浮かべる。
「なんで認めてあげないんですか!とか言っちゃってさー。ケンカになってその日は終わり」
「その日は?」
「次の日はお母さんの勤め先にきたんだって。でも、お母さん、朝のうちに同僚や上司にも話してあったから、みんなが対応してくれたって」
「…………」
慶のお母さんがみんなから信頼されている証拠だろう。
おれもそうであれば……。
「浩介さん、家庭教師のアルバイト首になっちゃったんだって?」
「え」
なんで知ってんの?
「浩介さんのお母さんが言ってたよ。今回、お母さんがこういう行動おこしたのはそのせいみたいよ?」
「でも……」
おれはバイトを首になったなんて一言も言っていない。バイト先が変わったということは保証人欄に記入する関係で話したけれど……。
「なんかねー、お母さん、浩介さんの新しいバイト先の塾に挨拶にいったんだって」
「え?!」
「そこで、前のバイトをやめた理由を塾の人から聞いたらしいよ」
「…………」
今のバイト先は、前のバイト先の所長から紹介してもらった。この塾は色々な個性のある子供たちを受け入れているという特徴もあり、他の先生方も理解があるから安心して働きなさい、と……。
「まあさーお母さんも、自分の息子が男と付き合っているがためにバイト首になったなんて知って、将来が心配になっちゃったんじゃないの?」
「………………」
おれの将来、ではなく、自分の将来が、だ。そして世間体……
「でも!」
「うわっ」
暗い考えに沈みそうになったところを、南ちゃんがテーブルをたたいた音で引き戻される。
「そこを乗り越えて貫く愛が美しいんじゃないの!浩介さん!! いい?! 負けちゃだめだからね!! 渋谷家は一丸となって二人を応援しています!」
「南ちゃん……」
慶の家族は仲がいい。南ちゃんが小さかった頃は大変だったらしいけれど、それもお姉さんを含め家族みんなで協力して乗り切ったらしい。
先日、家庭教師の生徒だった希衣子ちゃんが夜におれを訪ねてきたとき、慶は希衣子ちゃんを見るなり「おうちに連絡しなさい」と言った。
衝撃だった。今日、あかねも言っていたが、おれとあかねにはその発想がまったくなかった。ひとかけらも思いつきもしなかった。まともな家族の中で育った人には、家族を思いやる気持ちが自然にあるのだろう。それが正しい。
おれは…………
おれには、慶と一緒にいる資格があるのだろうか。
この素敵な慶の家族に迷惑をかけてまで、一緒にいていいのだろうか……。
---------------------------------------------------------------
さすが南ちゃん。南ちゃんが絡んだなり、筆の進みが早くなった。
あと2回で浩介ターン終わらせる。
でも慶と浩介が全然絡んでなーい。絡ませたーい。
ちょっと浩介のお母さんのフォロー(?)をしますとね。
浩介ママ、浩介の新しいバイト先に、
「息子には内緒でご挨拶に参りました~うちの子どうぞよろしくお願いいたします~」
的な挨拶をしにいったら、思わぬことを聞いてしまって。
これはまずい!やっぱり別れさせないとダメなのよ!と思っちゃったわけです。
で、調査会社に依頼。慶と慶の父母妹の勤務先を調べる。
で、まず慶父のところに。
でも「もう成人したんだし、子供のことは子供に任せてます」的なことを言われ、かっとなってワーワー騒いでたら警備員につまみ出され、電話したら英語でまくしたてられ……。
次に慶母のところに。はじめは自宅にいきました。
最初は、慶母も二人の交際を良く思っていない感じだったのに、話しているうちに、慶母が「子供は親のアクセサリーじゃない!」とブチ切れ、交渉決裂。
翌日、慶母の勤務先に出向いたところ、他の従業員たちに追い返される。
極めつけは南ちゃんのバイト先。
強烈キャラの店長さんに、同性愛というのは昔からあることで決しておかしなことではない、という話を延々と2時間も聞かされ、退散……。
で、行きついた先は、アマリリリスでした。
毎日のように通ったけれど、ある時「慶君にはやめてもらいました」と言われ……。
本当かしら、と再び様子を見にいったところ、お客さんが「慶君が辞めた」と話しているのを聞き……
あ、本当にやめたのね。そうよね、そういう子は辞めさせられるわよね?やっぱりね?
世間的にはそうよね?私がおかしいんじゃないわよね?
渋谷さんのところの関係者みんなに、私の方がおかしい、みたいに言われて、ちょっと不安になってしまったけど、やっぱり私が正しいのよね?
と思って、安心して笑ったんです。
別に、慶を辞めさせたかったわけじゃないんだよ。浩介は勘違いしてるけど。
まあでも結果的に浩介ママのせいで辞めたんだから同じか。
浩介ママには悪気はない(というか自分の正義の元にというか)のですが、やりすぎ。行き過ぎ。独善的すぎ。
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安倍の伯母さんの家を出てから、聞いた話を反芻する。
(慶の家族にかけあったって言ってたな……)
慶から母と家族が会ったという話は聞いていない。慶も知らないのかもしれないし、知っていても教えてくれないかもしれない。
「かけあった」って何を言ったのだろう。どうせ失礼なことを言ったに決まっている。
慶の妹の南ちゃんにコッソリ聞いてみよう……。
そんなことを考えながら、アマリリリスの入口側の通りに出ようとしたところ、
「!!」
驚いて、再び家側の路地に戻った。そしてこっそりと塀の陰に隠れながら進む。
「………なんで」
アマリリリスの斜め前の電柱の横に………母の姿があった。
正面の大きな窓越しに、店内の様子を見ているようだった。
タイミング良く、アマリリリスのドアが開いた。
女子大生4人組が大声で話しながら出てくる。
「あ~慶君バイトやめちゃうなんてショックー」
「せっかく目の保養にきてたのにさ~~」
「もうここに来ることもなくなるね~」
「だねー慶君いないんじゃ、意味ないもんね」
女子大生たちの声が響き渡る。
店長さん、すみません。きっと売上下がりますよね。
慶、ごめんね。バイト楽しいって言ってたよね。本当は辞めたくなかったよね。
女子大生の会話を聞いて安心したような顔をした母。
(……今、笑った……?)
