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BL小説・風のゆくえには~将来7-3(慶視点)・完

2016年04月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来

 姉の娘、桜ちゃんは少し早めに生まれてきてしまったため、現在入院している。

 集中治療室の隣の病室に移ってからは、姉は面会時間開始と同時に桜ちゃんに会いに行き、ずっとお世話をしているらしい。

 日曜日、浩介と一緒に初めて桜ちゃんを見に行った。桜ちゃんの病室には赤ちゃんの両親しか入れないのだけれども、そこは大きな窓ガラスになっていて、ガラス越しに中の様子を見ることができるのだ。

 その際、なぜか小児科病棟のレクレーションを手伝うことになり、そこでおれ達は、島袋先生、という小児科医と出会った。飄々としていて、子供にも人気のある先生……。

 浩介は家庭教師のくる時間になったため、途中で帰ったのだけれども、おれは姉が帰る時間になるまでずっと病院内にいた。

 病気に立ち向かっている子供たち。それを支えるお医者さん、看護婦さん……。心がザワザワして落ちつかない。

 島袋先生は、桜ちゃんの主治医だそうだ。別人のようになるほど落ち込んでいた椿姉のことを立ち直らせてくれたのはこの人達なんだ、とあらためて感謝したくなった。おれは椿姉のために何もしてあげられなかったけれど、この人達は、桜ちゃんだけでなく、椿姉のことも救ってくれたんだ……


「あれ、近藤さんの弟君?」
「あ……」

 翌月曜日、午前授業の学校帰り、浩介は部活なので一人で病院を訪れ、姉と待ちあわせている食堂に入ったところ、偶然、島袋先生と出くわした。

「こん……にちは」
「今日は一人?」
「あ……はい」

 なぜか緊張する。しどろもどろになってしまう。おれ、普段は初対面の人とでも平気で話せるタイプなのになあ……

「あ、やっぱりランチセットにしたんだ? 今日カツ丼だもんね。高校生はやっぱり肉だよね」
「…………はい」
「オレも昔は食べられたのになー」

 島袋先生はうどんとコロッケを選んでいた。こんなんで足りるんだろうか…… 

 一緒に食べよう、と誘っていただいたので、向かいの席に座った。一般の人も利用できるので、白衣や制服の人とそうでない人とごちゃまぜになっている。

「今度高校3年生なんだって?」
「はい……」
「受験だねえ。もう大学とか決めてるの?」
「いえ……全然」

 そう、全然決まっていない。浩介はお父さんと同じ大学(国内トップクラスの私大だ)を狙っているらしいので、おれもその近くにある大学がいいなあ、なんて何の将来の展望もないことを考えていたりする……

「そう。決まってないってことは、これからいくらでも決められるってことだねえ。今からたくさんの選択肢を選べるんだねえ……」
「………先生は」

 ふと顔をあげると、穏やかな瞳と目があった。

「先生は、いつからお医者さんになりたいって思ってたんですか?」
「うーん……」

 先生はちょっと苦笑すると、

「物心ついたころには、自分は医者になるもんだと思ってたんだよねー。うち、家が小児科病院だから」
「そう……ですか」

 でも、全然嫌そうではない。子供一人一人に向き合っていて……という、おれの心の声を読んだかのように、先生はニッコリといった。

「まあ、オレ、子供好きだしね。一人一人が愛しいよ」
「…………」

 恥ずかし気もなくそう言いきる島袋先生は相当カッコいい。

「それにね……」
と、先生が何か言いかけたところで、横から泣きだしそうな声が聞こえてきた。

「島袋先生……慶……」
「椿姉……」

 椿姉がなぜかちょっと泣きそうな顔をして立っている。

「どうした……」
「桜、今日は全然飲んでくれなくて。これじゃ……」
「まあ、とりあえず座ってください」

 島袋先生がにこやかに言うと、椿姉が座ってポツポツと話し出した。取りとめもない話を表情も変えず聞いて、答えてくれている島袋先生………。うどんが伸びて、汁がなくなってしまっているのに、それにもかまわず、ずっと……

「そうですか……」
 おれがカツ丼を食べ終わったところで、ようやく話がひと段落した。島袋先生は今日一番に大きく肯くと、

「近藤さん、頑張ってますよね」
「………先生」

 椿姉の目が見開かれた。先生がニッコリと笑う。

「僕も頑張りますので、一緒に乗り越えましょう」

(一緒に………乗り越える……)

 一緒に乗り越える。なんて人に寄り添った言葉……。

「先生……」
 椿姉から大きな大きなため息がもれた。

「ありがとう……ございます」
「またあとでそちらも回りますのでその時に」
「はい……」

 ようやくいつもの顔に戻って「お邪魔して申し訳ありません」と頭を下げた椿姉。

「慶、私も食べるからちょっと待っててね」

 そういうと慌てて買いに出ていった。それを見送り、「さて」と島袋先生は自分のうどんの器に視線を落とし、ぎょっとしたように叫んだ。

「おわっ増えてる!」
「………」

 そりゃこれだけ放置すればのびまくるって……
 でも、そののびきったうどんを先生はおいしそうに食べはじめた。不思議な人だ……

「あの……姉のこと、ありがとうございます。でも……一人ずつあんなに丁寧に話聞いてたら、時間がいくらあっても足りませんよね……」
「ああ、それ、よく言われるんだよねー。看護婦さんにもいつも怒られてるよ」

