ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

どこかの父と息子の会話

2016-08-23 22:22:50 | 
「随分、色褪せたな。この街も」

父は微かに呟いた。しかし、小さな耳は聴こえが良かった。

「ずいぶんって何?」

「自分で調べなさい」

「うん。じゃあ、いろあせたって何?あつい時にかくあせ?」

「そう。太陽に当たると汗かくだろ。それで色が落ちちゃうんだな」

「色があせないものってあるの?」

「それはないな。みんな色褪せる。いや、もしかしたら、あるかもしれない。でも、それは眼に見えないな」

「ボクにも見えない?」

「うん。お前にも、パパにも見えない。人間には見えない」

「パパ、何でうちにはママがいないの?」

「知らない」

息子はうつむき、会話は途切れた。いつしか二人は古びた住宅街を抜け、田んぼに挟まれた細い道を、赤く熟して潜もうとしている陽に向かって歩いていた。蝉の求愛が騒がしく聴こえてくる。



「パパ、疲れた。肩車してよ」

「せっかく足があるんだから、歩きなさい。もうこれ以上、歩けないところまで」

しばらく黙ったまま、二人は歩いた。息子は父の顔をじっと見ている。



「ねえ、ママがいないのもボクがしらべるの?」

「そうだなあ。それは調べなくていい。もう少し、お前の背が伸びた時に、パパが教えてあげよう」

「うん」



程なく父親は息子を担ぎ上げ、肩車をしてやった。

「やった。らくだあ」

「特別だぞ。でも、さっきパパが言ったこと忘れるなよ。自分の足で歩け。倒れるまで歩きなさい。その場所がお前のゴールだ」

息子は、父より少しだけ空に近いところで、小さく頷いたようだった。
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