説得だのなんだのいって、ようは慶に嫌がらせをすることが目的だったのか……?
慶がバイトを辞めることになって満足したというのか……?
母が背を向け、駅の方に向かって歩き出した。
高いヒール。毛皮のコート。ブランド物のバッグ。高価なものに身を包んだ魔女。
「許せない……」
怒りで頭が沸騰する。歯を食いしばり、手がやぶれるくらい拳を握りしめる。
「許せない……」
母に対する殺意。抑えきれない。
どこまで自分の思い通りにすれば気が済むんだ?
おれは一生縛りつけられたままなのか?
「許せない……」
いなくなればいい。
あんたなんか、いなくなればいい。
「………いなくなればいい」
その黒い後ろ姿へと、一歩、踏み出したところ……いきなり後ろから腕をつかまれた。
「……っ」
振り向くと、大きな瞳がそこにあった。
「あかね……」
「ちょっとこっちきて」
そのまま力強く引っ張られた。
視界の隅に母の後ろ姿が写りつづける。黒いしみのように。
***
しばらく黙々と歩いて、小さな公園についたところで手を離された。ちょうど狭間の時間なのか、誰もいない。
「センセー、殺気出しすぎ。警察捕まるよ?」
「…………」
あかねが冷やかすように言う。
おれは言葉を失った。気付かれた……。
蒼白しているであろうおれの顔をあかねは正面からまじまじとみると、
「こーすけセンセーってさー」
「……っ」
いきなり指で頬をつついてきた。
「何す……」
「どれが本当の顔?」
「え?」
聞きかえすと、つついていた指を離し、1、2と順々に立てはじめた。
「いち。アマリリリスにいたときの寡黙でけだるそうな顔」
「に。子供たちといるときの元気で明るい顔」
「さん。希衣子ちゃんに見せていた誠実な顔」
「よん。私をおちょくってくるふざけた顔」
「ご。慶君にだけみせる愛おしそうな顔。子供みたいにふくれたりじゃれついたりする顔」
「それから」
あかねは言葉を切り、真面目な顔でこちらを見上げた。
「今の、殺気丸出しの殺人犯みたいな顔」
「殺人犯………」
確かに。あそこで本能に従っていたらおれは殺人犯になっていた。
「ま、座って話でもしましょ」
言うと、あかねがストンとベンチに腰掛けた。おれも隣に腰をおろす。
しばらくぼんやりと空(今日はおそろしいほど澄んだ青い色をしている)を見上げていたが、やがてあかねがぽつりと言った。
「白雪姫に毒りんご食べさせたお母さんってさ、今の本とかだと継母ってことになってるけど、グリム童話の初版本だと実母なんだよ。知ってた?」
「……うん。何かで読んだことある」
唐突だなあと思いつつ答えると、あかねは長い足をすっと組み替えた。
「ほら、私って、美人でしょ?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだろう。
「それにスタイルもいい。頭もいい。運動神経抜群。ホント完璧」
「………?」
眉を寄せてあかねを見返すと、あかねはふふっと笑った。
「だから、私の母は私のことが殺したいほど嫌いだった」
「え」
突然の告白。あかねは淡々と続ける。
「元々母とはそりが合わなかったっていうのに、母の再婚相手がまだ中学生だった私に手を出そうとしたのが決定打でね。あんたなんか死ねばいいって面と向かって言われたわ」
「……」
「母は旦那の連れ子を手なずけて、私に嫌がらせをしようとしたんだけど、ざーんねーん。オニイチャンももうすでに私の虜。こっちはオニイチャンの魔の手から逃れるのに必死だったわよ」
「……」
「母も私のこと嫌いならほっとけばいいのに、やたらと干渉してくる人でさ。私のこといやらし~い目で見てくる義理の父と兄も嫌だったけど、母の罵詈雑言のほうが精神的に堪えてね。で、私に甘い義理の父をうまいこといいくるめて、東京の大学に行かせてもらえたから、今はかなり平和なんだ~私」
「………」
あっさりと言っているけど、内容はハードだ。
「あのまま一緒に暮らしてたら、私が母に殺されるか、私が母を殺すかしてたと思う」
「あかねサン……」
あかねはケロっとした顔をしておれを振り返った。
「センセーは親と同居?」
「……うん」
「じゃあ、がんばってお金ためな。離れて暮らしたらかなりマシになるよ」
「マシって」
「少なくとも、殺す機会は減る」
「……………」
あかねの大きな瞳から目をそらす。
「………なんでおれの殺したい相手が親だって分かったの?」
なんとか震えずに聞くと、あかねは、ああ、と肯いて、
「ウワサ聞いたの。慶君の彼女の母親が来て、二人を別れさせようとしてるって。そのお母さん、毛皮のコート着た金持ち風の人だって話だったからさ。さっき道の先歩いてた人がその彼女さんのお母さんかな?と」
「………彼女?」
「うん。相手が男だってことはみんな気がついてないみたいよ」
良かった。それはせめてもの救いだ。
「で、みんなお母さんの応援してたよ」
「………なにそれ」
ふ、ふ、ふ、とあかねが笑う。
「そりゃそうよ~。慶君のこと狙ってる子多いからね。是非別れさせてください!てなもんよ」