 なぜか楽しそうに言う島袋先生。

「でもオレのポリシーだから曲げられないんだ。オレは、子供達のことも親御さんのことも助けたい」
「…………」

 すごい………かっこいい。

 椿姉がオムライスをお盆にのせて戻ってきた。その表情はさっきと全く違く、明るくて……

(先生のおかげだ……)

 昨日の、キラキラ笑顔の子供達……。そして安心しきったような椿姉……。みんなみんな先生のおかげだ………



***


 3月25日水曜日。2年10組最後の日。

「クラス会、定期的にやろうな」
 委員長の言葉にみんなが「やろうやろう!」と大騒ぎしはじめた。でも、

「10年後、20年後、オレ達、どんな大人になってるんだろうな?」

 続いた委員長の言葉にシンとなる。

 10年後、27歳。
 当然もう働いているだろう。………何をして?

「………あ」

 ふいに浮かんだ白衣の後ろ姿にドキリとする。
 
『一緒に乗り越えましょう』

 あんな風に言える大人になれるだろうか。そのためには……… 


「オレ、結婚して、子供3人くらいいる予定!」

 お調子者の溝部の言葉に、我に返る。委員長が真面目に返事をしている。

「そのためには、大学行って就職して、だな」
「やなこと言うなよ委員長!」
「…………」

 大学……。大学、か………
 ふいっと斜め後方の席の浩介を振り返る。

「あ」
 当然のように、浩介はおれのことを見ていてくれたので、振り返った途端に目が合い、苦笑してしまう。浩介もニコニコと小さく手を振っている。

(こういうのも最後なんだなあ……)
 三年生からはコースが違うので絶対にクラスがわかれてしまうのだ。
 せめて今年だけでも一緒になれて良かった。仲の良いこのクラスで一緒になれて本当に良かった。

(浩介………)
 大好きなその瞳に笑いかける。
 10年後、どんな道を歩いていたとしても、隣にはお前がいると信じてる。

(どんな道……)

 ふいにまた現れる白衣の後ろ姿。道の前を歩いている眩しい光。おれの道の前にいるの
は………


***


 春休み。浩介は連日部活だった。
 おれは、椿姉経由で看護婦さんからお願いされて、小児科病棟のレク室の手伝いにいった。手伝い、といっても、ただ単に子供たちと遊ぶだけの仕事だ。
 時折顔を出してくれる島袋先生はあいかわらず飄々としていて、子供たちによく懐かれている。

 病気に立ち向かっている子供たちにとって、島袋先生は一緒に戦ってくれる戦友のようだと思う。

 その思いは、時間中に一人の女の子が発作を起こしてしまった時に確信へと変わった。
 何もできないおれの目の前で、島袋先生と看護婦さんが手際良く処置していって……

(おれも、一緒に戦いたい)

 その時、強烈に芽生えた思い。
 ……いや、初めて島袋先生に会った時から芽生えていたのだと思う。先生に対して過度に緊張してしまうのは、憧れの強さからなのかもしれない。

 道の前を歩くまぶしい光。
 認めてしまえば、ストンと体に落ちてくる思い……それは。


 
 日曜日、部活のない浩介がうちに遊びにきてくれた。
 まだ、誰にも打ち明けていないこの気持ちを一番に浩介に伝えたかった。


「おれ……医学部受けようと思う」
「い……医学部?」

 びっくりした顔をした浩介に、力強く断言する。

「おれ、医者になりたい」

 島袋先生みたいに患者にも患者の家族にも寄り添える医者に。一緒に戦う戦友みたいな医者に。


 浩介は「そっかあ」と小さくいうと、優しくおれを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「慶、頑張ってね」
「おお」

 うなずき、きゅきゅっとその胸に頬をこすりつける。
 お前が一緒にいてくれたら、何だってできる気がする。

「おれ達、10年後も20年後も、こうして一緒にいような?」
「…………慶」

 浩介の腕の力が強くなる。

「おれ、慶の隣にいられれば、もうそれだけでいい」
「…………うん」

 ずっとずっと隣にいよう。
 一緒に将来への道を進んでいこう。




<完>


--------------------------------


お読みくださりありがとうございました!

1991年7月(今から25年前!)当時高校生だった私が作ったプロットを元に書き進めてきました「遭逢」「片恋」「月光」「巡合」「将来」の5編、以上で終了になります。
約5ヶ月間、こんな普通の真面目なお話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

その後、読切を挟みつつ、「旅立ち」「自由への道」「翼を広げて」「あいじょうのかたち」と話は進んでまいります。
(年表あります→ こちら )

この年表を見ていて、ちょっと書き足りない?と思うのが、27、8歳。このころ浩介病んでます。

あと、32~39歳の東南アジア時代がゴッソリない。
でも、東南アジア時代は3年離れ離れの後の初の同棲生活なので、仕事上はトラブル等色々ありますが、プライベートはひたすらイチャイチャしてるだけです。はい。

と、いうことで。
次回は、それこそ今回の話の10年後あたり。27、8歳くらいの病んでいる浩介の話を少々書こうかな、と。今回ひたすら純真な感じだったので、次回からは少し大人っぽくいこうかなあ、と。

あともうしばらくの間、お付き合いいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!

