ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

天国案内人(前)

2019-04-05 19:55:26 | 短編
白髪頭の男性が、ゆっくりとした足取りで俯き加減で歩いてくる。しばらくして男性の足が止まり、顔を上げた。目の前には白のドレス姿の美しい女性。頭にシロツメクサの花冠を被っている。

「堀田耕作さん、67歳。間違いありませんね」
「はい。そうです。間違いありません」
「天国行きが決まりました。今、歩いてきた方向をそのまま真っ直ぐ進んでください。すぐに天国に入れます」

耕作は辺りを見回した。全体的に白く霧のようなものに包まれている。
「いや、ちょっと待ってください。私は死んだんですか?」
「はい。亡くなりました」
「入院していた記憶はないんですが」
「心筋梗塞だったようです」
「そうですか」
「はい」
「しかし、何とかならないもんですかね?」
耕作は少し、案内人の方を見て俯いた。
「といいますと」
案内人は怪訝な表情を浮かべた。
「ここを真っ直ぐ進めば天国という事は、引き返せば、元の世界に戻れるんですかね」
「つまり、生き返りたいと」
「まあ、そういう事なんですが」
「もっと生きたかったですか?」
案内人の口調は常に穏やかだ。
「ええ。こないだ、長男に二人目の孫が生まれたんです。初めての男の子で」
「会えたのですか?」
「はい。会えましたが、何せまだ生後3か月で、成長を楽しみにしているんです」
「結論から申しますと、残念ながら地上に戻ることはできません」
案内人の色白の顔は愁いを帯びていた。

「なぜダメなんでしょう?」
耕作は少し語気を強めた。
「あなたはすでに亡くなったのです」
「もし、引き返したらどうなるんです?」
「何も起こりません」
「というと?」
「見えない壁があり、そこから先へは進めないんです」
「そんなことはないはずだ」
耕作は独り言のように呟き、歩いてきた道を引き返していった。

30分ほど経っただろうか、耕作は戻ってきた。
「あなた、立ちっぱなしで疲れない?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「どうしても戻れません。あなたの言う通りだ」
「はい。残念ながら戻ることはできません」

案内人の女性は待たされた疲れも見せず、穏やかな笑みを浮かべていた。耕作はその女神のような顔をじっと見ていた。そしてしばらく考え込んだ末「わかりました」と案内人が示した天国への方向にしっかりとした足取りで歩いて行った。




コメント
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