「そっか………」
それはそれで微妙な話だ……。
「でも慶君がバイト辞めちゃったのは予定外。今度はみんな怒ってる。勝手よね」
「…………」
そう、慶は母のせいでバイトを辞めた。まわりにもたくさん迷惑をかけている。
また怒りが沸々とこみあがってくる。
「………おれ、ここまで親にリアルに殺意を持ったの初めてだよ」
「センセー?」
ポンポンと肩を叩かれる。
「くれぐれも実行しないでよ? 慶君に迷惑かかるんだからね」
「迷惑?」
きょとんと聞きかえすと、あかねはオーバーに手を広げた。
「そりゃそうよ。『有名大学在学中の男、実母を刺殺!エリート一家に何があったのか?!』みたいな特集ワイドショーで組まれて根掘り葉掘り調べられて、慶君もレポーターに追いかけられて……みたいになること目に見えてるじゃない。ホントやめなさいよ?」
あかねの眉間にシワが寄っている。
なんか……変だ。
思わず、その心のままつぶやく。
「あかねサンって……面白いね」
「面白い?」
「普通、親を殺したいなんてとんでもない、みたいな説教から入らない?」
「説教なんてするわけないじゃない。自分だってそう思ってるのに」
ケロリというあかね。
「………」
顔を見合わせ、お互い吹き出した。
なんだか心が清々しい。今日の青い空みたいだ。
親に対する殺意、なんてとんでもないもの。誰にも話せないはずだった。誰にも理解してもらえないはずだった。
あかねはごく自然におれの心に同化してくれる。
「さっきの質問………」
ふと思い出した。どれが本当のおれなのかって質問だ。
「自分でもわかんない。どれも本当じゃない気もする」
「そっか」
でも。
「でも一つ分かっていることは、おれは慶と一緒にいるときの自分が一番好き」
慶と一緒にいる時のおれ。前向きで頑張り屋。素直で子供っぽくて甘えん坊。こうありたかった子供時代のおれの姿。慶と一緒にいると無理なくそんな自分でいられる。
「慶といるときの自分を、本当の自分にしたい」
「あら、ごちそうさま」
冷やかすように言うあかねに、でも、と付け加える。
「でも、あかねサンと一緒にいるときの自分も結構好き」
「あら、そう?」
あかねが大きな目をさらに大きくした。
おれは今思っていることを素直に吐き出した。
「なんか分かんないけど、あかねサンにはあんま考えないで話せる。今もそう。考えてみたらはじめからかも。初日に不機嫌なの顔に出しちゃったくらいだし。おれ、事なかれ主義でわりと愛想良い方だから、あれは自分でも後からちょっと戸惑った」
「あー」
あかねは、うんうん、と肯くと、
「実はさー、私もこーすけセンセーといるとラクなんだよね」
「ラク?」
「ほら、私って恋愛対象が女の子じゃない? だから女の子の友達っていつでも恋愛対象に変わる可能性もあるから色々な意味で構えちゃうところあって。かといって、男性は、向こうが私を恋愛対象として見る可能性があるから下手なこといったりしたりできないとういうか……」
「……」
「そこいくと、こーすけセンセーは、男性でありながら男の慶君一筋だから、何も構えないで話せる」
なるほど。
「私はわりと『自分』があるほうだから、人に合わせたり、色々考えたりするの面倒くさくてさ。演劇ではどんな人物にでもなれるんだけどね」
「あ」
あかねの演技を思い出し、ポンと手を打つ。
「あかねの……あ、いや、あかねサンの」
思わず呼び捨てにしてしまい、言い直すと、あかねに背中を叩かれた。
「もーいいよ。あかねで。前から思ってたんだけど、取ってつけた感じ丸出しの「サン」、感じ悪いよ」
「………」
感じ悪いって……。
「それを言うならあかねサンの『センセー』の方がよっぽど取ってつけた感じじゃん」
「取ってつけてるもん」
つけてるのかっ。
「……じゃあ、その『センセー』、感じ悪いからやめてください」
「そっちこそサン付けやめてよ。ってか、何言おうとしてたのよ?」
そうだった。
「はじめてあかねサンの読み聞かせ聞いた時、おれホント感動したの」
感動がよみがえってくる。どの人格も、あかね自身であるようなリアルさ。
「どれも全部本物みたいで……。おれも本物になりたいって思った」
「なれるよ」
にっこりとあかねが笑う。
「浩介なら、なれるよ」
「…………」
なれるだろうか。なりたい自分に。
黙ったおれに、あかねは明るく続ける。
「だーーって、あんたには慶君がいるもん。変態王子の慶君が」
「変態王子?!」
なんだそれはっ失礼なっ。
「だって、王子様は、毒りんご食べて死んじゃった白雪姫にキスするんだよ? 初対面の死人にキスって、そうとうキテる王子だよね?」
「そんな夢も希望もないこと……」
確かに白雪姫の王子はそうだけど……。
ふいにあかねが真面目な顔になる。
「でもその変態王子のおかげで、白雪姫は生き返る。そして母親から解放されて幸せに暮らす」
「…………」
「慶君は浩介を生き返らせてくれた。二人はこれからも幸せに暮らすの」
「あかね……」
幸せに……。
「自由への道、だよ」
先日希衣子ちゃんに言っていた言葉だ。自由への道。