次回は2日後または3日後に更新予定です。

クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!こんな真面目な話なのにご理解いただけて本当に嬉しいです。次回からもどうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~将来7-2(慶視点)

2016年04月21日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来

 姉の赤ちゃんは『桜』と名付けられた。旦那さんの実家の庭の桜の花が、3月初めだというのに赤ちゃんの出産とともに咲きはじめた、ということが名前の由来らしい。
 この『桜』の話と、赤ちゃんの容体が安定してきたという嬉しい状況のおかげで、姉はみるみる元の優しい穏やかな椿姉に戻っていった。この一週間、別人のようだったのがウソみたいだ。

 でも、別人だったのは人のこと言えないらしい。あとからクラスメートに散々文句を言われたけれど、おれもこの一週間相当おかしかったらしい。
 せっかくのスポーツ大会もほとんど出場せず、話しかけられても上の空。唯一、浩介の声にだけは反応したので、浩介がおれと外部との窓口になっていたそうだ。全然知らなかった……さすが浩介。おれの親友兼恋人。


 そして椿姉復活と共に、おれも普通に戻ったわけだけれども。
 結局のところ、椿姉を助けたのはおれ以外の要因だった、ということは少なからずショックだった。おれは結局なんだったんだろう。……なんでもないか。ただの弟だ。でもなんか……悔しい。

 それで若干落ち込んでいたことは、クラスの連日のお別れイベントのおかげでだいぶ気が紛れた。常に浩介と一緒だったので余計にものすごく楽しかった。せめて一年間だけでも同じクラスになれて良かった……



 終業式まであと数日を残すだけとなった、日曜日。

 浩介と一緒に赤ちゃんが入院する病院を訪れた。初めてみる姉の赤ちゃんは小さくて可愛くて、いくらみていても見飽きることはない可愛さで。
 今はまだガラス越しにしか見られないけれども、この子を間近で見て、抱っこできるようになったらどんなに嬉しいだろう……

「かわいいなあ……」
「うん」

 浩介もニコニコしながら赤ちゃんを……じゃない。おれを見てる。

「なんだよ?」
 不思議に思って聞くと、浩介は引き続きニコニコと、

「ホントかわいいと思って。桜ちゃんもだけど……」
 ふいっと耳元に顔を寄せられ、ささやかれる。

「慶がね。可愛すぎ。キスしたい。してもいい?」
「………あほか」

 浩介はあいかわらず変な奴だ。笑ってしまう。

「あとでな」
「いつ?!」
「あとではあとでっ」
「絶対だよ?!」

 しつこく言う浩介に笑ってしまう。今さら何を言ってるんだ。キスなんて何回も何回も、毎日してるのに。クスクス笑っていたら、

「近藤さんの弟さん?」
「あ……はい」

 看護婦さんから声をかけられてしまった。もしかして、うるさかった?そうだよな、病院内なのに、まずいなあ……と思っていたら、看護婦さんはパンッと手を前でたたき、ニッコリといった。

「よければちょっと手伝ってもらえる? お姉さんがね、弟がそういうの得意ですっておっしゃってて」
「はい?」

 なんのこっちゃい、と思って、ガラス越しの姉を見返すと、姉は桜ちゃんを抱きながらひらひらと手を振り、

『よ、ろ、し、く、ね』

 口がそう動いているのが読めた。姉にそう言われてしまったら行かないわけにはいかない。姉と弟というのはそういうものだ。



 手伝い、の内容は、小児科病棟でのレクレーションの補助だった。いつもくる大学生ボランティアの人が急に都合が悪くなってしまったそうだ。

 得意なつもりはないけれど、ミニバスの手伝いをしていた関係で、小学生くらいの子の扱いは慣れている方かもしれない。

 レクの内容は、折り紙や毛糸などを使っての絵の作成。その手助けを頼まれた。

 浩介も………いや、浩介こそ、こういうのは得意だ。人に教える才能が浩介にはある。

 今回参加した8人の子供達はみなそれぞれ病気や怪我を抱えて入院している。でも、元気で人懐っこい子が多い。その上、目新しいおれ達の存在はそれなりに刺激的だったようで、

「みんな、いつもよりうるさいよ! もう少し声小さく………」

 看護婦さんが目を三角にして注意した、その時………

 その人は、現れた。  

「なんかいつもより盛り上がってるねえ?」

 飄々とした、という表現がピッタリはまる白衣の男の人………。
 歳は三十前後くらいか。背はおれと浩介の間くらい。寝癖なのか髪の毛が一か所ピョンと飛びはねていて、眼鏡の奥の瞳はとても優しそうで……

「島袋先生!」
「先生、みてみて!!」

 わっと子供達が一斉にその男性に話しかけた。一人の元気な男の子に飛びつかれて、男性がよろめいている。あわてて看護婦さんが制止する。

「ちょっとみんな、島袋先生はお疲れなんだから……」
「だいじょぶ、だいじょぶ」

 男性はその男の子の頭をグリグリ撫でてから、こちらに向かってニッコリと笑ってくれた。

「近藤さんの弟さん? お姉さんそっくりだね」
「あ……はいっ」
 慌てて頭を下げる。

「渋谷慶、です。こっちは友達の……」
「桜井浩介、です」
 浩介も一緒に頭をさげると、島袋先生はうんうん肯き、「いいねえ、高校生。若いねえ……」などとブツブツいっている。

 看護婦さんが心配そうに先生をのぞきこんだ。

「先生、ずっとおうち帰ってないですよね? 今日は帰れそうなんですか?」
「いやー無理ー、これから仮眠室いって寝るとこー」
「じゃあ寝てくださいよ!」
「うんうん」

 先生はうなずいたのに、子供たちと話しはじめてしまった。

「あーもう……」
 看護婦さんがやれやれと肩をすくめる。

「ほどほどで寝に行ってくださいよ?」
「はーい」

 ひらひらと手を振る島袋先生。
 そして子供たちがまとわりついてくるのを、笑顔で受け止め、

「健太郎君、今日は食べられた?」
「うん! 全部食べてね、それでね……」

 子供たち一人一人に笑顔で話しかけていて……


「……慶?」
「あ」

 浩介に声をかけられ、はっとする。見とれてしまっていた……

「どうしたの?」
「あ……いや……」

 なんだろう……この感じ。
 懐かしい……というか……

 おれはそこにいるべきなんじゃないか、というおかしな感覚。

「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」

 浩介に手を振り、話しかけてきた女の子の横に座って一緒に作業をはじめる。でも、先生の様子が気になって仕方がない。

(なんだろう……)

 子供達に囲まれた白衣の後ろ姿をチラリとみて、ますます不思議な気持ちを強くする。
 でも、それが何なのかは、まったくもって分からなかった。

 


*作中1992年のため、「看護婦」と表記しております。


--------------------------------


お読みくださりありがとうございました!
って、終わる終わる詐欺ですみません。書き終わりませんでした……。
あともうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!

あ、上記終わり、慶君意味深なこと言ってますが、恋とかではありませんので!
慶君はブレナイ男なので、いまだかつて浩介以外の人間に心が揺れたことは一度もありません(*^-^)

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BL小説・風のゆくえには~将来7-1(慶視点)

2016年04月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来


 おれが修学旅行に行く前日の夜中に、姉が予定日よりも1ヶ月半以上早く出産してしまった。赤ちゃんは現在も入院しているが、姉は早々に退院して、里帰りをしている。

 そのため、冷蔵庫を新しくした。

 なぜかと言うと、姉が赤ちゃんのために絞って冷凍していた母乳が、調子の悪かった冷蔵庫の冷凍室のせいで溶けてしまったからだ。

「私があの子のためにしてあげられることはこれしかないのに、それができないんじゃ意味がない!」

 日曜日の朝、姉はそう言ってワンワン泣いて、自分のマンションに戻ると言って聞かず、里帰りを中断してマンションに戻っていった。赤ちゃんが入院している病院は実家からの方が近いのに……

「慶は明日、修学旅行の振替で休みよね?」

 急きょ冷蔵庫を買いにいった母から電話があり、「ちょうど良かった」と息をつかれた。冷蔵庫が明日着の配送ができるそうだ。両親は仕事で妹も学校のため、おれが一人で受け取りをすることになった。

「お姉ちゃん、産後でホルモンバランスが崩れてて、精神的に不安定なのよ」

 気にしないであげて、と母には言われたけれど、気にならないわけがない。一人でリビングにいると、妙に家の中がシンとしていて、つらくなってくる。姉の泣き声を思いだして苦しくなってくる。

 普段の姉は、おっとりとしていて優しくて……おれの親友兼恋人の浩介と少し雰囲気が似ている。そんな姉があんな風に泣き叫ぶなんて………

(ああ、でも、浩介も叫んだことあったな……)

 あれは体育のバスケの試合の後……と、思い出している最中にインターホンが鳴った。予定時間より少し早いけれども、冷蔵庫の配送だろう。

(冷蔵庫だって、こんなにあわてて買うことになって……)

 とにかく早く配送できるもの、という選び方をしたらしい。姉は今日の夜から再びこちらに戻ってくるそうだ。少しは元気になっているといいのだけれど……

「………」
 はあ……、と、ため息しか出てこない。

(浩介……)
 会いたいな……と思う。一昨日の夕方、修学旅行から帰ってきたばかりなのに、この姉の騒ぎのせいで、もう何日も会っていないような気分になっている。

(まあ、そうじゃなくても、毎日会いたいんだけどさ……)