「自由への道……」
「私たちは、自由への道へと進むのよ」
あかねの意志の強い目が、挑むように空を見上げる。その視線の先に上へ上へと進むための白い道が見えた気がした。
---------------------------------------
長かった……けど、なんとか書きたかった「私たちは自由への道へと進むのよ」までたどり着いた。
あと3回くらいで浩介ターン終わらせたい……。
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慶が喫茶『アマリリリス』のバイトを辞めた。
元々、7月末までという約束で始めたバイトだったけれど、産休中の店長の娘さんがまだ落ち着かなかったため、今まで何となく続けてきた。でも、ようやく辞めることになった。
…………という、慶の説明を鵜呑みにしていた自分を殴りたい。
しかも「じゃあ、クリスマス一緒に過ごせるね♪」なんて浮かれた自分を蹴り倒したい。
おれは甘かった。甘すぎた。
慶がバイトを辞めた数日後、高校時代の友人、安倍康彦に呼び出された。
安倍は高校一年の時に慶と同じクラスだった奴で、おれの知る限り、慶の一番仲が良い友達だ。
『アマリリリス』のバイトを紹介したのも安倍で、店長は安倍の伯母さんだと聞いている。
そんな安倍が、慶には内緒で話がある、と言ってきた。呑気なおれは「石川さんの話かな?」なんて思っていた。
石川直子さんは、安倍と同じく慶の高校一年の時の同級生で、高校三年間ずっと慶に片思いしていた女の子。そしてその石川さんに三年間ずっと片思いしていたのが安倍。大学に入ってから、安倍の想いがようやく届き、二人は今も付き合っているらしい。
慶の妹、南ちゃんの分析によると、慶が高校3年間そんなにモテなかったのは石川さんのおかげだそうだ。
中学時代の慶は、それはそれはモテたそうだ。でも、本人はその気がなくて全部断っていたらしい。「お兄ちゃんの理想はお姉ちゃんだったからね。そんな中学生いないっての」とのことだ。
高校入学後、かなり早い段階で、石川さんが慶のことを好きだという話は噂になった。南ちゃん曰く、女子は、友達に先に好きって言われてしまうと、その人を好きになるのは避けようとする。しかも、石川さんの親友の枝村さんは女子のボス的存在。ボスの親友の片思いの相手に手を出すなんて、よっぽどのチャレンジャーでないかぎりできない……と。
高校卒業した直後、南ちゃんにこの話をされ、言われたのだ。
「今までは石川さんのおかげで無事だったけど、これからはそのバリアーないから、浩介さんヤキモキすると思うよ~」
実際、今までヤキモキしどうしだ。
予備校時代は浪人中という抑えのおかげかまだマシだったけれど(それでも、行き帰りに女子が張ってることもあったし、バレンタインもかなりの数をもらっていた。お前ら勉強しろ!!って感じだ)、大学に入ってからはさらにひどくなった。
特に、バイト先の喫茶『アマリリリス』には慶のファンがたくさんきていて、頻繁に誘われたりしていた。でも慶は、どんなに可愛い子でも、にこやかにあっさりと断ってくれて、それはそれで優越感に浸れて良かったともいえる。
けれど、やはり不安もあったので、アマリリリスをやめてくれて、おれ的には安心していたが……。
「渋谷がアマリリリスをやめた理由、聞いてるか?」
アマリリリスの裏にある、安倍の伯母さんの家。安倍は自分の家のように出入りしているらしく、今回も家人不在のリビングに通された。
「理由? 産休中だった娘さんがだいぶ落ちついたから……って」
いうと、安倍は、やっぱり、と言う顔をした。
「……違うの?」
「…………」
安倍は迷うように手を組み替えながら黙っていたが、
「渋谷には口止めされてるけど、やっぱりお前にも伝えた方がいいと思ってな」
「……口止め?」
ドキッとする。慶がおれに隠し事……。
「……なに?」
促すと、安倍が意を決したように顔をあげた。
「お前の母ちゃんが、店に来た」
「…………っ」
ザッと血の気が引くのが分かった。足の先まで冷たくなる。
「なんで……っ」
「お前と別れるように、店長から渋谷を説得してくれ、と」
「な…………っ」
手が震える。押さえようと両手を腿の上で抑え込むけれど止まらない。体は冷えていくのに汗が噴き出してくる。
(慶……慶)
おまじないのように、呪文のように、愛しいその名を心の中で叫ぶ。
目が回ってきて耐えられず、膝に額を押しつけた。息ができない。苦しい。
「桜井!?大丈夫か!?」
「ああ……ごめん」
心配そうにのぞき込まれて、かろうじてうなずく。
「横になるか? 誰か呼ぶか? どうすれば……」
「ごめん。大丈夫……すぐおさまる……」
(慶…………)
ゆっくりと息をする。目をつむり、慶の優しい声を思い出す。瞳を思い出す。腕を思い出す。
少しずつ、落ちついてくる………。
「あー……悪い。渋谷が桜井には絶対に言うなっていったのはこういうことだったのか……」
しばらくして安倍が、ボソッと言った。
「いや……ごめん、教えてくれて、助かる……」