 今日は放課後の時間から部活があると言っていたから、帰りに寄ってくれないかな……

 そんなことを思いながら玄関を開け……

「!」
 心臓が跳ね上がったのが自分でも分かった。

「慶」
 優しい響き。ふんわりした笑顔。浩介、ジャージ着てる。これから部活だからだ。

「一時間くらいしかいられないんだけど」
「あ…………」
「ちょっとでもいいから会いたくて」

 一昨日まで2泊3日一緒にいたのにね? と、恥ずかしそうに言う浩介……

 ああ……欲しかったものがここにある。

「浩介……っ」
「え? ちょ……っ」

 戸惑った様子にも構わず、腕をつかんで玄関の中に引っ張りこむ。首の後ろに手を回して頭を引き寄せ、頭突きするみたいにおでこをゴツンと合わせる。

「痛っ! もう慶……っ」
「おれも、会いたかった」
「え……」
 何か言われる前に、そっと唇を合わせる。浩介の柔らかい唇………震えてしまう。

「………慶?」

 すぐに唇を離し、きょとん、とした浩介の肩口に額を押し付け、背中に手を回し直してぎゅーと抱きつく。浩介の匂いに包まれ、くらくらしてしまう……

「慶………」
 耳元で聞こえる愛しい声。浩介がゆっくりと頭を撫でてくれる。ゆっくりゆっくり癒すように……

「前にもこんなことあったね」
「…………ん」

 高一の時のクリスマス前だ。
 あの時もこうして玄関で、椿姉が嫁にいった寂しさを浩介が頭を撫でて慰めてくれた。

「何かあった?」
「うん……」

 浩介の優しい声が身体中に染み渡る……

「おれでよければ話して?」
「うん……でも」

 ぎゅううっと抱きつく腕に力を込める。

「もう少し、このままで……」
「慶……」

 顔を少しあげると、浩介の真摯な瞳が目の前にあって………

「慶………」
「……ん」

 唇がおりてくる。額に瞼に頬に耳に、そして………唇が重なる。

「慶……大好き」
「ん……」

 途方もない幸福感……そして、途方もない罪悪感。こうしている今も、姉は苦しんでいるのに……。

 おれは椿姉のために何もしてやれない……。

 

--------------------------------


お読みくださりありがとうございました!
時間がなくて書き終われず……不本意ですが、とりあえずここまでで。
できれば明日、続きを更新したいと思っています。

蛇足ですが……上記、玄関でいちゃいちゃしてますが、この一分後には冷蔵庫届きますのでっ残念!!

できれば明日、無理なら明後日、どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~将来6ー3(浩介視点)

2016年04月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来

 修学旅行から帰ってきてから一週間。
 慶はずっと元気がなかった。理由は、お姉さんが早産して、赤ちゃんが入院してしまったからだ。
 慶が心配したところでどうなるわけでもないのだけれども、何もできないからこそ、気持ちの持って行き場がなくてもどかしいのだろう。落ち込み方が尋常じゃなかったため、学校でも噂になってしまっていた。

 と、いうのも、慶は道行く人が振り返るほどの美貌の持ち主でありながら、性格が明るく人懐っこいので、取っつきにくい、ということはなかった。それが今は暗く無表情なため、近寄りにくい雰囲気満載で……。美形の真顔は恐いのだ……。

 そんな慶に話しかけられるのは唯一おれだけだった。

「渋谷君の課題、未提出だと思うの。桜井君確認してくれる?」
 なんて、先生にさえも頼まれる始末で。

(ちょっと………嬉しい)

 不謹慎だけれども、そんなことを思ってしまう。

 おれは慶の特別。おれだけの慶。……ものすごい優越感だ。

 慶が落ち込んでいることは可哀想で、どうにかしてあげたいと思うけれども、それよりも慶を独占できる、慶の特別であることをみんなに知らしめられる、という嬉しさが勝ってしまう。

(おれ、性格悪いな……)

 まあ、そんなことは知っていた。おれは性格が悪い。独占欲の塊だ。

 慶を支えてあげたい、なんて表向きは綺麗な事を思う。でも、裏では支えるというより独占したいという気持ちが溢れかえっている。

(慶はおれのもの。おれだけのものなんだ……)

 想像以上に甘美な実感……。
 でも、そんな特別週間はあっさりと終わりを告げた。



「赤ちゃんの名前、『桜』にするんだって」

 月曜日、昇降口で会った慶に開口一番言われた。
 慶、表情が元に戻ってる……

「桜……?」
「四国では咲いたらしくてさ」
「四国………、あ、お姉さんの旦那さんの実家?」
「そう! お前よく覚えてるな!」

 ああ……いつもの慶の明るい笑顔だ……

 昇降口にいたクラスメートもそのことに気が付いて、「おはよー」と声をかけてきて、慶も普通に「おう」とか「はよー」とか答えている。……本当に、いつもの慶だ。

(なんだか、ちょっと……いや、ものすごく……寂しい)

 なんて、思ってはいけない。自分の両頬を軽く叩き、自分を戒める。

(こんな思い、慶に知られるわけにはいかない……)


 教室に向かいながら聞いた慶の話によると、お姉さんの旦那さんのご両親が昨日こちらに上京してきたそうで、

「例年よりも早く庭の桜が咲いたから、何か良い事があるに違いない、と思っていたら、出産の知らせがあったって。だから、赤ちゃんがこのタイミングで生まれたのは、椿さんのせいでもなんでもなく、そういう運命だったんだよ、赤ちゃんが生まれたいと思ったからなんだよって、むこうのお母さんが言ってくれたんだって」
「へえ……」

 自分が仕事に無理して行ったせいで早く生まれてしまった、と自分をせめていたお姉さんにとって、救いの言葉になっただろう。

「それで、その庭の桜の写真を撮ってきてくれたんだってさー。それが小さいのに頑張ってる赤ちゃんの姿と重なって、んで、迷いなく『桜』に決定、だって」
「なるほどー」

 赤ちゃんはまだ新生児集中治療室に入院中のため、赤ちゃんの両親しか面会はできない。そこで、椿さんが撮ってきた赤ちゃんの写真を四国のご両親に見せたら、ご両親は写真の中の初孫を見てとても喜んでくれたそうだ。

「なんかな、予定より早く人工呼吸器も外れたんだって。まだ保育器の中だから見れないんだけど、保育器から出て、その集中治療室から隣の部屋に移ったら、窓越しだけどおれも見に行けるようになるらしくて」
「わ。良かったね!」

 本心から言うと、慶は照れたように頬をかいてから、

「そしたらさ……お前一緒に行ってくれるか?」
「え………」

 一緒に……って……

「おれ、ここ数日すげーお前に迷惑かけたよな? ホントごめんな」
「え、ううん……」
「迷惑ついでにさ、病院も付き合ってくれよ。おれ、一人で赤ちゃん見る勇気なくて」
「勇気?」

 教室のドアの前で立ち止まり、首をかしげると、慶はこっくりと肯いた。

「たぶん、普通の赤ちゃんよりすげー小さいだろ? でもそれ見てもビックリしたりしないようにしないと。きっとおれがビックリしたりしたら、椿姉、気にするから。そう思ったら、なんか……」
「…………」

 慶は本当に椿お姉さんのことが好きなんだな。妬けてしまう。……なんて思ってはダメだダメだダメだ。

「でもさ」
「え」

 そんなおれの気持ちを破るかのような声にハッと顔をあげる。すると、慶はおれの腕をきゅっと掴み、
 
「でも、お前と一緒だったら大丈夫な気がする。お前がいてくれたらおれ、強くなれるから」
「慶………」

 にっこりと笑った慶。
 久しぶりに見た、こんな笑顔の慶。

 慶が元気なかったおかげで、慶のこと独占できてて、こんな日がずっと続けばいいって思ってたけど……

 でも、やっぱりそんなのダメだ。
 慶のこの笑顔は何物にも変えられない。

 やっぱり、おれ……

「慶っ大好きっ」
「わわわっ」

 思いが募って抱きしめると、慶が腕の中でワタワタと暴れた。

「バカ離せっここどこだと思ってんだよっ」
「えーいいじゃんいいじゃんっ」
「よくねーっ」

 真っ赤な慶。可愛すぎる。
 逃げ出そうとする慶をめげずにギューギューしていたら、あちこちから人が集まってきた。

「あ、渋谷、本当に元に戻ったんだ」
「でしょ? さっき昇降口で会った時も普通に挨拶してくれたよ」
「なんだー戻っちゃったんだー。憂いを帯びた渋谷君おいしかったんだけどなー」
「あ、分かる分かる!」

 女子達の勝手な言い草に、男子が食いつく。

「何が憂いを帯びた、だ。あんな陰気な渋谷、渋谷じゃねー」
「そうだそうだ!おかげでスポーツ大会、全然勝てなかったじゃねえかよっ」
「だよなっ。渋谷、責任とって、今日の体育のドッジボールは絶対勝てよなっ」
「渋谷復活記念だ!」

 みんなワアワア騒ぎはじめた。
 このクラスのこういうお祭り騒ぎ体質に、おれは助けられてきた。この一年、いつのまに巻き込まれて、いつのまに一緒に楽しんできた。

「ドッジボール?! マジで?!」

 目をキラキラさせはじめた慶。いつもの慶。
 やっぱり、こういう慶が慶らしい。

 慶がいてくれたから、このクラスの仲間たちだったから、この一年、普通の学校生活を送れた。みんなにとっては普通のことかもしれないけれど、おれにとっては生まれて初めてのまともな学校生活だった。この一年の思い出があれば、あとはどんなことがあっても耐えられるような気がする。

(慶……)
 みんなの輪の中心にいる、おれの大好きな人を見つめる。みんなに慕われている慶。だけど……

「あ」
 おれの視線に気が付いて、少し口の端を上げてくれた。

 やっぱりおれは慶の特別。大丈夫、大丈夫……と心の中で繰り返す。

 何があっても、おれは、慶の特別。



***


 終業式まであと数日を残すだけとなった、日曜日。
 約束通り、慶と一緒に慶のお姉さんの赤ちゃんが入院する病院を訪れた。

 大きなガラス張りの部屋の前で待っていたら、閉められていたブラインドの一か所が開けられた。赤ちゃんが寝ているらしい小さなベッドが並んでいるが見える。

「あ」
 慶がビックリしたような声をあげて、ガラスの方に近づいた。お姉さんがニコニコで立っている。腕の中には、小さな小さな赤ちゃん……

「ちっちぇー……」
「かわいいね」

 ガラスに張り付くみたいにして二人で中をのぞきこむと、お姉さんがおかしそうに笑った。
 赤ちゃんは、本当に小さくて……それなのに指とかちゃんと一本一本できていて、当たり前なんだけど、こんな小さいのによくできてるなあ、と感心してしまう。