「でも……」
「詳しく教えてくれる……?」
「でも……」
「お願い」
突っ伏したまま言うと、安倍は淡々と報告してくれた。
母親がはじめにきたのは、12月の2週目に入ってすぐ。
母親は、店長を呼び出し、慶に息子と別れるよう言ってほしい、と言ってきた。
店長は、従業員のプライベートに口出しするつもりはない、と断った。慶に言うつもりもなかった。
でも、翌日も母親がきた。家庭のことは家庭で解決してくれ、と言うと、慶の家族にもかけあったが埒があかない。雇い主の責任として説得に協力してほしい、と言われ、そのまま店に居座られた。店長も相手せざるをえず、仕事が滞ってしまった。
それからも連日、朝から昼過ぎまで居座られた。慶が店に入る前には帰るので慶が知ることはなかったけれど、主婦層の常連客に「近所で噂になってる」と忠告され、慶に話すことにした。
すると、慶は少しの迷う間もなく「辞めさせてください」と……。
「伯母さんも渋谷のこと頼りにしてたから残念がってたけど、うちも客商売だからな。変な噂が一番困る」
「…………申し訳ない」
心の奥底から謝る。申し訳ない。バイトを紹介してくれた安倍にも、あの優しい店長さんにも、そして、慶……。
「お前が謝ることないだろ」
「……………本当に、申し訳ない」
おれは甘かったんだ。あの母が、今の今まで何もしてこなかったことのほうが奇跡だ。どうしておれはそんなことにも気付けなかったんだろう。
「おれ、伯母さんからこの話聞いたの、渋谷と同じタイミングでさ。聞いてすぐに、桜井に連絡すりゃいいじゃんって思ったんだよ。だって桜井の母ちゃんの話なんだからさ」
「うん…………」
「でも、伯母さんも渋谷も、桜井には言うなって言って……。すまん。おれ考えなしで。お前がその、あの……なんつーの?」
「うん……ごめん」
母の常識を超えた行動には幼いころから苦しめられてきた。
子供同士のささいなケンカで相手の家に押しかけて土下座させたり、発表会での配役に苦情をいって役を替えさせたり、思いだしたらきりがない。母が何かするたびに、周りから人がいなくなった。母は、すべておれのためだ、と言う。でも愛されている実感はまったくなかった。
母はしつけの面でも勉強の面でも、あらゆることにとても厳しく、家でも心が休まることはなかった。母がおれに手をあげなくなったのは、おれが中3になってからだ。
中学3年の夏、いつものように振り上げられた母の手を、初めてつかんだ。すると、あっさりと止めることができたのだ。おれの方が力が強くなっていたことにそのとき初めて気がついた。身長もとっくに追い越していた。
それから手をあげられることはなくなったけれど、束縛と干渉はあいかわらずひどかった。
実は高校の時もバスケ部のことで学校に押しかけたことがあったらしい。でも顧問の上野先生がガツンといって追い返してくれたそうで、それ以来、母が学校に押しかけることはなくなった。上野先生にはそのこともあって頭が上がらない。本当に感謝している。
母の異常行動に思いを囚われると、かなりの割合で今みたいな発作がおきる。最近発作の回数が増えている気がする。
でも、慶と一緒にいるとすぐにおさまる。慶には両親との確執の詳細は話していないが、慶は何も聞かず、いつも優しく抱きしめてくれる。慶がいないときは慶のことを思い浮かべる。
慶に対する依存がますますひどくなっている、という自覚はある。おれは慶がいないと生きていけない。
「安倍……ありがとうね。教えてくれて」
「あーいやあ……さー」
安倍がぽりぽりと頬をかいた。
「おれはさ、お前らが別れたら困るからさ」
「困る?」
安倍はニヤッと笑うと、
「これで渋谷がフリーになって、直子がふらふら~っとまた渋谷にいっちまったら、なあ?」
「ああ……なるほど」
思わず、つられて笑ってしまう。
安倍には高校を卒業してから、おれ達がつきあっていることを伝えた。すると安倍は、
「もっと早く教えろよーーー!!」
と、絶叫した。それから「石川さんにも言っていいよな?!いいよな?!」と……。
それから数か月後、石川さんは慶に対する3年間の片思いにけりをつけ、安倍の3年間の片思いは成就した、ということらしい。
「お前、頼むから頑張ってくれよ?」
拝む安倍に、おれは大きく肯いた。
「うん。頑張る」
慶との未来のために、逃げてばかりはいられない。
母親と向き合わなくてはいけない。
----------------------------------------------------------------------
このころ、浩介の慶に対する精神的依存度はマックスです。
でも、浩介は慶より3年早く社会人になります。そこでちょっとだけ成長します。はい。
浩介視点は、まだ数回続きます。暗い話が続きます。
その次は慶視点。
慶の文章は明るくてサバサバしてるから書きやすいんだけどなー。
浩介はいかんせん暗すぎる。そして地の文と話言葉のノリが違うから書きにくい。
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どこにいけば浩介先生に会えるんだろう? 家も知らない。大学の場所も知らない。
思いついたのは隣の駅。歩いて行ってみよう。こないだみたいに先生がケイを待っているかもしれない。
若干迷いながらも頑張って歩いて、なんとか隣の駅についた。
ちょうど先週の今日、由美ちゃんと一緒にいたのと同じくらいの時間だ。
ここにいれば、会えるかも……。
期待を胸に、先生が立っていた場所に立ってみる。
飛び出してきてしまったから、上着を着ていなくて寒い。
目の前を人の波が何重にも通り過ぎていくけれど、先生は現れない。
寒い……。
「浩介先生……」
私のせいでバイトを首になったなんて……先生怒ってるかな。怒ってるよね……。
油断してると涙があふれてきそうになる。
人の波をにらみ続けて、どのくらいたっただろう。
「希衣子ちゃん?」
呼ばれてビックリして振り返ると、大輪の華のような女性が立っていた。大きな目が驚いたようにますます大きくなっている。
「あかねさん……」
「寒そう~~~ほらこれ、貸してあげる」
「あ、いえ、だいじょう……」
ぶ、と言い終わる前に、あかねさんのしていた鮮やかなコバルトブルーのショールでグルグル巻きにされた。
温かい……。
「どうしたの? こんな時間にこんなところで……」
「浩介先生に……」
「浩介センセ?」
「謝らないと……」
「謝る?」
こっくりと肯くと同時に涙がボロッとこぼれた。
あかねさんは大きく瞬きをすると、そっと抱き寄せてくれた。
それから駅の近くの喫茶店に連れていかれた。
もうclosedの札がかかっている扉を気にせず開けるあかねさん。
「あれ?」
モップを手に持った男の人がキョトンと振り返った。
浩介先生だ。浩介先生。
「希衣子ちゃん?」
「浩介先生……」
止まったはずの涙がまた出てきた。浩介先生が慌てたように駆け寄ってくる。
「どうしたの?! あかねサンに何かされた?!」
「ちょっと! ほんっと失礼よね、センセー」
あかねさんが長い足で浩介先生を蹴る真似をした。
「なんかしたのはセンセーでしょ。希衣子ちゃん、話があるんだって」
「そうなの? どうしたの?」
浩介先生の優しい瞳。
わっと泣き出したい衝動をどうにかこらえて、話し出そうとした、その時。
「……あ」
奥の扉が開いた。入ってきた人をみて、心臓が跳ね上がる。
「あれ? あかねさん? ……と?」
こちらをみて不思議そうな表情を浮かべた綺麗な男の人。浩介先生の恋人、ケイ、だ。
**
渋谷慶さんは、想像していた人とは全く違っていた。
その外見から勝手に、女性っぽくてフワフワした人なのかと思ってたんだけど、全然そんなことなくて、むしろ浩介先生よりも男っぽくてサバサバした人だった。
そういえば、浩介先生が「男らしい人」って言ってたな、と思いだした。
慶さんが真っ先に言ったことは「おうちの人に連絡しなさい」ってことだった。
私が全力で拒否したら、慶さんがあかねさんに電話してって言って、あかねさんがうちに電話してくれた。ママ、泣いていたそうだ。もうすぐパパが帰ってくるから、そうしたらパパを車で迎えにいかせると言っていたらしい。
「もうレジ締めちゃったから何も出せなくてごめんね」
と、慶さん。そして、閉店作業があるからと言ってカウンターの中に引っ込んでいった。気をきかせてくれたんだろうな。
一番奥の、通りからは見えない席に浩介先生と向い合わせに座る。少し離れたところであかねさんが足を組んで座っている。どこにいても絵になる人だ。
「先生」
意を決して先生を正面から見返す。
「ごめんなさい。私のせいで、家庭教師のバイト首になって……」
「希衣子ちゃんのせいじゃないよ?」
悲しいほど優しく浩介先生が微笑む。胸が痛む。
「だって……」
「これは、おれの責任。おれが悪いんだよ」
「なんで……っ先生は何も悪いことしてないのに!」
私が叫ぶと、浩介先生は急に1、2……と指折り数えだした。
「おれが希衣子ちゃんの家に行くようになって、もうすぐ7ヶ月だよね?」
「……うん。それがなに?」
首をかしげると、浩介先生があっさりとした口調でいった。
「やっぱりおれの責任。7ヶ月もあったのに、希衣子ちゃんのお母さんの信用を得られてなかった」
「そんな……っ」
あのババアの凝り固まった頭を崩すなんて何年あっても無理!
「おかしいよ、そんなのっ」
「いや……」
浩介先生が勉強を教えるときのように、コツコツとテーブルを軽くたたいた。
「少数派の人間は、多数派の理解を得るための努力を惜しんでは、多数派の社会では生きていけない」
「は?」
「まず一人の人間として信頼を得ること。それから理解してもらう努力をする」
「……はい?」
少数派?多数派?何言っちゃってんの?
ぽかんとした私に、浩介先生がニコリと笑う。
「これ、慶とおれが出した結論。なかなか難しいけどね。実際、隠してないといけないことの方が多いし」
「そんな……」
そんなの悲しすぎる。理解してもらう努力? なんで? こんなにお似合いなのに?