「桜ちゃん。さーくーらーちゃん?」
「…………」

 慶が幸せそうな笑みを浮かべて赤ちゃんに呼びかけている。

「かわいいなあ……」
「うん」

 桜ちゃんもかわいいけど、それよりも何よりも慶がかわいい。
 桜ちゃんを抱くお姉さんも幸せいっぱいで……

(………あ)

 ふと、頭をよぎった、写真の顔……。

(赤ん坊だったおれを抱いた母も、こんな顔してたな……)

 それがどうしてあんなになってしまったんだろう……



 その答えは、偶然にも帰宅後すぐに分かることとなった。

 病院から帰ると、母がいつものように、今日はどこに行っていたんだ、受験生になるというのに自覚が足りない、等々小言を言ってきたのだけれども、

「こんなんで、また、受験に失敗したりしたら……」
「え?」

 いつもは聞き流している小言の中で、引っかかった言葉。

「……また?」

 また、受験に失敗したら?

 聞き返すと、母がハッとしたように口をつぐんだ。それにも構わず詰め寄る。

「またって、どういう意味ですか?」
「それは……」
「小学校は第一志望の学校だったはずですよね? 高校受験も第一志望を合格してますし……」
「…………」
「またって、なんですか?」
「…………」

 ジッと見つめていたら、母が観念したように息をついた。

「幼稚園受験よ」
「え」

 幼稚園? 初耳だ。
 母は言い訳するように言葉を継いだ。

「あれは準備不足だったのよ。だから心配してるの。準備はどんなに前からしてもいいんですからね、まだ一年近くあるからって、こんなに遊んでいたら……」
「…………」

 母の言葉が頭の上を通り過ぎていく中、アルバムの写真の数々を思いだしていく。

 写真の中から母の笑顔が消え、おれが上手に笑えなくなっていったのは、3歳くらい。幼稚園受験ってそのくらいの歳じゃないか……?

(………そうだったのか)

 この家から笑顔が消えたのは、おれのせいだったのか……
 おれが受験に失敗したから……だから……


「……あ」

 久しぶりにきた。ブラウン管の世界……。外界から閉ざされ、幕が張られ、外で起こることはテレビの中のことのよう……

(………慶)
 心に思い浮かべる慶の姿。でも今回のブラウン管は強固で全然壊れてくれなくて………

(慶………慶)
 苦しい。苦しい。慶に会いたい……



 翌日、学校で慶に会った途端にブラウン管は木っ端微塵に吹き飛んた。
 それは良かったんだけど……

「?」

 何だろう? 慶の様子が少し変だ。今までみたいな変とは少し違くて………何というか、浮わついているというか………


 その理由は一週間後に分かった。


 日曜日、慶の部屋に遊びに行った時に、慶がおもむろに言ったのだ。

「おれ……医学部受けようと思う」
「い……医学部?」

 あまりにも意外な言葉に呆気にとられているおれに、慶は瞳に力を込めていったのだ。

「おれ、医者になりたい」
「………………慶」

 その力強い瞳は眩しく輝いていて……美しすぎて……

(やっぱり慶にはかなわないな……)

 そんなことを思った。

 将来への道をまっすぐ進みはじめた慶……。

 おれは……おれは親が決めた道を進んでいく。幼稚園受験失敗で笑顔を奪われたように、再び何かをなくさないためにも、今度は受験に失敗するわけにはいかない……。


「慶、頑張ってね」
「おお」

 嬉しそうにうなずいた愛しい慶。眩しい慶……。

 せめて、あなたの隣にいられれば、おれはもうそれでいい。

 おれの将来はおれのものではない。
 

 

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お読みくださりありがとうございました!
次回、慶視点で最終回になるはずです。どうぞよろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~将来6ー2(浩介視点)

2016年04月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来


『おれ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?』

 修学旅行中、松陰神社の敷地内で、委員長が空に傘を突き上げ叫んでいた言葉が頭の中で再生される。


 おれの将来は小さい頃から決められていた。父のように弁護士になり、父の事務所を継ぐというものだ。

『与えられた場所で力を発揮するのもいいかな、と思ってな』

 おれと同じように、家業を継ぐことを決められている橘先輩がいっていた。
 与えられた場所で力を発揮する……おれにそれができるのだろうか。

『まあ、それを蹴ってまでやりたいことがなかった、ってことかもしれないけどな』

 それを蹴ってまでやりたいこと……。それはおれにもない。
 でも、だからといって、弁護士である自分の姿は全く想像がつかない。


 第一回進路希望調査書は、法学部で提出した。
 自分で考えることを放棄した、とも言える。
 ただ、今は、何も難しいことは考えず、生まれて初めて得られたこの充実した学生生活を思う存分満喫したいと思ってしまっている。

 初めてできた友達、親友、そして恋人。クラスの仲間たち。部活。委員会。今まで体験したことのない数々のこと。
 小学校、中学校の頃とはまったく別人のおれ。下を向かず前を見て、たくさんの人と話して、笑って。