「ねえ、先生、私、ママにもう一回かけあうから、だから……」
「希衣子ちゃん」
ポンポンと頭をたたかれた。思わずきゅんっとなる。
「ありがとうね。すごく嬉しい」
「先生……」
「だけど、もう決まったことなんだ。それにね、もう次のバイトも紹介してもらってて」
「え?!」
さっきのモップ……もしかしてっ。
「ここでバイトするの?! 先生やめちゃうの?!」
「ああ、違う違う」
あはは、と浩介先生が笑う。
「ここは慶のバイト先。今日、一人で閉店作業するっていうから手伝ってただけ。いつもは他のバイトの人もいるからおれは先に出て駅で待ってるんだけど」
「ああ……そうなんだ」
ホッとした。あんなに教えるの上手なのに、先生辞めちゃうなんてもったいないもん。
「今度は塾の講師をすることになったんだよ。学校に行くのが難しい子をフォローする塾なんだ」
「へえ……」
浩介先生ならどんな子でも上手に教えられるんだろうな。
「浩介先生の塾、私も行きたい」
「ごめんね。中学生対象の塾なんだ」
………ちぇ。
「希衣子ちゃんは今まで通り頑張って。坂本先生にはちゃんと引き継いであるから」
「………あの人、暗いからヤダ」
「誠実で良い人だよ?」
「ヤダ」
誰でもヤダ。浩介先生がいい。
「もうヤダ。全部ヤダ。もう、ママのいうこと聞くのも疲れた」
「希衣子ちゃん………」
「希衣子ちゃん」
ふいにあかねさんが立ち上がると私の横に座った。
怒られる?とドキッとしたけれど、そんなことはなく、あかねさんは一度優しく私の頭をくしゃくしゃっとすると、きっぱりと言い切った。
「子供は親に逆らえないよ」
「…………」
そんな……
「食費も住居費も学費も、全部親が出してくれてる。親が子供を扶養する義務があるうちは、子供も親に従う義務がある」
「…………」
じゃあ、子供の意見は?主張は?希望は?
「子供の意見が通るのは、親の許容範囲内でだけ。自由になりたかったら、家から出て自立するしかないの」
「自立……」
あかねさんの大きな目には、冷静な光が灯っている。
「囚われの身である今は準備期間だと思いなさい。親の力を利用して、一人で生きていくためのスキルを身に着けるの」
「一人で生きる……」
「そして、時がきたら、自由への道をいく」
自由への道。
時がきたら、私はママから逃げ出すのかな? ママは……私を手離してくれるのかな。
「だから今は親に服従しているフリをすればいい。それで……」
「あかねサン」
ちょっと困ったように浩介先生があかねさんを制する。
「希衣子ちゃんはまだ高校一年生だよ」
「16歳でしょ。立派な大人よ。女の16っていったら結婚だってできるんだから」
「それはそうだけど、でも……」
二人の言い争いが始まろうとしたところに、
「お父さん、いらしたみたいだよ」
慶さんが現れた。店の横に車が止まったという。
「じゃあ、希衣子ちゃん」
浩介先生に再びポンポンと頭をたたかれる。………先生、それ、反則だよ。
「来てくれてありがとうね。お別れの挨拶できなかったことが心残りだったから余計に嬉しかったよ」
「お別れの挨拶って……」
じわっと再び涙がにじんでくる。
「私、もう先生に会えないの?」
「そんなことないよ」
あかねさんがピュッと何か差し出してきた。……名刺?
「お母さんの手前、直接は連絡取りにくいでしょ? だから会いたくなったら私に連絡して。セッティングするから」
「あかねさん……」
「あかねサン?」
浩介先生が言うと、あかねさんの長い足が再び浩介先生に繰り出された。
「何よその目はっ下心なんてないわよっ」
「何もいってないでしょっ」
二人のやり取りに涙が引っ込む。この二人、本当に仲良いんだなあ。ちょっと妬けてしまう。慶さんは気にならないのかな。
そこへ、カランカランとドアが開く音がした。パパの声がする。
「じゃ、先生、あかねさん……」
「頑張ってね」
浩介先生の笑顔。忘れない。絶対忘れない。
もらった名刺を握りしめて、2人に深々と頭を下げてから出口に向かう。
「希衣」
パパが心配そうな顔をして立っている。優しい優しいパパ。何でもママの言うなりのところ、パパに似たんだろうな私……。
その横に立っている慶さんに頭を下げる。
「慶さん……ありがとうございました」
「今度は営業時間内においで。おいしいケーキがあるよ」
「はい」
慶さんはやっぱり綺麗。人形みたい。でも、その瞳の輝きは人形のものじゃない。しっかりとした強い意思のある輝きだ。
きっと浩介先生は、慶さんのそういうところが好きなんだろうな。私もこんな風になれるかな。
自由への道。自由への道……。
まだ、一人で生きていく勇気なんてない。
でも、いつか、自分の思った通りに生きていく日がくるのかな。
そうしたら、きっと……。
------------------
希衣子ターン、ようやく終了。なんか時間かかった……。
次は浩介ターン。さらに時間かかりそう。
実は、浩介ターンのラストはもう先に書いて保存してある。
この「自由への道」書き始めようと思った時に我慢できなくて書いちゃったの。
そこまで行くのが、つらい道だなあーーー。頑張れ浩介。
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ママのせいで、浩介先生が家庭教師を首になった。
ママなんて大嫌い。大嫌いだ。
浩介先生と恋人のケイを目撃してしまった翌日、私は熱をだした。泣きすぎて疲れたせいかもしれない。なので、その日だった家庭教師の授業はお休みしてもらった。
それから一週間、色々考えた。
はじめは「浩介先生ひどい!」って思ったけど、冷静に考えると少しもひどくない。浩介先生ははじめから恋人がいること教えてくれてた。
思わせぶりな態度だった、といいたいところだけど、それも違う。あのケイに対する愛情に満ちた目をみてしまったら、私に対する視線なんて先生の標準装備視線なんだ、と思わざるをえない。
結局、私の独り相撲だったんだ。
悔しいけれど、あの2人、ものすっごくお似合いだったし、応援してあげようと思う。
あー私ってば、ホントいい子!!
なんて、そんなことを思っていた木曜日。
「明日から坂本先生がきてくださるって。ほら、夏休みに一度きてくれた先生」
「え?」
夕食中のママの発言に首をかしげる。
「なんで? 浩介先生、どうかしたの?」
夏休み、浩介先生が免許を取りにいくとかで、一度その坂本とかいう暗い男の先生が代わりにきたことがあったけど、それ以外で浩介先生が休んだことはない。
「桜井先生には会社の方に連絡してやめたもらったから」
「は?」
やめてもらった?
「会社の方に連絡して? なにそれ?」
「だって、当たり前じゃないの」
ママが目を大きく開いた。わざとらしい表情。
「由美ちゃんのママから聞いたわよ。男の恋人なんて……そんな人だなんて思わなかったわ、ママ。裏切られた気分よ」
「は?」
意味が分からない。
「裏切られたって? 意味わかんないんだけど」
「だってそうでしょう? 希衣ちゃんもショックで泣いちゃったんでしょう? かわいそうに……」
いやいやいやいや……
「そうじゃなくて……」
「それに、ご近所の手前もあるし」
「ご近所の手前?」
お箸をおいて、ママの顔を正面から見返すと、ママが眉を寄せて言った。
「男の人なのに男の人が恋人なんて外聞が悪いでしょう?」
「だから浩介先生を私の担当から外してもらったってこと?」
「いいえ。会社自体をやめてもらったのよ」
「は?!」
何それ?!
「ほら、そんな人がいる会社と契約続けるのは、ねえ……」
「ちょっと待ってよ……」
ようやく話が脳に達してきた。
「なんでそんなこと……」
「希衣ちゃんのためよ?」
にっこりとママが言う。
「子供が育つ環境って本当に重要なの。希衣ちゃんにはキチンとした環境で育ってほしいの」
「浩介先生、キチンとしてるじゃん。先生のおかげで成績上がったって、ママも喜んでたじゃん」
「それとこれとは別の話」
「別じゃないよ。私はこれからも浩介先生に教えてほしい」
「ダメよ」
笑顔のままのママ。イラッとくる。
でもなんとか冷静に訴える。
「ねえ、ママ。私、今までずっとママの言うとおりにしてきたよ。ママがバレエ習いなさいっていうから習ったし、ママが私立の中学行きなさいっていうから行ったし」
「そうね」
「演劇部だってママがやめなさいっていうからやめたし」
「そうね」
「だから、今回だけはお願い。希衣のお願い聞いて。浩介先生をやめさせないで」
「希衣ちゃん」
ママが静かに首を振る。
「もう決まったことよ」
「なんでっ」
「あのね、希衣ちゃん。希衣ちゃんは中学から女子校で、男の人に免疫がないでしょう。だからママ、希衣ちゃんと接する男の人は選んであげたいのよ」
「なにそれ…………」
ダメだ。おかしいこの人。
「桜井先生は普通じゃないからダメ」
「普通じゃないって」
何言ってんの?
「普通だよ」
「いいえ。普通じゃないわ。希衣ちゃんにはちゃんとした人と付き合ってもらいたいの。だから桜井先生には二度と会わせない」
「……っ」
限界だ。プツン、と糸が切れた。
「バカじゃないの?! 浩介先生は普通の人だよっ」
「希衣ちゃん」
「だいたい女子校だから男に免疫がないだって? 笑っちゃう」
「え?」
何も知らないバカなママ。
「女子校だって男なんていくらでもできるよ。合コンとかナンパとかいくらでも」
「だから演劇部やめさせたんじゃないの。あそこは派手な子が多いから……」
「そんなの関係ないし」
ばかばかしい。
「演劇部なんて関係なく、私も中学の時から彼氏の一人や二人や三人や四人、とっくにいたよ」
「え……」
「だいたい私、もう処女でもないしっ。男に免疫なんてありまくりだよっ」
「希……っ」
絶句、という顔をしているママ。
残念でした。あんたの可愛い可愛いお人形さんはもう汚れまくってんだよ!
今までずっと隠してきた。本当の気持ち。
本当はバレエじゃなくてバスケットを習いたかった。みんなと同じ中学に行きたかった。演劇部続けたかった。
でも、もういい。そんなこともう、どうでもいい。
今の私の願いはこれだけ。
浩介先生に会いたい。
「浩介先生を返して。先生は何も悪くない」
「……無理よ」
「返してっ」
「……無理」
呆けたようにくり返すママ。
もう、耐えられない。
衝動のまま、家を飛び出した。ママの悲鳴を背中に聞きながら。
--------
時間切れ。希衣子ターン、今回で終わらすつもりが終われなかった。
もう一回だけ希衣子視点続きます。
その次は、浩介視点です。
つらい話が続くなあ。だから書くのが遅くなってる気がする。
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