『おれ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?』

 どんな将来かは分からない。でも、もう、昔のおれには戻らない。うつむかない。おれにはそれができる。

(だって)

 おれには慶がいる。慶がいてくれれば、おれは真っ直ぐ前を向いていられる。



***


 修学旅行から帰ってきてからずっと、慶が今だかつてないほど元気がない。

 妊娠中だったお姉さんが、おれ達が修学旅行に行く前日深夜に出産したそうで、里帰りをしているのだけれども……

「4月22日出産予定だったのに、3月4日に出てきちゃって、その上肺に異常があるとかで、生まれて早々に大きい病院に救急車で運ばれて……って大変だったらしい」

 おれは修学旅行中だったから全然知らなかったんだけどな、と気落ちした様子で慶が言う。

 赤ちゃんは一度は生死の境を彷徨ったものの、無事に回復して、今は新生児集中治療室とかいう特別なところに入院しているそうだ。赤ちゃんの両親しか面会できないので見に行ったことはないのだけれども、お姉さんの話によると、保育器にいれられ、人工呼吸器をつけられ、小さな体のあちらこちらに管をつけられていて、見ていて涙が出てくるほどかわいそうな状態らしい。

 お姉さんは、お腹が少し張っていたのに仕事に出てしまい、途中で倒れてそのまま入院、そしてすぐに出産、となってしまったため、自分のせいで赤ちゃんがこんな目に合っている、と自分を責め続けているらしい。 

「おれ、椿姉に何言ってやればいいのか分かんない……」
「……何も言わなくていいんじゃないかな……」

 うつむいている慶の肩をそっと抱き寄せる。

「ただ、一緒にいてあげるだけで、充分だと思うよ?」
「………うん」

 そういうおれも、かける言葉が見つからず、ただそばにいることしかできない……。


 慶は気を抜くと、お姉さんのことに意識が行ってしまうようだった。あのスポーツ好きの慶が、学年最後のスポーツ大会にもほとんど参加せず、体育委員の仕事だけを黙々とこなしている。精神的ダメージは相当なもののようだ。


「渋谷、具合悪いのか?」
「あ……うん、ちょっとね……」

 同じ体育委員の1組の山口が話しかけてきたので驚いた。
 山口は2年になってすぐの球技大会のあとに、9組の島津を仲間外れにしようとして、慶に注意された。それ以来、おれ達を避けていた節があったので、個人的に話しかけてきたのは初めてのことなのだ。

「そっかあ……やっぱ元気ないもんなあ……」
 山口はうーん、とうなると、

「実は今日で体育委員みんなでやる仕事最後だから、打ち上げやろうと思ってるんだけど」
「あ……そうなんだ」

 球技大会後のことを思い出して、ぞわっとなる。あの時、山口は「島津には内緒で……」とコッソリ言ってきたのだ。
 おれの顔がこわばったことに気がついたのか、山口が苦笑した。

「今回はちゃんと全員誘うから」
「あ………」
「コーコーセーなんだから、ハブにするとかそんなガキっぽいことしねーよ」

 半笑いで言った山口のセリフに笑ってしまう。あの時、慶が言ったのだ。「高校生にもなって誰かハブるなんて」って。

「あれはもう忘れてくれ」
 山口はボソリと言ってから、表情を真面目なものにあらためた。

「桜井、来られるか?」
「うん。おれは大丈夫だけど……」

 慶はどうだろう……

「渋谷にも聞いておいてくれるか? 詳しいこと決まったらまた連絡する」
「分かった。企画ありがとう」

 肯くと、山口はなぜか、ふっと笑った。何?と聞くと、感心したように、

「なんかさー桜井、変わったよなあ」
「え」

 2ヶ月前にも写真部のOBの先輩から同じことを言われた……。

「球技大会の頃は、オドオドして渋谷の後ろにくっついてたのに、今じゃ横並んでる感じ」
「え……」

 横並んでるって……ホントに?
 目を瞠ったおれを見て、山口は「あ」と口を押さえた。

「ごめん。オドオドって言葉悪いな。えーとなんつーのかな、ほら、こういう誘いも渋谷に聞いてから返事するって感じだっただろ? でも今、自分だけで即答したし……」
「あ、うん。オドオドで大丈夫。自分でもそうだったと思う」

 あの頃のおれは、色々なことが怖くて、何もかもに自信がなくて……でも、今は違う。

「お前、あれから何があったんだ?」
「うーん………」

 山口の質問にうなってしまう。
 何がって、とても一言では言いあらわせない………けれども。要約すると。

「渋谷のおかげ、だよ」
「………。なるほど」

 山口は大きくうなずき、「なんか分かる気がする」と言って笑った。

「でしょ?」

 おれもつられて笑ってしまう。
 すべては慶のおかげ。何もかもが慶のおかげ。

 だから今度はおれが支えてあげたいんだ。


 



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お読みくださりありがとうございました!
途中ですが時間なのでここまでで更新します。
あともう一回だけ浩介視点になります。それで浩介視点は最終回のはず。
本当は今回で終わらせたかったんだけど、書き終われませんでした…。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!こんな真面目な話なのに、、、すみません。感謝申しげます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!

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